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殉教には微かに足りぬ

 49人目も溺死だ。聖職者の心臓に鉛玉をブチ込むのは流石の依頼者も気が引けるらしく、俺はバスタブで揺れる死体から証拠のロザリオをもぎ取る。

『お前は必ず裁きに遭うぞ! 私の“神”が、きっと——』

 今際の言葉はどれもテンプレで、聞き飽きた。信仰も多様性の時代で、人々は“神”に代入される言葉を各々で持ち合わせている。8人目は“寄人”、25人目は“えんら様”、ホテルのボーイは……もう忘れてしまった。
 最悪なことに、そのどれもが俺の苦境を救ってはくれなかった。人は死んだら肉と骨だ。依頼者の教団が俺に担保するのは現世利益のみで、だからこそ贔屓にしている。笑って死ねれば、それでいい。

「司祭は処理した。今から回収を始める」
『功徳に祝福を。すぐに迎えを用意します』

 それにしても、今回の依頼は変だ。普段なら乗り込んで殺せば終わるのに、さらに追加で仕事があるとは。俺は空き部屋のクローゼットを開け、“それ”を抱き上げた。
 最近の天使には製造番号があるらしい。『S-648』。7枚の歪な翼を持つ、白磁の少女。信仰統一のために生まれた、偶像のホムンクルスだ。
 赤い瞳が俺を捉える。瞬間、轟音と共に窓ガラスが砕け散った。

「杀死他,夺回“信使”!」

 赤いガスマスクに揃いの刺青、暗殺教団〈蝾〉の襲撃だ! SMGの銃口が俺を狙う瞬間、俺は反射的に“天使”を盾にする!
 一瞬の交錯だった。天使の身体に風穴が開いた瞬間、敵の頭はスイカのように爆ぜる。血飛沫がカーペットを濡らし、俺は天使の死体を抱いたまま滑るように窓から落下していく!

「殺し屋、何をやった?」

 天使の死体を下敷きに、俺は不恰好な着地を決めた。潰れた四肢と折れ曲がった翼を眺めながら、迎えの男は俺を尋問する。

「生きたまま保護、でしたっけ」
「手遅れだ。一度羽化した蛹は、もう戻らない」

 上空、天使の幽霊が人間を見下ろしている。数十メートルもある、巨大な身体で。

【続く】

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