病院薬剤師が語る気になるクスリの話 第8話「下痢止め(止瀉薬)」
「切実」ゆえに「誤解」の多い病気
今回のテーマは「下痢止め」です。
実は私も「突然の便意」に悩まされたクチです。
(しみじみと)困りますよねぇ・・・。
これが通勤・通学中に起きると、もう地獄です。
首尾よく近くのトイレに駆け込めればよし、しかし使用中の場合はもちろん別のトイレへ急行する訳ですが、その時考えるのは・・・。
「誰にも会うな、誰にも会うな」(苦笑)
無表情&早足でようやく空いてるトイレを発見(やたっ!)
ところが不思議ですね、安心した瞬間・・・(あああああああ、あ~あ)。
そんな切実な悩みを解消してくれる「下痢止め」。
ただ、下痢とは、皆さんの想像以上に「誤解の多い」病気なのです。
まず下痢の定義とそれが起こる仕組みについて。
そもそも下痢とは「便の水分が多過ぎる状態」のことです。
糞便の水分は通常約65%ですが、これが85%を超えると下痢となります。
※「下痢の正しい対処法」(日本臨床内科医会)より転載
上図のように腸における水分の需給バランスが崩れると下痢は起こります。
また、便の状態は水分量だけでなく、消化管の通過時間でも左右されます。
これは医療機関でよく用いられる「ブリストルスケール」という指標です。
次に下痢の種類と原因について見ていきましょう。
A.運動亢進性下痢
腸は食物を口側から肛門側に移動させるために蠕動運動を繰り返しています。運動が活発過ぎると、食物が短時間で腸を通過してしまい、水分の吸収が不十分になって下痢をします。主な原因は不安、緊張、ストレスなどですが、過敏性腸症候群や甲状腺の病気(バセドウ病)などでも起こります。
B.浸透圧性下痢
食べた物の浸透圧(水分を引き付ける力)が高いと、腸で水分がきちんと吸収されないまま排便されるため下痢になります。身近なところでは暴飲暴食した後に起こる下痢ですが、糖分の消化吸収が良くない時や、人工甘味料を摂り過ぎた時などにも起こります。牛乳を飲むとお腹を壊す乳糖不耐症の下痢もこれに当てはまります。
C.分泌・滲出性下痢
腸は水分を吸収するだけでなく、腸液などの水分の分泌もしています。その分泌量が多いと便の中の水分が多くなり下痢になります。これを「分泌性下痢」と言います。細菌の出す毒素による食あたり・水あたりや、食物アレルギーでも起こります。また、腸に炎症があると血液成分や細胞内の液体などが滲み出て、便の水分量が増えて下痢になります。これを「滲出性下痢」と言い、クローン病や潰瘍性大腸炎などで起こります。
【コラム】漫画で描写される「下痢キャラ」のあれこれ
とかく下痢は漫画でもネタにされやすいらしく、上述の3タイプの下痢を起こした場面もすぐに思い浮かびました。どれも古い漫画ですし個人的趣味が入りますが、エピソードとともにご紹介していきます。
山根つよし@運動亢進性下痢 (「ちびまる子ちゃん」より)
これは説明するまでもないかもしれませんね。そう、まる子ちゃんのクラスメートです。ちょっとでも気になることがあったり緊張したりすると、
すぐ胃腸が痛くなってしまう男の子。その名の通り強くたくましい男になることに憧れていて、熱血になることもあるけれど、胃腸のことが心配でなかなか思い切った行動が取れないという、切ないキャラです。
宮本浩@浸透圧性下痢(「宮本から君へ」より)
愛読書です(笑)。2018年にはドラマ化、2019年には映画化(主演:池松壮亮)もされました。新卒営業マンの主人公が、恋や仕事に不器用ながらも成長し、自分なりの生きざまを見つけていく物語です。仕事で大失態を犯した宮本は、自分に嫌気がさしてやけ食いという暴挙に出ます。親友の田島に「女々しい」とののしられても 暴飲暴食を止めない宮本は、やがて強烈な便意に襲われるのでした(下宿で良かったな・・・いや、紙切れてて新聞で拭いてるし(笑))。その後、猛省した宮本は頭を丸めるのでした。
地下中六郎@分泌・滲出性下痢(「みんなあげちゃう♡」より)
これも今(執筆当時)から38年も前の作品です。現在も活躍中の弓月光によるエロティックコメディ。予備校生・地下中に一目惚れした大富豪の跡取り娘・悠乃が当然下宿に訪れ、「処女いりませんか?」と告白するところから始まるこの物語。「今では絶対ムリ」と思われる性的描写(抜けなくなって歩いて病院に行く、とか)が読者を虜にしました。さて、地下中は受験試験に臨むのですが、悠乃が昼食に用意したフレンチの牡蠣にあたってしまい(早過ぎるやろ)、下痢に苦しみながらも、騒動で集中力をなくした同部屋の受験生が大量に落ちたことで無事合格を果たすのでした。
主な下痢止めの種類と特徴
下痢止めの成分には概ね次の4種類があります。
❶腸管運動抑制成分
❷整腸生菌成分
❸殺菌成分
❹収れん成分
これを下痢のタイプに応じて使い分ける訳ですが、こんな感じです。
A.運動亢進性下痢 ⇒ ❶>❷❹
B.浸透圧性下痢 ⇒ ❷>❹
C.分泌・滲出性下痢 ⇒ ❸>❷
※不等号(>)は治療上の優先順位を表しています。
❶腸管運動抑制成分
文字通り腸の運動を抑制する成分です。特にロペラミド塩酸塩の効果は強力で、抗がん剤(イリノテカン)の副作用による激しい下痢を止めるのにも用いられます。ただ、「緊急停止ポタン」のような薬なので、食あたりや水あたりなど、体内に排出しなくてはいけないものがある場合には向きません。また、小児(15歳未満)には使用できません。ロートエキスも腸の過剰な運動を抑える成分ですが、抗コリン作用(口渇・眼圧上昇・尿閉など)があるため、高齢者や他に薬を併用している方には注意が必要です。
≪代表的な市販薬≫
・ロペラミド塩酸塩:「トメダインコーワ錠」など
・ロートエキス:「ストッパ下痢止めEX」など
❷整腸生菌成分
腸内環境を整えているのは「善玉菌」と呼ばれる細菌群です。そこで、善玉菌を補給して腸内環境を整え、更に善玉菌が育ちやすい状況に誘導するのがこれらの成分です。善玉菌の代表株はビフィズス菌、フェカーリス菌、アシドフィルス菌などの乳酸菌です。腸の中で乳酸という物質を作り、腸内の酸性度を上げて有害な菌(悪玉菌)が育つのを阻止する働きがあります。また、酪酸菌の一種である宮入菌も同様の効果があると言われています。
≪代表的な市販薬≫
・乳酸菌:「新ビオフェルミンS錠」など
・宮入酸:「強ミヤリサン錠」など
❸殺菌成分
腸内の有害な菌が増えるのを防ぐ成分です。代表格のベルベリンはオウバクという生薬の薬効成分です。
≪代表的な市販薬≫
・ベルベリン塩化物水和物:「ワカ末止瀉薬」など
・タンニン酸ベルベリン:「ビオフェルミン下痢止め」など
❹収れん成分
腸の粘膜に付着し、炎症などで傷んだ箇所を保護してくれる成分です。また、粘液の分泌を抑え、腸内の水分量を減らす働きもあります。留意点としては、この成分に含まれるアルブミンという物質は牛乳由来のため、牛乳にアレルギーのある方は服用を控えるべきです。
≪代表的な市販薬≫
・タンニン酸アルブミン:「新タントーゼA」など
【コラム】ラッパのマークの「あの」薬
さて、下痢止めときたら「あの」薬を紹介しない訳にはいきません。そう、ラッパのマークでお馴染み、大幸薬品の「正露丸」です。
「全下痢対応」、特にウイルスや細菌による下痢にも使える点は他剤にない特徴です。しかし、正露丸の歴史は順風満帆とは言えませんでした。主成分であるクレオソートの発がん性やそれに含まれるフェノールの毒性(腐食性)が問題視され論争となったのです。これに対し大幸薬品は、医薬品である木(もく)クレオソートを防腐剤である石炭クレオソートと誤認混同したものとして危険性を否定しています。また、フェノールに関しても、皮膚・粘膜に長時間接触しなければ、経口摂取する分には安全である旨のデータを示して反論しています。「ストッパ」が登場するまでは独壇場だった正露丸。なくなってもらっては困るファンは多数いる筈です。
下痢対策に関するウソ・ホント
冒頭で述べた通り、下痢はとても誤解の多い病気です。
最後に下痢に対する適切な対処法について解説します。
下痢を薬で止めてはいけない?
「ケースバイケース」としか言いようがありません。下痢は不要・有害な物質を体外に排泄させるための防御反応のため、必要以上に薬で止めるのは望ましくありません(服用期間の目安は3日間、整腸薬は1ヶ月間です)。かといって、小さな子供や高齢者、持病(心臓病・糖尿病・腎臓病など)のある方は、長期間下痢が続くと脱水を起こして命に係わることもあります。要するに下痢を「止める」「止めない」は限度の問題なのです。下記のような場合は、早めに医療機関を受診することをお勧めします。
・経験したことが ないような 激しい下痢
・便に血が混ざっている
・下痢以外に吐き気や嘔吐、発熱もある
・排便後にも腹痛が続く
・同じ物を食べた人も同時に下痢になった
・症状が悪化しているか改善の気配がない
・脱水症状(尿が少ない、出ない、口が異常に渇くなど)がある
※「下痢の正しい対処法」(日本臨床内科医会)より
また、診察の際、下記の事項を医師に伝えると、的確な診断に役立ちます。
◆いつから下痢が始まったのか?
◆下痢以外の症状はあるか?
◆排便の頻度(1日何回トイレに行くか?)
◆腹痛の有無とその程度
◆便の状態(水っぽいのかギラギラした感じなのか)
◆思い当たる原因(海外旅行の経験や、変わった食べ物など)
◆トイレに行きたくなる特定の状況があるか?(例.電車に乗った時など)
◆市販薬やサプリメン トを飲んでいるか?
※「下痢の正しい対処法」(日本臨床内科医会)より
下痢の時は絶食するとよい?
答えはNo。便意を催すのが嫌でついつい飲食を敬遠しがちですが、脱水が懸念されます(特に小児や高齢者)。下痢をすると体内の水分と電解質(特にナトリウムとカリウム)が失われますので、その補給が重要です。身近なところではスポーツドリンクが適しています。そして、消化の良い炭水化物をしっかり摂りましょう。なお、コーヒーや炭酸飲料、アルコール類は、お腹に刺激を与えるので控えてください。
下痢には抗生物質(抗菌薬)が効く?
答えは原則Noです。急性下痢症の90% 以上はウイルス・細菌が原因です(下図参照;「抗微生物薬適正使用の手引き 第二版」より)。
ならば、「下痢には抗生物質が効果的」と思われがちですが、そもそも抗生物質はウイルスに効きませんし、最近の考え方として、急性下痢症は自然軽快することが多いため、軽症であれば抗生物質の投与は行わず、脱水の予防を目的とした水分摂取の励行といった対症療法が推奨されています。ちなみに、薬剤師は患者に対して次のような説明を行っています。
医師による診察の結果、今のところ、胃腸炎による下痢の可能性が高いとのことです。 これらの急性の下痢に対しては、抗生物質(抗菌薬)はほとんど効果がありません。むしろ、抗生物質の服用により下痢を長引かせる可能性もあり、現時点では抗生物質の服用はお勧めできません。 脱水にならないように水分をしっかり摂ることが一番大事です。少量、こまめな水分摂取を心掛けてください。単なる水やお茶よりも糖分と塩分が入っているものの方が良いです。 便に血が混じったり、お腹がとても痛くなったり、高熱が出たり、水分も摂れない状況が続く際は、再度医師を受診して下さい。
まとめ動画を作ってみました。おさらい用にどうぞ。
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