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ライツ・カメラ・アクション!

 思い起こしたのは、昔撮ったクソみたいなパニック映画のワンシーンだ。雑なVFXに破綻しきった脚本、ラリった視界めいた極彩色の映像。静止画の爆発に後付けされたフリー効果音の音量バランスは最悪だった。
 計算された破綻だ。意図して産まれたメチャクチャだ。若さゆえの型破り思考が招いたどうしようもない作品。俺の監督人生で最初に酷評された、映画未満の代物。
 だからこそ、俺はこの映像を真剣に撮らなければならない。レンズが銃口ならシャッターは撃鉄だ。全てはタイミングが肝心で、それが今だ。
 銃口も撃鉄もない型落ちのiPhoneは、眼前に立つチュパカブラを捉えている。

 家畜の血を吸う獰猛なUMAが、無人化した京都に棲息している。
 借金のカタに取り上げられた住処とカメラを買い戻すにも金が必要で、疲弊した俺が飛びついたのはオカルト雑誌の投稿映像だ。嵐山から猿に混じって降りてきたソイツを撮影すれば、俺はもう一度映画を創る予算を得られる。廃墟と化した渡月橋検問所を越える頃には、俺の胸は期待で膨れ上がっていた。

 目的地は太秦、かつて撮影所だったテーマパーク。あの日のフリー素材の3Dモデルが城下町で野生化した牛を襲う怪物にリンクする。〈天誅!チュパカブラ侍〉の冒頭5分によく似た現実の風景がそこにあった。
 チュパカブラは、やがて人を襲う。血を吸い尽くされて乾涸びた無惨な死体に蝿が集り、腥い臓物の匂いが充満している。
 昔の俺は、これを半笑いで撮っていた。血も肉も作り物で、本物には程遠い。俺の作品は粗雑な玩具だった。

 筋書きと似た展開だ。怪物がこちらを振り向き、悍ましい素顔を晒す。投稿映像ならこれで十分だ。今なら安全に帰れる。分かりきった結論だ。それでいいのか?

 落ちていた模造刀を拾い、画角に入れる。あの日のPOVは完全な虚構で、今は現実だ。
 今、ここで映画を撮る。主演・脚本・監督は俺なのだから。

【続く】


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