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「臘虎膃肭獣猟獲取締法」「猫の魚辞退」…生物にまつわる「死ぬまで使わない日本語」

好評発売中の杉岡幸徳『死ぬまで使わない日本語』。

先週の記事では、本書に掲載されている地名にまつわる言葉をピックアップしてまとめてみました。

今週は、生物にまつわる言葉をいくつかピックアップしてみたいと思います。あらためて掲載されている言葉を見ると、動物や生物の名前が入った言葉が多いこと。
動物の名前と字面でなんとなく意味を類推できる言葉もあれば、何を意味しているのかさっぱりわからない言葉も……。
また、生物の中でも「猫」関連の言葉が多いことが印象的でした。古来より、猫は我々人間にとって身近で愛着のある動物だったんでしょうね。
さらに解説を読むと、思いがけず知らなかった生物の不思議な生態に感動することも。
以下、あなたが使ったことがある言葉はありましたか?


猫額大(びょうがくだい)

意味:とても狭いこと
 狭いことのたとえとして「猫の額」と言うことがあるが、これの漢字だけの熟語があるとは驚きだ。しかし、「猫の額のように狭い」という表現はよくわからない。そもそも猫に額という概念があるのだろうか?
用例:山田足利梁田三郡合して戸数二万の上に多く出ざる猫額大の地より(横山源之助『日本の下層社会』)

臘虎膃肭獣猟獲取締法(らっこおっとせいりょうかくとりしまりほう)

意味:ラッコとオットセイの捕獲などを規制する法律
 なんなんだ、これは……。
 よくこれほどややこしい漢字を集めたものだ。中国の何か怪しい法律かと思ったが、実はこれは日本の法律で、現在も有効なのだ。
 臘虎膃肭獣猟獲取締法は「らっこおっとせいりょうかくとりしまりほう」と読む。ひらがなで書くとさらに意味不明なのだが、これはラッコとオットセイの捕獲などを規制する法律なのだ。臘虎は「ラッコ」、膃肭獣は「オットセイ」と読むのである。
 こんな法律と漢字を覚えねばならない法律家は本当にすごい、尊敬に値する……と思ったが、後にこんなことがわかった。参議院法制局のウェブサイトに載せられていたコラムでは、膃肭獣は「おっとつじゅう」と読む、と誤って解説されていたのだ。法律家の道は険しいのだろう。

猫の魚辞退(ねこのうおじたい)

意味:本当は欲しいのに遠慮したふりをすること
 猫の前に魚を出してやる。猫は顔を近づけてしばらく臭いを嗅ぐが、やがて顔を離して横を向いてしまう。
 よく見る光景かもしれない。猫は野生味の強い動物なので、なかなか本心や表情を露わにしないのだが、これがいかにも「本当は欲しいのにやせ我慢していらないふうを装っている」ように見えてしまう。猫の本心はなかなかわからないから、猫からしたらいい迷惑かもしれない。

月夜の蟹(つきよのかに)

意味:中身がないことのたとえ
 月の夜には、蟹は月光を恐れて餌を探しに出てこないので痩せていて身がない――という言い伝えから、転じて中身がない、からっぽなことを意味している。

カンガルーコート(kangaroo court)

意味:つるし上げ。人民裁判
 kangaroo courtは直訳すると「カンガルーの裁判所」だ。ユーモラスにも聞こえるが、意味はまったくユーモラスではなく、つるし上げや人民裁判を指す。
 語源は二つの説があり、一つはカンガルーが飛び跳ねるように裁判が不規則かつとんとん拍子に進むからというもの、もう一つはカンガルーの棲むオーストラリアは大英帝国の流刑地だったからというものだ。
 まったくの余談だが、中国語でカンガルーのことは「袋鼠」という。「袋のネズミ」だ。カンガルーよりは感じが出ている。

偕老同穴(かいろうどうけつ)

意味:夫婦の契りが固いこと
「カイロウドウケツ」という不思議な生物がいる。これは、海底に住む海綿生物だ。ガラスの繊維で編まれた籠のように優美な生物で、中にドウケツエビというエビが棲むことで知られている。
 ドウケツエビは雌雄二人きりでカイロウドウケツの中に入り、一生そこから出ることはない。
 このカイロウドウケツは「偕老同穴」という熟語から来た名前で、「ともに老い、同じ墓穴に入る」がもとの意味である。
 なお、カイロウドウケツは英語ではVenus’ flower basket(ビーナスの花籠)という信じがたいほど典雅な名前で呼ばれている。
 一生、ガラスで編まれた籠の中から出ることがなく暮らす二人の男女。美しくも憐れな光景なのだが、われわれ人間も一生を地球の表面にへばりついたまま、宇宙へは羽ばたくことができずに過ごすのだ。何が憐れで何が自由なのか、わからないのかもしれない。

カイロウドウケツ

赤猫(あかねこ)

意味:放火
 放火のことを「赤猫を這わせる」と呼ぶのは、残酷ながらも詩的だ。炎が家を舐めるさまが赤い猫が走る姿に見えたのだろうか。一説には放火犯が火をつけて逃げる姿を猫にたとえたものだという。赤犬や赤馬ともいう。

蛾眉(がび)

意味:美人
 文字通り解すると「蛾の眉」。蛾に眉はたぶんないと思うが、これは美人の形容だ。中国では、昔から蛾の触角のように眉が細く弧を描いた女性が美人だとされてきたのだ。もっとも、眉を剃ったうえに、黛で眉を描いていたのだから、どうとでもなりそうだが……。
 美人の条件は時代と国により変わる。日本のバブル時代には眉を太く描くのがお洒落だったと聞いたら、いにしえの中国の美女はきっと蛾眉をひそめただろう。

白い象(しろいぞう)

意味:厄介もの。持て余しもの
 かつてのタイでは、国王は気に入らない家来に「白い象」を贈ったという。
 白い象は管理が難しいうえに、大飯を喰らう。すさまじく飼育費がかかるのだが、王からいただいたものだから、殺すわけにも追放するわけにもいかない。白い象は神聖なものだと考えられていたから、上に乗ったり労働に使うこともできない。家来は白い象の処遇に困り果て、ついには破産してしまったという。
 このお話から、英語では厄介もののことをwhite elephantという。それにしても、気に入らない家来を直接攻撃するわけではなく、逆に贈り物をして亡ぼしてしまうのだから、なんという陰湿な話だろうか。


生物にまつわる言葉はまだまだ載っています。ぜひ、本書から探してみてくださいね。

(編集部  石く"ろ )

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