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李克強を偲ぶ人民
金曜日に亡くなった李克強中国前首相。
彼の故郷は中国中部に位置する安徽省の省都である合肥という所なのだが、そこでは彼の突然の死を悼む人民による追悼が行われているという。
以下、現場からのレポート。
10月28日清晨,合肥红星路李克强故居
— 李老师不是你老师 (@whyyoutouzhele) October 28, 2023
悼念的鲜花已经垒成了花墙 pic.twitter.com/qAsl0bDbo6
10月28日,合肥红星路李克强故居
— 李老师不是你老师 (@whyyoutouzhele) October 28, 2023
悼念现场航拍。 pic.twitter.com/HHiFWaoPva
李克強氏の生家には、このように人民からの花が添えられている。
合肥がある安徽省は中国の中でも比較的貧しいところだが、その分良い人が多い印象である。
もちろん、中国人にも善良な人がいるが、筆者がこの人は真面目で人として大丈夫だと思った中国人は、ほとんど安徽省、しかも合肥など北部出身者であった。
なお、南部はちょっと人間が擦れていた。
合肥正大广场,“一路走好” pic.twitter.com/I8raeqjscm
— 李老师不是你老师 (@whyyoutouzhele) October 27, 2023
合肥市の広場には、
「一路好走」
(日本語なら「安らかにお眠り下さい」的なニュアンス)という文字とともに、故郷のヒーローの死を悼んでいる。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/120132896/picture_pc_f449bad490e03459c738371b0af8b519.png?width=1200)
花束の中には、こんなメッセージがあった。
この中にある「胡趙遺風」とは、おそらく1980年代に中国トップだった胡耀邦、趙紫陽両氏のことと思われる。両者とも人民から慕われ人民に寄り添ったトップで、それゆえに権力から弾き出された良い死に方をしなかった人物である。
実は、李克強は共産党の「家系」から見ると胡耀邦の孫弟子にあたるらしく、胡耀邦を覚えていた人民が「孫弟子」にかつての「大師匠」の姿を見たのかもしれない。
中国史、特に近代政治史に詳しいなら、ここであることが想起されるだろう。
そう、「天安門事件」である。
天安門事件は、実は2回ある。
一度目は、1976年4月の「第一次」。周恩来の死を悼んだ人民がそこから当時政治を牛耳っていた「四人組」への批判を展開。黒幕として鄧小平が再び失脚したもの。
二度目は1989年のお馴染みのアレだが、アレもそもそもは胡耀邦総書記の死を悼んで学生たちが天安門広場に集まったことが発端である。
二度ともそこから政府批判につながった上に、首相時代は習近平国家主席と常に反対の立場だっただけに、合肥という地方都市とはいえ、李克強を悼むほど習近平への批判とつながるのである。
![李克強前首相の故郷合肥の生家に花束を添える市民](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/120133665/picture_pc_42a7cd0bf17d128d391a7e03d038dbc9.png?width=1200)
李氏を悼む花束のメッセージに、こんなものを見つけた。
「长江黄河不会倒流」
直訳すると「長江と黄河の流れは逆流しない」で、一見何のことかわからない。
これは李克強の首相時代の2022年3月に述べた言葉で、鄧小平から続く改革開放の流れを逆流させてはならないという言葉だった。
これ、実際にベクトルが内向きになり「逆流」している習近平に向けた嫌味とも捉えられ、人民ももしかして「当てつけ」にこのメッセージを残したのかもしれない。
“黄河长江不会倒流”
— 李老师不是你老师 (@whyyoutouzhele) October 28, 2023
涉嫌违反了社区规定。 pic.twitter.com/ht2wv2Y28q
そして、"长江黄河不会倒流"は通報され、NGワードになりつつあるという。筆者の考察は当たったようだ。
引退済みとは言え彼の死の扱いは案外小さいという。
やっぱり訃告でても李克強の扱い小さいよねえ。サイトが白黒にならないどころか、トップ記事全体でも扱いがとても小さい。
— 安田峰俊 (@YSD0118) October 28, 2023
紙の人民日報での扱いはほぼ李鵬(2019死去)と同じだから、慣例破りの冷遇ではないはずだけれど、李克強は春まで総理だった人なんだがなあ。そういうのは関係ないんか。 pic.twitter.com/vM0VbTappX
実際、今年春まで一国の首相だった人が、人民日報で「ふつう」かそれ以下の扱いということは、やはり「冷遇」と言わざるを得ない。
人民の追悼はそれに対する「反抗」であり、共産党の「塩対応」に対して「反旗」を翻している…とみなされたら大変である。
現在、中国政府は追悼の動きを静観しているようだが、これがこれ以上盛り上がるのは北京にとって好ましいことではない。
さて、これが自然に「鎮火」するか、それともさらに火がついて「合肥発の何か」が起こるか。
我々はじっと見守っていきたい。