タイムトラベルで行く村上春樹の経営するジャズ喫茶
『アバウト・タイム』という映画を観た。タイムトラベルができる男性の話で、とても面白かった。いくつかルールがあって、過去にしか行けないこと、タイムトラベルする場所と時間を正確に念じることが必要など。
もし私がタイムトラベルできるとしたら、どこに行くだろう?
そう考えて、とても行きたい場所があることに気がついた。
村上春樹の経営するジャズ喫茶だ。
村上春樹は作家になる以前、大学生の頃から7年ほど、ジャズ喫茶を経営していたことはよく知られている。東京・国分寺で、名前は『ピーター・キャット』。(その時飼っていた猫の名前からつけたらしい)日中はジャズ喫茶で、夜間はジャズバーになるという。
正確には、国分寺にあったのは1974年~1977年までで、その後、千駄ヶ谷に移転したらしい。
1979年、『風の歌を聴け』で作家デビューした当時、村上春樹はジャズ喫茶のマスターをしながら兼業作家だったのだ。
さて、タイムトラベルするとしたら、いったい何年の、どの日時に行けば良いだろうか?
村上春樹の文章を読んでいると、年月を重ねても変わらない、普遍的な心地よさがある。きっと若い頃の村上氏であっても、今と変わらない、文学と音楽への情熱を持っているはずだ。少しで良いから、ぜひその世界観に触れさせていただきたい。
その前に、私は村上氏を前にして何をしゃべろうとしているのだろうか?
もちろん作品のファンなので、「あの作品良かったです!」というようなことを話したい。けれど、おそらく1979年『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビューした後では、ジャズ喫茶に出版関係者が出入りし、まともに話ができる状況でなくなっている可能性がある。
「村上氏が人気者になってからではダメだ。その少し前でないと」と私は考える。
ということは、ジャズ喫茶をオープンしたばかりの時が良いのではないか?
私も夫と0から英会話教室を始めた時、不安だったが、初めてサイトを見て来てくれた生徒さんや、少しずつ口コミで人が来てくれるようになった時は本当に嬉しかった。そんな時代を狙おう。
1974年。ジャズ喫茶をオープンしたばかりの頃。きっと村上氏は、ふらりと立ち寄った私にも、「いらっしゃいませ、ジャズお好きなんですか?」とか「僕もビールが好きなんですよ」とか、話しかけてくれるに違いない。ちなみに、私自身は41歳のままだから、かなり年上ということになる。なんだか変な感じだ。
村上春樹の音楽好き(特にジャズ)は有名で、約1万5千枚のレコード、CDについては数えたこともないというほどのコレクションを持っているという。
けれど、私はジャズをよく知らない。「ジャズお好きなんですか?」と聞かれたら、正直に、「詳しくはないけど興味はあるんです」とか言って切り抜けるしかない。
共通点といえば、村上春樹もビールが大好きだ、という点か。エッセイなどでビールが大好きな話をよく読む。チャンスがあれば、ビールの話をしたいと思う。
そういえば、デビュー作『風の歌を聴け』で、とても好きな箇所がある。
村上春樹は、この小説を1978年4月1日、明治神宮野球場でプロ野球開幕戦、ヤクルト×広島を観戦している時に思いついたと言っている。外野席の芝生に寝そべり、ビールを飲みながら突然「小説を書こう」と思ったのだとか。
小説を書く邪魔はしたくないから、ヤクルト広島戦より前に訪れることも重要だ。
『アバウト・タイム』では、タイムトラベルを繰り返す主人公の男性が、好きな女性に強烈な印象をつけるため、未来で知り得た彼女の思いを過去に行って丸パクリの情報を、あたかも自分がそう思っていたかのように告げるシーンがある。「そうなの!私も同じこと考えてた!」となって2人の距離がぐっと縮まった。
つまり、これと同じようなことが私にもできるのだ。
1974年、村上春樹がオープンしたばかりのジャズ喫茶に私は訪れる。正確なオープンした季節が分からないのだが、夏でなければいけないから、念のため1975年にしよう!
1975年の夏、それも夏の終わり頃だから8月31日の夜。(調べてみたら日曜日だ。人も多すぎず良いんじゃないだろうか)私は『ピーター・キャット』を訪れる。そしてビールを注文する。村上氏と自然にビールの話をしながら、イギリスに住んでいた時たくさんの種類のエールを飲んだ話などをして、興味を持ってもらう。
そしてこう言うのだ。
「この夏は本当にたくさんのビールを飲みましたね。25メートルプールに一杯くらいのビールです。」
とここまで書いたが、1人で25メートルプールはさすがに無理か。『風の歌を聴け』の中でも、僕と鼠の2人で飲んでいるのだから。
『アバウト・タイム』では、タイムトラベルできる人が他の人と両手を繋いで念じると、一緒にタイムトラベルできることになっている。
よし、イギリス人の夫も連れて行こう。そして、おそらくすでに英語もしゃべれるだろう村上氏に、夫のことも紹介する。そして、
「この夏は2人で本当にたくさんのビールを飲んだよね。だいたい25メートルプールに一杯くらいの」
となる。
きっと、「25メートルのプール一杯のビールだって?僕もそう考えることがありますよ!」とか興奮して言ってくれるのではないか。
そんな期待をしながら、「やっぱり行く前にジャズの勉強も少しはしなきゃな」と真剣に考える。
もし私と夫が揃って当時の村上春樹に、
「あなたは将来、世界的に有名な作家になるんですよ」と言ったら、信じてもらえるだろうか?
「嘘じゃないですよ。イギリスでもアメリカでも、Murakamiの本はたくさん読まれているんです。」なんて。
それはやっぱりルール違反だからやめておこう。
未来なんて、分からないからこそ面白い。
他にも質問やセリフを考えていると、時間がいくらあっても足りないように思えてくる。