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“小さくなった父親”に淋しさを感じながら読んだ1冊
編集部の稲川です。
今年の10月で緊急事態宣言が明け、通勤電車にもだいぶ人が戻ってきたように思います。
さて、10月29日のnoteに、緊急事態宣言が明けたらまずは両親に会いに行こうと書きましたが、その翌週、私は実家を訪ねました。
もう2年近く両親の顔を見ていませんでしたが、いつもと変わらず元気だろう、と思っていたんですが・・・。
お昼ごはんに地元の人気店の中華料理屋に父親を連れ出した時のことです。父はラーメン好きなのですが、母親が家ではラーメンを作らないので、一緒に食べることにしました。
父親の前に出された野菜たっぷりのタンメン。
しかし・・・父が丼の上にある野菜を細々と食べているのです。
最初は、野菜から攻めるのかと思っていましたが、どうも様子が変でした。
そこで父に「麺は食べないの?」と聞くと、父は苦笑いしながら、麺までたどり着けないと言います。
その時、気づいたのです。
父の箸を持つ手が震えていたことを・・・。
私は店員さんに取り分け用の茶碗をもらって、父の丼の麺をグワッと取り出し、茶碗に盛ってあげました。
その後は、父も茶碗に取り分け食べることができたのですが、私のとっては、まさかの出来事でした。
たしかにラーメンは大盛りのような量で、麺をひっくり返すのも大変ですが、父親の食べる姿はラーメンを一気にすする自分からは、まったく違った世界だったのです。
お昼を食べて家に戻った私たちは、体調のこと、車の運転のことなどあれこれ話をして(お墓の話が出た時は少し緊張しました)、時折冗談も交えながら時を過ごしました。
父親は78歳。
もう、体力的にも衰えは隠せない年齢です。
母親も含め、介護も必要になってくるかもしれません。
真っ先に両親に会いに行ってよかったと思いました。
まだ、体力的な問題ですから、力仕事が必要な時には顔を出せるからです。
そんな出来事があった矢先、私は1冊の本を手に取りました。
『万寿子さんの庭』(黒野伸一著、小学館文庫)
この本は、20歳の女性と78歳の女性が心を通わす物語ですが、テーマは「認知症」で、やがて病気が悪化していく様が描かれています。
私の父親も同じ78歳。
もしかしたら、避けては通れない話なのかもしれません。
そこで、認知症の方はどれくらいいるのか気になって調べてみました。
「平成29年版高齢社会白書」より
65歳以上で認知症にかかられた方は2012年の段階で約460万人。現在、高齢者人口は3617万ですが、2025年にはその5人に1人は認知症にかかると言われています。
日本は高齢者人口が世界一ですから、私の身内だけの問題じゃないのだと改めて実感しました。
さて、そんな思いで本を読んだのですが、この本が出版されたのは2007年。もう15年近く前に出版されたロングセラーでした。
会社に就職し、独り暮らしを始めた20歳の京子。
もともと人見知りで、人とうまく付き合えない性格であった彼女。実は右目に内斜視(間欠性内斜視)という病気を抱えていて、そのせいで人の目を見て話すことができなかった。当然、男性と付き合ったこともない。
そんな彼女が、ひっそりと静まった部屋に住むことになるのだが、その隣には、近所で偏屈ばあさんと呼ばれる万寿子さんという女性が住んでいた。
お隣ということもあって、京子は意を決して挨拶をするのだが、最初に言われたひと言が「寄り目」だった。
それでも挨拶だけはしようと思う京子。しかし、次に言われたひと言は「ブス」。
さすがに頭にきた京子であったが、なぜか憎めない万寿子を意識するようになる。
いっぽう、万寿子はいつも庭いじりをしていた。庭いじりというよりも、それこそ何十株もある花で埋めつくされた庭で、毎日欠かさず庭の手入れをしているのだった。
いつしか京子は、万寿子の庭の手入れを手伝い始める。純粋に心を通わし、老人と若者という域を超えて、やがて友達と言える仲になっていく。
しかし、万寿子に不可解な言動が増えるようになっていく。それは認知症という影であった。
京子は社会福祉士の勧めを断り、友達として万寿子の面倒を見始めるのだが、やがて自身も限界がきて・・・。
この本は、過酷な介護の現状を刻々と綴るものではありません。
20歳の京子の不器用な恋心、友達としての万寿子との触れ合い、父親との葛藤(母は小さい頃に死別している)など、小説として楽しさも十分味わうことができますし、むしろコミカルに描かれています。
それゆえに、万寿子さんが過去の世界へと帰って姿に、悲しみと現実が交錯していくのです。
認知症の方を抱えている方々は、本当に大変なんだという思いと同時に、現実味のある1冊でした。
また、本に登場する社会福祉士(この本では、万寿子さんの意思を尊重しない社会派ぶった女性が描かれている)が、介護サービスや施設への検討を促すのも、また現実なのだろうと感じました。
今年の3月に、<700万人時代 認知症とともに生きる>というサブタイトルのもと、「認知症の父が電車にはねられ死亡、高額賠償請求 遺族の苦闘、それを救った最高裁判決」という記事がありました。
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/528185
認知症の方の意思を尊重するのか、そこで闘う家族は・・・。
多様性の社会を目指すという昨今、また1つ社会のあり方が問われる、そんな記事でした。
今度、実家に顔を出す時は、「認知症になったら、どうする?」と両親と話してみよう。そして、両親の希望を聞いてあげよう。
そう思わずにはいられない読書の秋でした。