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[自然写真]厳冬期・上高地奥地の化粧柳に会いに
梓川の化粧柳に会いにゆく旅
2024年もあっという間に過ぎ年末を迎えた。
冬の終わりにはアイスランドのフィヨルドを巡る撮影旅、
夏には屋久島、波照間島、西表島と亜熱帯の地域を撮影し、なかなか充実した一年だったと振り返る。
この一年の締めくくりはどこが良いのか12月に入ってから考えていたが、答えは既にに決まっていた。
上高地奥地の梓川に住まう化粧柳。
彼に会いに行くことだ。
年内のクライアント業務、自身の撮影、ツアーもひと段落し、体的にはのんびり過ごしたいところであったが淡々と準備をし向かった。
厳冬期、往復約30kmのソロ冒険が始まった。
真冬の上高地は本当に好きだ。
毎年必ず訪れるのだが、壮大な景色はもちろん人でごった返したグリーンシーズンには無い静けさがあるからだ。
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この日の日中は大雪予報、スノーハイクには相応しくない、
もは修行のようなコンデション。
ただ、今回私が会いたい主はこの荒れた天候と一緒でなければならなかった。
霞沢岳、六百山の稜線を越える凄まじい風の音。
次第にそれが物凄い勢いで降ってきて森の中を駆け抜ける。
「ああ上高地にいるんだな。」
この風の音を聴くとそう感じる。
誰かと一緒にいれば笑い声も響くだろうが、一人ではそれがない。
人気の無い森の中、頭上で鳴り響く風の叫び声に少しの恐怖心を感じながらひたすら先へ進む。
次第にその音に慣れてくると不思議と先ほどの恐怖心が心地よさに変わっていくのを感じる。
言葉では表現しにくいが、こういった環境に一人身を置いた際、その中で冷静さを保とうとする本能的な感覚がありそれが心地よく感じることがある。
アドレナリンのせいなのかもしれないが。
そして冬の上高地を訪れると毎回思う。
「音が好きだ。」
山を越える風、谷間を走り抜ける音。
音が雪を連れて木々の隙間を駆け抜け笹を揺らし、去ってゆく。
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明神につくと雪も風も一段と強くなっていた。
時折吹き付ける強風でホワイトアウト状態となる様子を見て少し考える。
このまま進むかどうか。
当たり前であるが「恐怖心」だ。
ソロではどうしてもこれが付きまとう。
全ての責任が自分自身にあるし、リスクマネジメントを今一度考え直す必要もある。
予報では天候が昼前に一旦穏やかになる。
そこで撮影し再び荒れ始める前にリターンしよう。
自身のコンデション、雪のコンデション、天候によっては引き返すことも念頭に入れ先へ進む。
徳本峠への分岐前の橋で明神岳へご挨拶。
残念ながら真っ白で姿は見えず。
ここからは更に雪深くトレースも不鮮明、急斜面が多く足場の悪いトラバースを強いられた。
今年は雪が多く既に雪崩も数箇所、安全のため巻かなくてはならない箇所もあり少々難儀した。
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ここからは無心になっていた。
ここで一人奥から歩いてくる人に遭遇。
この日このエリアに足を踏み入れて初めての人間様。
人の存在を見るとどれほど安心感があるか。
蝶ヶ岳登山の方だろうか。
すれ違い際に挨拶をしたが、お返事は返ってこなかった。
彼に私が見えていなかったのか、よく分からないが、
この天気の中かなりしんどそうだったので気持ちを察した。
そして彼が歩いてきたトレースに大きな感謝の気持ちを抱きながらひたすら進んだ。
そして開けた梓川の河原に化粧柳たちが立ち並んだ。
遠くから見てもよくわかる主の姿を目にし、少しずつ近づいていった。
この時、それまで吹雪いていた雪は止み視界が良好になった。
しかし風だけは変わらず一定の間隔をもって何度も河原の雪を舞いあげてやってくる。
そしてようやく雪景色の中、彼に出会えたことに喜びを感じる。
ここまでの道中、どれだけその姿を頭に浮かべ、それが原動力になったのか。
広大な河原のど真ん中で堂々と立つその姿を静観。
そして地吹雪に打たれながらカメラの準備をし撮影に取り掛かった。
何度もやってくる風に呼吸を合わせ何度もシャッターを切る。
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梓川の真ん中に佇む主の姿。
幹や枝の崩壊が激しく、この暴れ川のど真ん中でどれほどの試練を超えてきたのかが一目でわかる。
淡く赤い冬芽はまるで花が咲いているかのようで、生きている証を色で示していた。
そこに更なる試練である冬の厳しさを添える。
「ああ、なんて美しいのか。」
30分ほど彼の周りを回りながら彼の姿を眺め、その間も容赦なく地吹雪が彼と私を飲み込んで行った。
風のサイクルに合わせ撮影を行っていたので思った以上に時間を要した。
リターン時間のデッドラインが近付いたため引き返し始めると、先ほどの天候が一変し再び猛吹雪となった。
嘘のようだった。
そして振り返ると主は猛吹雪の中に姿を消していた。
それを見た瞬間、涙が溢れ出た。
たまたまなのかもしれないが、彼に出会う時間を与えられたような気がした。
今日ここに来れて本当によかった。
主に感謝を伝え来た道をひたすら戻っていった。
車に着いた頃には足が悲鳴を上げていた。
沢渡の足湯のおかげで幾分かは回復したがなかなかハードだった。
久しぶりに長い行程での撮影になったが、
無事に冬に会いたかった化粧柳に会うことができた。
この日はその一本の化粧柳に会いに行く、それが目的だった。
暴れ川を棲み家として生きる化粧柳、この年の大雨もかなりのダメージを与えたことだろう。
それでもこうして堂々と立っていること、雨季が去った後この厳冬の中逞しく生きていること。
この日それを実際に目にすることができ、私自身どれほど生きる力を得たのかと思う。
彼らが何故これほどまでに美しいと感じるのか、それは試練や苦境と全力で向き合っているからなのだろう。
私は自然と関わる中で自然から生き方を学ぶことがたくさんある。
その中で共通していることは以下のことだ。
「人間としてこのように生きたい。」
彼らのように全力で生きること。
自然写真家として自然の中でそれを感じた瞬間をこれからも作品として残し伝いくということ。
この日目に焼き付けた彼らの姿を思い出しながら、
新たな2025年を過ごしていこうと思う。
最後に
ということで少し長い旅日記となりましたが最後までご拝読ありがとうございました。
こちらの撮影旅は後日Youtubeで公開予定です。
映像と共に現場の様子もご覧いただけるので、是非そちらもご覧板たければ嬉しいです。
そしてマガジン「Viewtory」では今回のような撮影の記録を執筆しているのでそちらもご興味ありましたらご購読いただければと思います。
それでは皆様にとっても素晴らしい2025年になることを願っています。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
fotoshin