今こそコロナ禍の総括をしよう。
(例によって有料記事ですが、ただで最後まで読めます。この記事を読んで良かったなと思われた方が自由意志で投げてください。)
私はコロナ禍が始まったあの時、2020年の2月~3月辺りの時期にまだ中学3年生で、コロナ対策として予餞会(3年生を送る会みたいなものです。)が中止となり、恥ずかしながら涙を流してしまったのを覚えています。そのまま縮小された卒業式を行い、高校へと進みました。その時期にもいまだに自粛を伴うコロナ対策は続いており、黙食によって「友達と一緒に飯を食う」という最も初歩的な青春すら奪われていたのです。また高校の野球部の先輩が、最後の甲子園がなくなったのを受けて「お前らは悔いのないように野球をしろ」と男泣きをしたのも、忘れることのない思い出です。更に、文化祭、就学旅行、校外学習など、縮小、中止された学校行事は枚挙に暇がありません。
自分語りはここまでにして、そろそろマクロの話をすることとしましょう。まず、コロナ禍において行われたコロナ対策の理由として最も多く使われたものは「経済より命」だろうと思います。死んだら経済も何もないという理由からあれだけの制限が正当化されていたのです。「若者もコロナで死ぬかもしれないから」と青春を奪われていました。しかし、本当にそうだったのでしょうか。こちらの画像をご覧ください。
若者のコロナによる死者数はこの程度です。しかし、
若者のコロナ対策による自殺者数はこれだけの数字が記録されています。つまり若者にとっては、「コロナによる被害」(コロナによって死んだ若者の数)より、「コロナ対策による被害」(コロナ対策によって死んだ若者の数)の方が大きいということになります。
またほかにも若者への制限を正当化する理由として使われたものに「他の高リスク者、例えば高齢者や肥満体質の人などにコロナを移すかもしれないから」というものがあります。しかしこれは正当性を持っていた理論と言えるでしょうか。例えば修学旅行や文化祭などは正常な社会活動です。それでコロナに感染し、よしんば死んでしまう人がいたとしても、それは(誤解を恐れずに言うのであれば)その死んでしまう人の方が悪いのであり、正常な社会活動の方を制限するべきということにはならないでしょう。
既に提示したグラフで示されているように、高齢者も自殺者数は多いのです。少なくとも70〜79歳においては、若者と同程度自殺しています。コロナによって死ぬのはあくまでも「寿命」であるとしたならば、コロナ対策によって死ぬ高齢者の方を守るべきだったのではとすら考えられます。コロナ対策によって自殺するのは自然なものとは言えず、(自分から死を選ぶのは自然なものとは言えないでしょう。)そちらの方が救われるべきだったと言えるだろうからです。(これは価値判断の話なのでそうは思わない人も居るでしょうが。)
さらにこれまで並べた「命を守るためにするべき」という理論は、矛盾しているのです。その理由は、この記事で示されたこうしたデータに読み解けます。
この記事によれば、『2020年1月から2021年12月までの超過死亡は11万1000人』もの数字を記録しており、その間に確認されたコロナ死亡者数である『1万8400人』を大幅に上回る『6.0倍』の数字であると示されています。命を守るためのコロナ対策でむしろ超過死亡(例年と比べた際にどれだけ人が多く死んでいるかを示す指標)が増えてしまっていたのです。(また、その理由として自粛などによる健康の毀損などが挙げられています。つまり、まだ元気に動けていたはずの高齢者にとってすら、コロナ対策は害だったということです。)
こんな矛盾があるでしょうか。「命を守るためにやっていたコロナ対策で、むしろ命が多く失われてしまっていた」のです。なぜこんなことが起こってしまっていたのか、それは、そもそもコロナ対策が「命を守るためのもの」ではなく、「高齢者を守るためのもの」だったからなのです。
それこそ最初に提示したグラフを見ればすぐわかるでしょう。高齢者はめちゃくちゃ死んでいるのに、若者、及び現役世代は控えめな死者数です。この程度の感染症にみんな大騒ぎして、あれだけの対策をしていたことが何よりの答え合わせです。こういう話をXなどですると大抵「あの時はそうするしかなかった」とか、「あの時点では若者にも牙をむくかもしれなかったから」と擁護の声が届くのですが、
(引用元のデータに更新があったため、2024.02.17に提示するデータを更新し、最新版に致しました。)
こうしたデータを見ればコロナが2020年のころから「高齢者が多めに死ぬだけの感染症」であったことが容易に読み解けるでしょう。また、私の記憶が正しければ、2020年の4月にはそうした性質はデータに表れていたはずです。「ブーマーリムーバー」という言葉が出てきたのもその時期からだったはずですから。
コロナ対策による被害は他にもあります。それは子供のメンタルへのダメージです。
この記事には、『小学4年生以上の15~30%の子供に中等度以上のうつ症状があること』が調査の結果として明らかになったとあります。高校生に至ってはなんと『30%もの割合でうつ症状を持っていた』のです。(もちろんサンプル調査であり、子供達全員がそういう傾向というわけではありませんが。)これは見逃すことのできない被害でしょう。これまで示してきた通り、コロナ対策には正当性など全くありません。そんなものによって、子供はうつ症状を前述の通り異常な割合で獲得してしまっているのです。看過していいものではありません。
子供がマスク依存症になったとか、コロナ対策が齎した子供のメンタルへのダメージは甚大です。この問題の解決には凄まじい時間を必要とすることでしょう。また、そうした子供の持つ社会への不信感こそ、本当に解決していかなければいけない問題の一つだと思われます。
これまで述べてきたものはあの時における被害です。しかし、コロナ対策による被害はあの3年間に起きるものだけでは収まらないのです。
「これから」起きるであろう被害に「子供の減少」があります。
「いや子供がコロナ死以上に自殺しちゃったのはもう読んだよ!」とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、違います。そういうことではなく、「これから生まれてくる子供」の数が減ってしまうという被害が予測されているのです。
この記事が示すのは、『コロナ禍で婚姻数は約11万組も減少しており、出生数への影響は今のところ限定的なものの、この先婚姻数のリバウンドが起こり、減少数を埋め合わせるようなことがなければ、中長期的に約21万人もの出生数減が齎される』というデータです。当然そうした少子化の煽りを受けるのはこれからを生きる若者であり、現役世代です。
こうして振り返ってみると、若者、及び現役世代は、数々の制限を受け、青春や、命まで奪われながらも、「高齢者が多めに死ぬだけの感染症」の被害を必死に抑えようと努力させられた挙句、これから生きていく上でも「更なる少子化」「メンタルへのダメージ」という足枷まで付けられようとしているのです。
あの時若者として青春を奪われた当事者の一人として、決してコロナ禍におけるコロナ対策を正当化したりすることはできないし、あのような制限を「いい思い出」として美化しようとするような動きには断固として反対せざるを得ません。
このnoteという場を借りて、あのコロナ禍を総括するならば、
「若者、現役世代、さらにまたまだ元気に動ける高齢者までもがあのような高齢者が多めに死ぬだけの感染症のために自由を制限され、一切の正当性を持たないコロナ対策の費用として自殺数、超過死亡の上昇、精神的苦痛などを強いられ、それだけでなく、少子化の激しい進行という不利益まで齎されかねない状況に陥れられてしまった3年間」と言えると思うのです。
絶対に「次」を次世代に齎してはいけません。あんな「高齢者のために若者が犠牲になった」と形容しても過言ではない苦行を繰り返してはいけないのです。我々があの3年間を美化してしまっては、また繰り返してしまうでしょう。「二度と繰り返してはいけない」それを少しでも共通認識とするべくこのnoteを書こうと決めました。(ある時Xでもらった「今総括しなければ、あのコロナ禍を、日本はまた繰り返してしまうことでしょうね。」みたいな言葉を見たのがこのnoteを書こうと決めた大本のきっかけです。)
ただ気がかりなのは、あのコロナ禍を美化する人や、卒業式での卒業生の式辞で言われた「あのコロナ禍の3年間を不幸とは思いません」みたいな言葉をもって正当化する人や、またあの時当事者だった若者自身にも、「あのコロナ禍の3年間には意味があった」と思いたいのか、「我々はあの時命を守った英雄だった」という風に主張する人がちらほら居たりすることです。ですが、あの時の惨状を美化してしまうのは、あの時理不尽に苦しんだ数々の同胞を無視することと同じです。自殺に追い込まれた者、うつ症状を発症した者、生まれてくるはずだったのに、婚姻数減により生を謳歌することが出来なかったかもしれない者、みな、あのコロナ禍、正確に言うならばコロナ対策の被害者であり、二度と生んではならない人たちです。我々はあのコロナ禍を、つまりコロナ対策を「反省」しなければいけないのです。
私の総括が「次」を生まないことに少しでも貢献してくれることを祈って、そしてそもそも「次」が生まれないことを祈って、このnoteを終わりとしたいと思います。
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