田中泯を撮った犬童一心監督のドキュメンタリー『名付けようのない踊り』
田中泯さんと言えば『たそがれ清兵衛』くらいしか知らない初心者の私には本当にすばらしい入門編のドキュメンタリーだった。ともすれば難解に思える田中泯さんの舞踊、思想、人となりがうまく伝わってくる。
入門編を入門編のまま終わらせないためには実際に田中泯さんの踊りを見に行くしかない。自身の踊りを「場踊り」と呼び、「僕が踊っているのがダンスだということに一応なっていますが、見ている人と僕との間にダンスが生まれるのが理想です」と語っているのだから。
『名付けようのない踊り』でとりわけ印象に残ったのが、田中泯さんが土方巽の言葉を借りて「頭上の森林」と呼んでいる、瞑想のような踊りの稽古だ。
どういう稽古かというと、髪の毛が樹木となって空へ伸びていくのをイメージする。毛根は文字どおり根っことなって頭皮や脳、耳や鼻の中まで這い回る。そして体の中に蛇や湖や山までイメージするのだという。ここでアニメーション担当の山村浩二さんが真価を発揮し、私を含む凡人の観客には分かりづらい稽古を鮮烈な体験にしてくれる。
このシーンだけフィルム(8ミリフィルム?)で撮影されたのか、森にたたずむ田中泯さんの色合いが他のシーンと違うのだが、山村浩二さんがナレーションに合わせてフィルムを引っかくように田中泯さんの頭や体じゅうに樹木を描いているのだ。その画を見ていて、山村浩二さんのアカデミー賞受賞作『頭山』を思い出した(YouTube公式で全編見られます)。落語を基にしたあの作品も頭に桜が生えたり湖ができたりする話だった。荒唐無稽な噺をアニメーションで表現した山村さんもすごいが、荒唐無稽を己の身に引き受けて鍛錬を積む田中泯さんもすごい。
後半、フランスで踊っている時に坂本龍一の『async』の曲が使われていた。『名付けようのない踊り』は上野耕路さんが音楽を担当しているので、久々の共演、ということでしょうか。大友良英さんも作中で登場するので、この辺りの音楽が好きな方にもぜひ見てほしい作品だ。