ショートショート #2「近世禁制謹製金星菌性饉清談」
馬坂藩謹製といえば、天子様将軍様双方に献上される煙草の葉の最高銘柄「金星」で知られた。
金星以外でも馬坂藩産出の煙草は当世職人らの口をそろえて言うに、髪の毛どころか蜘蛛の糸より尚細く刻めると評判で、煙草が藩経済を支える筆頭であるのは言うまでもなかった。
しかるに三代当主の治世に子嚢菌の繁殖による俗に言ううどんこ病の被害がやまず、蔓延を危惧した幕府は馬坂藩出の煙草いっさいを禁制品と認定したもので、かくして現金収入の道を奪われた経済はたちまち没落して、藩は未曾有の飢饉に見舞われるに至った。
爾来、三代当主晴義は、藩名を天下に知ろしめようと競争の渦中に邁進するなどゆめゆめ思うなと家臣らを固く戒めた。こうして他藩に先駆けて馬坂藩に私塾が乱立し、世事にとらわれない高踏的な哲学談義が老若男女の間に流行したもので、往時の七つの私塾を指して竹林の七賢のもじりで「松林の七賢」と謳われたとは、史実の示す通りである。