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第7回・数学は苦手だけど「ばらまき批判」に関する論争を理解したい人のために ~ドーマー条件の数式の手ほどき~

今回はプレジデントオンラインの記事を取り上げます。記事の執筆者は飯田泰之氏(明治大学政治経済学部准教授)です。

0.初めて読まれる方に向けた前書き

(第1~6回と同じ内容ですので、それらを読んでいただいた方は2に飛んでください。)

矢野財務事務次官の寄稿が話題になっていますね。

反論記事等もYahooでよく見かけますが、その際のキーワードの一つが「ドーマー条件」(「ドーマーの定理」とも)です。
小難しい説明と一緒に数式が出てくると、煙に巻かれてしまいそうになりますが、実は数式そのものはいたって簡単です。

正確な理解は建設的な議論の前提ですので、ドーマー条件の説明で出てくる「数式」を思いきりかみ砕いて説明してみます。中1レベルの数学が分かる人には理解できる説明を目指します。

想定読者はタイトルに記載の通り、「関心はあるが、数式を見ただけで嫌になる」という方です。

想定読者の方はこのまま読み進めてください。
想定読者よりも豊富な知識をお持ちの方は、「初心者への説明はここまで詳しくやるのか」(あるいは、「そこまでは必要ないんじゃないか」とか「もっと詳しくやらないと!」)という視点でご高覧いただければ幸いです。

なお、上記が本記事の執筆趣旨ですので、矢野氏や反論者の主張自体は取り上げません。

また、「ドーマー条件」そのものの詳細な説明も行いません。
「よくわからない数式で煙に巻かれる」ことを避けるための記事です。

1.これまでの流れ

第1回では、わかりやすさを重視して、「プライマリーバランス(PB;当年度の収支)がゼロの場合」の数式解説を行いました。

第2回では、「プライマリーバランス(PB;当年度の収支)がゼロの場合」という条件を取り払い、一般的な形での数式解説を行いました。

数式解説自体は第2回で完了しています。

しかし、実は各種記事で提示されるドーマー条件の数式は、第2回で示したものと異なっていることが少なくありません。

そこで、第3回からはドーマー条件に言及しているニュース記事等を参照し、第2回で解説した数式との異同を解説しています。

単なる表記上の差異であることもあれば、提示された数式が誤っていたり、「誤りとまでは言えないが説明不足」であることもあります。

第3回以降は下記のリンク先をご覧ください。

第3回:
 実例1 新経世済民新聞 《【藤井聡】財政規律のための「ドーマー条件」の性質について》より

第4回:
 実例2 日本経済研究センター 「財政クイズ 日本の財政再建、どうしたら良いですか?」より

第5回:
 実例3 日本経済新聞"大機小機" 「矢野次官は間違っていない」より
 実例4 明治安田総合研究所 「いつまでも逃げられない財政再建」より

第6回:
 実例5 現代ビジネス 「財務次官が『隠蔽』しようとした『不都合な真実』…実は日本財政は超健全だ!」より

2.比較解説 実例6

今回取り上げる記事はこちらです。

飯田泰之(明治大学政治経済学部准教授)
「バラマキ政策で財政破綻はウソ」
財務次官が勘違いしている日本経済の"本当の危機"

当該記事の中で下記の数式が示されています。
ドーマー条件の数式ですね。

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2.1. 数式について

上記数式(以下、「実例6」と呼びます。)には、第5回でとりあげた実例4(明治安田総合研究所)と同じ欠点があります。

「債務残高対GDP比」とさらっと書いていますが、ここでいう「債務残高」は前年度末残高、「GDP」は当年度実績です。

正しく表現すると、「前年度末債務残高 対 当年度GDP実績比」なのです。これを「当年度末債務残高 対 当年度GDP実績比」とか「前年度末債務残高 対 前年度GDP実績比」と考えると明らかな誤りとなります。

実例6は一見、すっきりしていて見やすいのですが、第5回でも書いたように、これは「まやかしのわかりやすさ」です。

むやみに文字・記号の種類を減らせばいいというものではありません。異なる内容を表すためには、異なる文字・記号を使う必要があります。

上記の指摘内容については是非、第5回の記事をご覧ください。

確認のために、第2回の数式と実例6を並べて再掲します。
第2回の数式は定義と最終形のみ示します。計算過程は第2回の記事をご覧ください。

第2回の数式

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実例6画像4

2.2. 解説文について

数式についての指摘は前項ですべてです。
しかし実は、今回は数式よりも解説文の中に気になる個所があります。本項ではその点を取り上げます。

なお「はじめに」で書いたように、着目するのは政治的見解や経済理論の妥当性ではなく、客観的な数式理解(および論理展開)の話のみです。

まず、数式の前後の記載を引用します。

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結論から言うと、間違えているのは飯田氏の方です。

論点は、小難しい経済理論の妥当性ではありません。
矢野事務次官の文章を正しく読み取る読解力と、中学レベルの数学力があれば、どちらが正しいのかはわかります。

2.2.1 飯田氏の誤読

飯田氏はこう言います。

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しかし、矢野氏は「(単に)プライマリバランスが赤字であると~」とは主張していません。飯田氏は、存在しない主張に反論してしまっているのです。
俗に言う、「お前は一体何と戦っているんだ?」というやつでしょうか。

第2回の数式を用いて、矢野氏の主張内容を示します。

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(ア) 経済成長率が金利よりも高ければ(g > r ならば)、前年度末に比べて財政状態を健全化させる効果が生まれる。

(イ) しかし、財政出動を増やし、当年度の赤字幅が大きくなると、当該健全化効果を減殺することになる。

(イ)の効果が(ア)の効果を上回ると(= 赤字幅がある範囲を超えると)、g > r であったとしても、前年度末よりも財政状態が悪化することになる。

これが続けば、財政状態はどこまでも悪化することになる。

これが矢野氏の主張内容です。

「矢野氏はこう言っている」として飯田氏が書いている内容とは明らかに異なっています。

2.2.2 飯田氏による議論のすり替え

飯田氏はこうも言っています。

一般的に、「政府債務残高÷GDP(債務残高対GDP比)」が発散する(加速度的に増大する)状況を財政破綻と定義することが多い。

飯田氏の理解ではそうなのかもしれませんが、少なくとも矢野氏は「加速度的に増大する」とは主張していません

債務残高対GDP比が加速度的に増加していく(発散する)か否かは右辺第一項の「金利-成長率」のみに依存する。

プライマリバランス対GDP比が赤字であろうと黒字であろうと、それが一定の範囲に収まっているならば、債務残高対GDP比を加速度的に変化させることはない。

「加速度的に増加していく(発散する)か否か」は右辺第一項の「金利-成長率」のみに依存するのかもしれません。

しかし、繰り返しになりますが矢野氏は「加速度的に増加していく(発散する)」とは主張していません

前項で見た通り、「ある範囲を超えた財政赤字が続くならば、財政状態はどこまでも悪化する」と言っているだけです。

付け加えるなら(若干、揚げ足取り気味かもしれませんが)、

債務残高対GDP比が加速度的に増加していく(発散する)か否かは右辺第一項の「金利-成長率」のみに依存する。

プライマリバランス対GDP比が赤字であろうと黒字であろうと、それが一定の範囲に収まっているならば、債務残高対GDP比を加速度的に変化させることはない。

は矛盾しています。

前段で無条件の断定を行っておきながら、後段で「補足説明のような顔をした」限定条件を示しています。限定条件があるのなら、断定してはいけません。

それにも増してフェアでないと感じたのは「一定の範囲」が何を指しているかがあいまいなことです。もちろん、全体のトーンや紙幅との兼ね合いもあるのでしょうが、それを考慮しても説明不足だと思います。

2.2.3 「答えは一つであり異論の余地はない」

2.2.1でまとめたように、矢野氏はこう主張しています。

単年度赤字幅が大きければ、g > r であったとしても、前年度末よりも財政状態が悪化することになる。

これが続けば、財政状態はどこまでも悪化することになる。

そして、この主張内容についてこう評しています。

ケインズ学派かマネタリストかとか、あるいは近代経済学かマルクス経済学かとか、そういった経済理論の立ち位置や考え方の違いによって評価が変わるものではなく、いわば算術計算(加減乗除)の結果が一つでしかないのと同じで、答えは一つであり異論の余地はありません。

実は、これについては第5回の実例3 日本経済新聞"大機小機" 「矢野次官は間違っていない」において検証し、確かにそのとおりであることを論証しています。

飯田氏は矢野氏の文章を引用しつつ、矢野氏が誤っていて自分が正しいことに異論の余地はないと主張しています。

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しかし、本連載で取り扱っている「数式の客観的理解」においては、軍配はあきらかに矢野氏にあがります。

「どちらの方が説得力があるか」という比較の話ではなく、矢野氏が正しく、飯田氏が誤っています。


今回の記事は以上です。
読んでいただき、ありがとうございました。


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