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【まえがき公開】境界知能の自覚がある当事者が書いた初めての本
おそらく、ベストセラー『ケーキの切れない不良少年たち』(宮口幸治、新潮新書)がきっかけだったと思うのですが、「境界知能」という言葉が一般化しました。
とはいえ、まだ「境界知能って?」という方もたくさんいらっしゃるかと思います。以下、当事者の方がその説明を含めて書いた新刊『境界知能の僕が見つけた人生を楽しむコツ』(なんばさん)の「まえがき」を公開します(amazonでは9/20発売)。
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境界知能について学者さんやお医者さんが客観的に書いた本は出ているのですが、境界知能を自覚している当事者が書いた本は本書が初。
もっといろいろプッシュしたいところですが、「まえがき」が長いので、これくらいにしておきます。
まえがき 境界知能の当事者による「生きづらさ」解消法
僕は境界知能の当事者です。
境界知能とは、IQ(知能指数)85~115の平均よりも低く、知的障害とされるIQ70未満の範囲にも収まらない、IQ70~84の領域を示します。
当事者が自分が境界知能であることを公表し、本を執筆するケースは僕だけかもしれませんが、境界知能の人が珍しい存在かというと、まったくそんなことはありません。なぜなら、人口の14%、7人に1人が境界知能の領域に含まれます。30人のクラスではおよそ4人、日本全国で1700万人ほど存在している計算になります。
しかし、たとえ境界知能の当事者でも、それを自覚している人はほとんどいないでしょう。後ほどお伝えしますが、僕はたまたま知ることができたものの、普通に生活していたら自分のIQを知る機会などほとんどないからです。
僕自身もそうですが、境界知能の人は、平均的なIQの人と比べて、さまざまな生きづらさを抱えていると言われます(「言われます」としているのは、当事者としては平均的なIQの人と比較しようがなく、さまざまな文献などから、そのように読み取るしかないからです)。その一方で、知的障害の人のように福祉の支援を受けることができません(自治体によっては知的障害者手帳の対象外でも支援が受けられることはあるのですが、全国的に少ないと言えるでしょう)。
なぜ、自分はみんなと同じように勉強や仕事、コミュニケーションができないのだろう……?
境界知能の自覚がなく生活していると、そのようなふわっとした疑問、劣等感がずっとつきまとうのです。
僕が「境界知能」に気づいた日
僕が境界知能であると自覚したのは28歳のときでした。
サラリーマンを辞めてからメンタルが不調になり、うつ病を疑って精神科を受診しました。すると医師から発達障害の疑いがあると言われ、WAISーIIIという知能検査を受けました。
僕の知能検査の結果はIQ84。IQの平均が100というのはなんとなく知っていたものの、当時は「境界知能」という言葉、概念を知らなかったため、その数値を見て「少し低いな」くらいにしか感じませんでした。
ちなみに、インターネット上でも「知能検査」ができるサイトがありますが、その信憑性についてはさまざまな意見があるようです。より正確なIQを知りたいのであれば、発達障害の診察とともに知能検査を行っている心療内科や精神科、発達障害者の支援をしている公的な機関で知能検査を受けたほうがいいでしょう。
さて、検査後は日がたつにつれて、平均よりも低い自分のIQが気になりました。IQが低いことが、自分の生きづらさの原因になっているのではないかと感じたのです。
そこでIQについて調べているときに見つけたのが立命館大学の宮口幸治教授のベストセラー『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)でした。平均的な知能よりも低いものの、知的障害とされるIQ70未満の数値には入らないIQ70~84の領域を示す「境界知能」という言葉が出てきたのです。そして境界知能(非行少年)の特徴として、次の「5点セットと+1」がまとめられていました。引用します。
◯認知機能の弱さ:見たり聞いたり想像する力が弱い
◯感情統制の弱さ:感情をコントロールするのが苦手。すぐにキレる
◯融通の利かなさ:何でも思いつきでやってしまう。予想外のことに弱い
◯不適切な自己評価:自分の問題点が分からない。自信があり過ぎる、なさ過ぎる
◯対人スキルの乏しさ:人とのコミュニケーションが苦手
+1 身体的不器用さ:力加減ができない、身体の使い方が不器用
数値的にいえば、僕は平均には近いもののIQ70~84の領域に入っていました。そして、その特徴についても思い当たることが多かったため、「自分は境界知能だったのか」と自覚をしたのです。
自分が境界知能であることがわかってよかった理由
普通の人は、自分のIQが平均よりも下、しかも境界知能であるとわかると、落ち込むのかもしれません。生まれながらに人生ハードモードだったのか、だったらこの先の人生も苦労ばかりだ、と。
最近は「境界知能」という言葉が一般化してきました。やはり、ネガティブな言葉として受け入れられているようで、ネットスラングとしても使われています。
SNSなどを見ると、気に入らない相手に対して「クソリプするやつはだいたい境界知能」「日本語が通じない境界知能とは話にならない」「境界知能ばかりだから日本が駄目になるんだ」「この犯罪者、きっと境界知能だ」……などのような書き込みがされています。ある有名なインフルエンサーも同じようなニュアンスで使っていました。
ほとんどが売り言葉に買い言葉みたいなやりとり(いわゆるレスバ)なので、どっちもどっちなケースがほとんどなのでしょう。そして、「境界知能」とバカにされた側としても本人にその自覚がないので(自分のIQを知っている人はほとんどいない)、怒る人はいても、深く悲しむ人は少ない気がします。「境界知能」とバカにした側も、それがわかっているから、あまり心を傷めることなく、この言葉を安易に使えるのかもしれません。
一方、「境界知能」を自覚している僕としては、はっきり言って不快です。そして、この言葉を他人の人格否定に使う人は、つきあうと疲弊してしまうタイプの人なんだろうなと、勝手に判断しています。だから、かれらの投稿を目にするたびに、僕は「境界知能」に理解を示そうとしてくれる人との交流を深めたいという思いをより強くします。
とはいえ、僕はそれ以上、こうした風潮について深刻には考えていません。
だいたい病気や障害などの新しい概念が出てきたとき、人は否定的なモノの見方をしてしまうものです。実際、「うつ病は甘えだ」と認識されていた時代がありましたが、うつはれっきとした脳の障害であり、誰しもが罹患する可能性があることが周知されるようになりました。発達障害も同様で、「変なやつ」「迷惑なやつ」と揶揄されることもたびたびありますが、脳機能の障害ということが周知されました。境界知能も、うつ病や発達障害のように理解が得られていけば、徐々に罵倒語として使われるケースも減っていくのではないかと思います。
したがって僕は「境界知能」という言葉自体にネガティブな印象は持っておらず、むしろ自分の生きづらさの原因が境界知能であることがわかったことで安心しました。
これまで発達障害やうつ病、人格障害などの可能性など、自分なりにいろいろ調べてもしっくりくるものがなかったのですが、僕が人生で感じてきた生きづらさの正体の要因の大半が境界知能であることに気づけたのが安心の一番の理由です。それがわかれば、自分の特徴や資質に合わせて環境や状況を整えることに注力することで、生きづらさを解消できるはずです。
そんなこともあり、僕は境界知能について調べ、同じような悩みを抱えている人に向けて情報発信を始めました。そのプラットフォームが、境界知能当事者だからこそ理解できる「生きづらさ」に寄り添いながら、「自分らしく生きる」手段をお伝えするユーチューブチャンネル「なんばさん/境界知能×HSPちゃんねる」です。
そしてこのたび、こうした活動を通してリサーチしたり、他の当事者や専門家にお話を伺ったりして見つけた、少しでも境界知能の人の生きづらさが解消される習慣や考え方、ライフハックを、本書でお伝えできればと思います。
本書の構成と想定している読者について
まず序章では、「境界知能」の特徴をより深く理解していただくために、当事者である僕のこれまでの人生を簡単に振り返ります。僕1人だけのケースなので一般化することはできませんし、同じ境界知能の人でも生まれも育ちも性格も異なるわけなので、僕とは全然違う人生を歩んでいる人ばかりです。ただ、少しでもみなさんがイメージする境界知能の人の解像度が上がるのではないかと思います。
そして第1章からは、テーマごとに、僕が見つけた人生を楽しむためのコツを紹介していきます。
第1章では、僕の一人暮らしを通して見えてきた、日常における掃除や料理などの家事、そして家計の管理術といった生活のコツをお伝えします。
第2章では、境界知能の人が特に苦手としているコミュニケーションがテーマです。いかに上手に人間関係を築くかというよりは、どちらかというと、いかに自分が振り回されることなく、心を楽にできるかという視点で語ります。
第3章では、先延ばし癖や悪習慣を絶ち、理想的な習慣を手に入れる方法を紹介します。僕のように落ち込みやすい人は、日々の規則的な生活が命綱になります。
第4章では、平均的な知能の人よりも理解力が低かったとしても、どうすれば効率的に学習ができるかを、そして自分の理解力の低さとどのように向き合えばいいかを、僕自身の経験から解説します。
第5章では、僕が実践したことで、いくらかマシになった感情やメンタルを整える方法や、思い込みから抜け出す方法などをお伝えします。
僕は本書を僕と同じ境界知能の人をコアターゲットとして書いています。しかし、先述したように、自分が境界知能であると自覚している人はほとんどいないはずです。したがって、6ページにある境界知能の特徴を見て「当てはまっているかもしれない」と感じた人や、まわりにそうした特徴を持つ人がいるという家族や友人、仕事仲間の方たちにもお読みいただきたいと思っています。
また、境界知能のIQ以外の特徴については、IQに関係なく多かれ少なかれ、自覚できる悩みではないでしょうか。たとえば、感情のコントロールやコミュニケーションが苦手という高いIQの持ち主や高学歴者、社会的地位が高い人はいくらでもいるはずです。つまり、境界知能の人が持つ特徴というのは、多くの人と共有できますし、それは抱える悩みについても同様だと思います。
とはいえ、同じ悩みでも、境界知能の人とそうでない人とでは、程度の差があるはずです。したがって、これからお伝えしていく内容について、読む人によっては「なんだ、この程度のことをコツと言うのか」と思う項目もきっとあることでしょう。それでも、境界知能である僕が見つけた人生を楽しむコツのなかから、1つでもお役に立てるものがあるのではないか、そしてお役に立ててほしいと願って執筆しました。
本書は僕が書きました
最後にもう1点だけ補足させてください。
僕はウェブライターをした経験があり、個人的にキンドルで3冊の著書を出版しています。しかし原稿を、出版社から商業出版をするに足るクオリティにまで磨き上げるには、時間がいくらあっても足りません。したがって、僕が書いた原稿を編集者が、稚拙な表現を直したり、意図が伝わりにくい構成を整理したり、言葉足らずな箇所に適宜説明を補足したりしています。
「なんばさんだからというわけではなく、ライターを入れない場合、書き慣れていない著者の原稿は最低限読者に伝わるように、確認をとったうえでいつも手を加えていますよ」とのことです。
なぜこんなことをお伝えしたかというと、本書を読んで「境界知能の人でも普通に文章が書けるんだ」とか、「本当に本人が書いているのか?」などの余計な情報や疑問を、読者のみなさんに持っていただきたくないからです(そもそも境界知能の人でも、高い文章力をお持ちの人がいるはずなので、境界知能だからといって文章が下手だという偏見も持ってほしくはありません)。
ただただ、現状の僕の文章力の程度は、こうしたレベルであることをご理解いただいたうえで、フラットに読み進めていただければと思います。
本当にオススメの一冊です。
(編集部 いしクロ)