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日本人の海外離れが進んでいるらしい

日本のパスポートは世界最強と言われているのに、パスポートを持っているのは6人に一人というニュースをみて驚きました。

大学で働いていた約10年前は、すでに若者の海外離れが指摘されていましたが、まさかこれほどとは思っていなかったからです。

当時、私が勤めていた大学は留学生がとても多く、学生の3割ほどが留学生でした。

しかし日本から留学する学生は来日する学生よりずっと少ないという話は折につけ耳にしていました。

国が様々な助成制度を設けていましたが、日本人学生は留学にあまり興味を示さないことが心配されていました。

あれから10年、その間にコロナもあり、行きたくても海外に行けない期間が3年もありました。

人間は旅に出ない期間が長引くと、行きたいという意欲もなくなってしまうのだそうです。

そういわれてみると私自身も、あれほど海外旅行が好きでお金と時間さえあれば、あの国に行ってみたい、次はこの国へ、と夢があったのに

最近では歳をとったせいもあるのでしょうが、それほど行きたいという気持ちがなくなっていることに気づきました。

正確に言えば、行きたい気持ちはあれど、言語の壁や地理的な距離、移動時間、諸々込み込みで考えると面倒くさいという気持ちの方が、行きたいという気持ちを上まわってしまうのでした。

それに昨今は円安で、旅行費用もコロナ前に比べたら数段値上がりしていて、とても気軽に海外旅行に行かれる料金ではなくなってしまいました。

私が長年行きたいと思っているイタリアは、コロナ前でも1週間くらいで標準的なプランで20~30万が多かったですが、先日旅行サイトを見たら70万となっていました。

1週間で70万も費やせるほど余裕のある生活ではないので、「あぁ、もうイタリアにはいかれない運命なのだな」と思いました。

費用面は大きいですが、行かない期間が長くなって実感しているのが、海外に対する恐れです。

私は英語が話せないので、旅行に行く前は簡単なよく使うフレーズなどをメモしたりはしますが、たいていはそんなものは使う機会がなく、数々のトラブルに遭遇してきました。

それでもその都度必死に考えて切り抜けてきたエピソードは、旅するうえでの自信にもなってきたし、人生なんとかなるという生きた教訓にもなっていました。

たとえば、シアトルに留学中の娘を訪ねた時は、羽田でのんびりしすぎて呼び出しアナウンスで慌ててゲートに向かうことになりました。

するとなぜか手荷物チェックで、荷物を全部出して調べられる羽目にw

このときカナダのホテルで合流だったのですが、カナダの乗り継ぎ空港が、ものすごくわかりにくくて迷てしましました。

乗り継ぎ時間は刻々と迫ってくるのに、高速鉄道みたいなものに乗って空港内を移動するその場所が、どうしてもわからず

空港の職員に聞いても英語が速すぎて聞き取れず、最終的にはそれっぽい人に着いていく、という荒業に賭けました。

運よく賭けが当たり無事に乗り継ぐことができたときは、自分の運の良さに感謝しました。

しかしホテルについて荷物をみると、スーツケースに開けられた痕跡が。

当時、貧乏性の私は旅先で洗濯しようと粉せっけんをビニールに詰めて持って行ったのですが、どうやら麻薬か何かと勘違いされたようでした。

またあるときは、娘の卒業式に出席するために行ったオハイオからの帰り、乗り継ぎ空港で間違った搭乗口の長い列に並んでいたところを、見かねた空港職員が助けてくれたり

はるか昔30年以上前には、シンガポールで一人変なボートに乗ってシンガポールの湾内を巡ったうえ、ホテルまでついてこられそうになったりと

後から考えたら危なかったということもありましたが、そういうことも含めて日本と同じ感覚でいてはならないのだということを、身をもって学びました。

やはり経験したからこその不安との対峙方法や、準備の大切さなどが次に生かすことができるのであり、

また次に生かせないまでも、自分で何とかするしかないという強さも生まれたのだと思います。

人見知りでも、引っ込み思案でも、困ったら人に頼るしかなく、片言の英語で道を尋ねたり、買い物をしたりしなければならないという経験は、

そこで出会った人やものとの一期一会であり、コミュニケーションであり、文化の交流であったりするのです。

そうして旅を終えて帰路に着くころには、またどこかに旅に出る勇気が生まれるのですが

さすがに3年以上海外旅行をしていないと、恐怖の方が先に立つことを、まさに今自分自身も感じています。

先日、娘が帰省した際にたまたま話したのですが

娘が年末年始を利用して海外旅行に出かけるという話から、値段が高くて私にはもう行かれないということや、ヨーロッパは言葉が通じないところが多いから怖いというはなしをしたところ

海外慣れしている娘は、「英語が通じない国のほうが多いし、英語なんかできなくてもなんとかなる」と。

いくら英語が世界共通語といえども、英語が通じない国のほうが多いわけで、要するに言語の違いだけでしり込みしていてはどこにも行けないということなんだなと思いました。

結局それらは、行かない言い訳でしかないのだなと思いました。

日本のパスポートはビザなしで多くの国に渡航できる最強パスポートなのに、活用する人が少ないのはもったいないですね。

それにこれだけインバウンドで世界中から観光客がやってくるのに、海外旅行経験がなく観光客の視点がなければ、おもてなしの国のおもてなしもグローバルな視点ではない狭い視野のものになってしまうかもしれません。

私が20代の頃はバブルで、海外旅行に行く人が増えていった時代でした。

景気上昇の後押しもあり、多くの若者が海外に出かけました。

リッチな旅ばかりでなく、バックパッカーのような貧乏旅行をする若い人も多かった気もします。

ワーキングホリデーという制度もあり、若者の憧れでもありました。

最近、オーストラリアの時給が2千円超と高額なため、ワーキングホリデーでオーストラリアに渡り稼ぐ若者が増えてきたそうですが

他の国からの若者も多く、英語ができない日本人は仕事にあぶれ、帰国の旅費がなく帰るに帰れない若者も増えているそうです。

日本でいう炊き出しのような列に並んで、なんとか凌いでいる人も増えているようです。

やはり働くなら、英語はできないよりできた方がいいということでしょう。

昨今の円安に物価高騰と決して生活に余裕があるわけでもない今の時代に、海外旅行をする余裕は正直今の私にはありません。

国内旅行でさえ、ホテルの料金が以前の倍以上になっており気軽に旅行に出かけられる雰囲気ではないのが現実。

コロナ終息後の今年のGWやこの夏は、海外旅行へ出かける人がコロナ前に戻りつつあるというニュースを見ましたが

行く人はきっと同じ集合体の人なのだろうと思いました。

行く人はどんな時でも行くし、行かない人はますます行かなくなっただけのこと。

さて、私は行く人から行かない人にシフトチェンジしつつある集合体に属しているという感じでしょうか。

できればまた、海外旅行に旅立つ人の集合体に戻りたいですが

こればかりは先立つものもないと、気持ちだけではどうにもなりませんね。

しかし、この先、日本人が内向きになってしまったら、世界においていかれてしまうのではないかという懸念もありますね。

若者が減る一方の日本は、これからどこに向かうのでしょうか。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

私は元々、国内旅行にはまったく興味がなかったため、コロナ以降すっかり旅行の意欲がなくなってしまいました。

昨年行った伊勢神宮も、娘や妹に「行け!行け!」とせっつかれて、重い腰を上げて出かけた経緯がありました。

このさき、よほど強い欲求が生まれないともう海外旅行に行くことはないかもしれないという、漠然とした寂しさがあります。

今日、この記事を書きながら過去の旅を思い出し、少しだけ当時のわくわくした感情が呼び覚まされました。

あと10歳若かったら、がっつり働いたあと、がっつり休んで次の旅の予定を考えているかもしれません。

やっぱり若い人には日本以外の外の世界を見てきてほしい気持ちがあります。

外に出て初めて気づく日本の良さもあります。

3連休の今日、本当は出かける予定でしたが、あいにくの雨でした。

というわけで、海外ドラマでパスポートのいらない海外を楽しんでいます。

連休もあと1日。

みなさま、良い休日をお過ごしください。


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マネキネコ
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