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#433【ゲスト/モノづくり】日産GT-Rを生み出した天才が語るイノベーションの本質
このnoteは2022年7月7日配信のVoicyの音源「フォレスト出版チャンネル|知恵の木を植えるラジオ」の内容をもとに作成したものです。
カリスマエンジニアと医師による往復書簡
今井:フォレスト出版チャンネルのパーソナリティを務める、今井佐和です。本日は編集部の石黒さんと共にお伝えしていきます。石黒さん、よろしくお願いいたします。
石黒:よろしくお願いします。
水野:よろしくお願いします。
今井:今、ゲストの方のお声が入ってしまいましたが(笑)、今日はまた素晴らしいゲストにお越しいただいているんですよね。
石黒:はい。日産・GT-Rの開発者でカリスマエンジニア呼ばれている、水野和敏さんです。
今井:ということで水野さん、どうぞよろしくお願いいたします。
水野:はい。さっき出ちゃいました水野です。よろしくお願いします。
石黒:実は水野さん、6月にフォレスト出版から『0→100(ゼロヒャク) 生み出す力』という本を出版されました。そのご縁でお忙しい中、ご出演いただいております。
今井:ということで、本日は『0→100(ゼロヒャク) 生み出す力』の著者の水野さんをお迎えして、新刊の内容や水野さんの現在のご活動についてお聞きしたいと思います。では、早速なんですけれども、石黒さん、水野さんの新刊の『0→100(ゼロヒャク) 生み出す力』の内容を教えていただいてもよろしいでしょうか?
石黒:はい。本書は水野さんと、北里大学名誉教授の小泉和三郎先生の共著になっています。小泉先生はお医者さんで、エンジニアである水野さんとは異色の組み合わせなんですけど。水野さん、小泉先生との出会いについて簡単に教えていただけますか?
水野:ちょうど2011年、東日本大震災が起こった3月11日、僕は日産・GT-Rっていう車を開発して、神経をすり減らす仕事をしていたので、半年に1回ぐらい胃カメラを飲んで自分の体をチェックしていて、ちょうど大震災の日に「水野さん、重大な点が見つかったので、北里大学の小泉先生のところに資料を渡すからこれを持って、月曜日の朝1番に行ってよ」って主治医の先生に小泉先生を紹介されて、北里大学病院に行ったのがはじめなんですね。で、小泉先生は本当は非番だったんですけど、「小泉先生が指名なので、ぜひお願いします。」って、受付で10分くらい頭を下げて頼んで、小泉先生が出てきてくださって、僕の顔を見た瞬間に、「あ!日産の水野さんですか?」って、まず言われて。で、「実は先生、今日この資料を持って来たので、診ていただきたいんです。」っていうのが、元々の出会いのはじまりですね。
石黒:そうなんです。その詳細は本にも書いてあるんですけど。そういったかたちで知り合ったお二人なんですが、本書はエンジニアとしての水野さん、そして医者としての小泉先生と、全然分野が違うんですけども、分野を超えた対論という形で構成されています。対論というのは対談とは違って、往復書簡をイメージしていただければなと思います。で、本書では水野さんのイノベーティブなものづくりの方法を小泉先生自身の経験を踏まえながら解き明かしていくという、そういった流れになっています。
末期がんがからの奇跡的な生還の体験を1冊に
今井:ありがとうございます。まさかそんなプライベートなところがきっかけで、この本が出来上がったということにトキメキを感じました。ちなみに、こちらのご著書なんですけれども、水野さんはどのような気持ちを込めて執筆されましたか?
水野:やっぱり新しく開発するっていうこと。正直に言うと、僕が小泉先生に診ていただいた時はもう末期癌で「生存確率は2年後で20%以下ですよ」と言われまして。
今井:えー!
水野:「もったとしても5年後の生存率は30%以下ですよ。今、そういう体なんですよ。」って診ていただいたその日に言われて。小泉先生に「本当のこと教えてください」って言って、そう言われたんですね。僕はその頃は定年退職の話もあって、イギリスでも日本でもマスコミに「水野、今後はどうするんだ?」って、雑誌なんかでもだいぶ話題になっていたので、そういう状態でありながら、僕は病気をマスコミにも会社にも隠して、なおかつGT-Rの12年モデルの開発、13年モデルの開発をしなきゃいけない。こういうシチュエーションの中で、小泉先生に聞いたんですね。「先生、何か新しい方法はないですか?どうせ死ぬ確率が高いなら、新しいことをやって一歩でも前に進める状態の中で死ぬなら諦めますよ」って言ったら、小泉先生が「実は私も抗がん剤の開発を一生懸命やっています。」と。「じゃあ、先生のその抗がん剤開発と僕が車を開発するっていう、クリエイティブを組み合わせて新しいことをやりましょうよ。」と。まあ、おかげさまで手術からたった2週間で・・・、胃も脾臓も胆嚢も膵臓のほとんども、体の中の臓器をほとんど取っちゃったんですね、8時間に及ぶ手術で。でも、たった2週間で僕は現場に復帰して、車に乗って、開発しているわけ。世界でもこんな例ってないんですね。で、癌と車の開発ってすごく異質な世界に思えますけど、小泉先生の抗がん剤開発と僕のそのシチュエーションの中でものの開発と、自分の体のリハビリ。やっぱりこういった歴史をぜひ世の中の人に教えたい。癌って怖くないんだよ。クリエイティブなことって、実は自分が生きる力にも関係しているんだよって教えたかったんです。「でも、やっぱり自分が10年以上生きて結果を残せてからしか、こういう話って表に出せないよね。表に出したけど、僕が2年で死んじゃったら、“あいつはペテン師だ”になっちゃうから。だけども10年以上生きたよね。小泉先生、この話をみんなに教えてあげましょうよ。ただ、置いておくのはもったいないですよね。」そういうきっかけの中から・・・。「この本は10年経って事実がわかったから出しましょう」って出させてもらったんですね。
石黒:ありがとうございます。本に書かれているんですけども、「水野さんが臓器のほとんどを取って、その後に車に乗ったら、体の中が空洞になっているから、腸や何やらがブラブラ揺れた」とか書いてあって、とんでもないなと思いました。
水野:手術して、1カ月で体の中をみんな取っちゃってブラブラですよね。でも、何千人っていうお客さんが目の前で待っていてくれている。そこで僕はGT-Rっていう車を紹介しなきゃいけない。それなりにアクセルを踏んで走らなきゃいけない。正直言って、車から降りてきたら血の気がなくなっています。でもマスコミにも社内にも隠さなきゃいけないって。
石黒:そうなんですよね。そんな壮絶なことが結構前半に書いてあるんですけど。ところで今井さんは車に興味はありますか?
今井:はい。私、実は前の職場が電話のオペレーターなんですけれども、自動車のロードサービスのオペレーターだったんですね。なので、ありとあらゆる車の事故とか、故障とか、トラブルの電話を受けていたので、車にちょっと詳しくなるというか。色んな車種とか、この車はこういう故障が起きやすいとか、この車はこういう事故が起こっても結構いい感じとか(笑)、そういうのは興味があるというか、ずっともう慣れ親しんでいるという感じですね。
水野:日産・GT-Rはもちろんご存じですか?
今井:もちろんです。私の知る限り、GT-Rのお客さんはあんまり事故ったり、故障したりっていう電話は入ってきてなかったですね。少なめだった記憶が・・・。
石黒:流石ですね。一方、私はペーパードライバーで水野さんにお会いするまで、日産GT-Rを知らなかったっていう男なんですよね。で、水野さんのお話を聞いたり、原稿を読んで、知れば知るほど、この車はすごいなと思って、その世界では本当に水野さんは神様みたいな存在っていう感じなんですけど。水野さん、私みたいにあまり車に興味がない方に簡単にこれまでの経歴と、日産・GT-Rの魅力についてぜひお話いただけますか?
開発者本人が語る日産GT-Rの魅力とは?
水野:車って誰のものですかって、ここが一番基本だと思うんだよね。僕ははっきり言って、車ってライフスタイルパートナーだし、愛される存在じゃなきゃいけないと思っていて。
どっちかって言うと、自動車メーカーのエンジニアがみんな錯覚しているのは、俺はいいものを作るんだって、自分の目線から見ていいものを作ろうとしている。そうじゃない。愛されるものを作るっていうのが車の基本だし、愛されるシーンが生活の場面であったり、趣味の場面であったり、ステータスの場面であったり、色々とあると思うんですね。
で、やっぱりこのGT-R、言い方は悪いですけど、誰に一番好きになって欲しいって言ったら、子供と奥さん、パートナーなんです。スーパーカーを買う人って、みんなお金はたっぷり持っているんです。なぜ買えないかって言ったら、ご近所の手前や家族の反対、「あんた好きなものばっかり買って!ご近所に私が何て言われているか知っている?」って。
ところが、みんなはスーパーカーとか、スポーツカーと言うと、汗かいて走る車を作ればいいんだって勘違いしているんですね。だから僕は例えば発表会、東京モーターショーで2007年に発表した時に、ソニーのプレステと一緒に発表して、子どもをGT-Rのファンにしようと。777万の値段も奥さんの食卓の話題にして、モーターショーに一緒に行きたくさせる。
実は車を作るんじゃなくて、本当に作らなきゃいけないのは人の心なんです。で、さっき故障しないっていう話がありましたけど、この車はニュルブルクリンクっていう、ドイツのサーキットに行って走るんですが、それは単にタイムを計るだけじゃなくて、信頼関係性を鍛えるためなんですよ。あそこで3週間3台をフルに最高タイムで走り続ける。これは市場換算70万キロのテストなんです。それを春と夏に毎年やっているわけです。
だから僕が言ったのは高級、高いプライスじゃなくて、時間軸で永遠の価値を作ろう。10年経っても替え買いたくない車を作ろう。一生持っていたい車を作ろう。
だから信頼耐久性も半端じゃない鍛え方をしたし、現に今まで3年ごとに車を買い替えていた人が、この車に乗ったら替えなくなっちゃった。こんなに車検を何回も通した例ははじめてですよって。こういう人がほとんどなんですね。
だから僕はやっぱり車を作るんじゃなくて、パートナーとしての存在を作る。これが本来の車の姿だと思っています。もちろんそのために性能がどうとか、僕がレースで連戦連勝した規約はどうなの?って。それは色々あるけど、やっぱり最後の目的は人の心ですよね。
だから、そういう意味で小泉先生が抗がん剤を通して生きるという心を、家族を含めて安心して生活できるものを作る。僕はパートナーとして高級の価値を作れる。やっぱりものすごく目的が共通しているんですよね。だからこの本に書いてあるように、色んな話が共鳴して、組み立ていくわけですよね。
「新しいこと」は必ず失敗するーー失敗を成功に変えることがイノベーション
石黒:ありがとうございます。私も編集していて、色々と印象に残っている箇所があるんですけど、その中でもやっぱりすげえなと思ったのが、日産という大企業の中に入って、水野さんの奮闘する姿ですよね。
大企業で斬新な提案がことごとく否定されていくんですよね、変化を嫌ったりとか、安定志向になっている中で。
よく日本ではジョブズとかザッカーバーグのようなイノベーターが存在しないと言われているんですけど、実際には天才はたくさんいると思うんですよ。その一人が水野さんだと思うんですけど、ただそういう人が天才でも大企業って檻の中に放り込まれた途端に、組織のことなかれ主義とか、トップダウン型の指示系統によって牙を抜かれ続けてきたんじゃないかなと思うんですよね。
では、なぜ水野さんは牙を抜かれなかったんでしょうか?
水野:簡単なんですよ。それは大企業が悪いんじゃなくて、人間そのものなんですよ。だって、利益が出ている会社にいて、自分がマンションを買うにも、家を買うにもローンを組んで、給料も安定して問題ない会社。そんな中で、「いや、それじゃダメなんだ。こういう新しい製品を作って、新しい世界に出よう」って言ったら、「失敗したらどうするんだ」。これは99.99%の人が言って当たり前。
なぜならそういう学校教育を受けているから。常識っていう世界が大好きで、非常識っていう世界は異端な世界だって、学校教育の時代から教わっているわけですよ。
逆にいいことを賛成してもらえると思っている方が、僕は異常だと思っています。正直に一人ずつ、「自分はどっちで動きますか?」って聞いたら、99.9%の人は利益が出ていて生活が安定保障されていて、ここから先もちゃんと安定した生活を送れる方を選びますよね。
新しいことやって失敗したらどうするんだっていうのが日本人のキーワードで、別に企業の問題じゃないんですよ。だからこそ、新しいことは組織というトップダウンのやり方の規定じゃなくて、チームというファジーな、創意工夫して失敗を成功に変えるスポーツチームでやる。
サッカーだってそうですよ。1点取られたらどう2点取り返すかを考える。それがチームなんです。で、リーダーは監督なんです。
だからこそ、こういうGT-Rみたいな新しい商品は、会社という安定を追いかけて、利益を追求する管理組織じゃなくて、チームという新しい革新、新しいことで失敗するのは当たり前。
みんな、新しいことに失敗しないなんて無理。人間のやる新しいことは80%失敗する。食べ物屋さん、新しくできた店に入ってみて食べた。もう二度と行くのはやめよう。洋服を買った。だけどタンスの中に仕舞いっぱなしで着ないものが何着もある。人間は新しいことは必ず失敗するんです。
エジソンだって2%の成功しかなくて、98%は失敗。あの時に近所の人が見ていたら、エジソンは変人だと思いますよ。「あいつ、何やってんだよ」と。失敗は当たり前なんだって思えることが、まず新しいことに挑戦する第一歩。
それから、新しいことは反対されることが常識だと思うこと。この2つを大事なキーとして、みんな忘れている。俺はいいことした、新しいことした。だから賛成してくれるはずだと勝手に思い込むから抵抗と感じるんです。
でも新しいことは反対されるし、新しいことは失敗するんだって最初から思っていれば、何も心配する必要ないんだよって。自分の左胸に手を当ててみればどっちが本当かわかると思う。そこで、一人一人の力ってはじめて出てくると思うんですね。
だから失敗をどうやって成功に変えようか、これが実はイノベーション。世の中の人は新しいことを考えることが、イノベーションだって錯覚しているんです。もう一回言います。失敗を成功に変えることがイノベーション。だから、大企業じゃダメでGT-R は50人ぽっきりの小さなチームで、組織じゃなくてチーム組織にした、失敗を成功に変えるために。
新しいことは失敗することなんだ。最初から本質を知って取り組めば、抵抗が抵抗じゃないんですよ。みんな、学校で教わった間違った錯覚を真実と思い込んでいるから抵抗にあう、反対にあう。俺には壁が立ちふさがるって、こう思い込んじゃっているんです。すごく簡単なことなんです。
世間が知らないカルロス・ゴーンのすごさ
石黒:そんな水野さんを後押ししたのが・・・、これ、私はすごく面白かったんですけど、カルロス・ゴーンなんですよね。
今井:あのカルロス・ゴーンさんですか?
石黒:そうなんですよ。マスコミで言われているカルロス・ゴーン像と、水野さんから見たカルロス・ゴーン像っていうのは全然違うんですよね。水野さんから見たカルロス・ゴーンっていうのはめちゃくちゃ優秀な経営者なんですよ。おそらく水野さんが見たゴーンの方が実像に近いんじゃないかなと私は感じました。で、そんな裏話もたくさん載っているので、面白いので、ぜひお読みいただければなと思っております。
今井:ありがとうございます。
水野:今、結果が出ていますよね。来た時は系列会社キラーだ、コストカッターだってマスコミはさんざん叩いた。それは過去と比較してゴーンの未来を見ていないから。
でも今見てみたら、その時に系列を離れた会社は、今の日産の株価よりも5倍も6倍も高いところで世界的に活躍している。最後までくっついていったカルソニックカンセイが、今現在は負債を抱えて大問題になっている。結局、この結果ってゴーンの十何年前の決断から見たら、答えが出ているじゃない。
でも、マスコミはコストカッターだ、メーカーキラーだって、叩きまくってきたわけですよね。未来を見るってやっぱりこういう1つの現象が必ず将来に答えを出してくれるんですよ。こういう事件を見ていてもやっぱりそういうのをすごく身近に感じますよね。
石黒:ゴーン再評価の時がそのうち来るかもしれないですね。
水野:評価するかどうか、今、レバノンにいる件も含めてね。
今井:(笑)。
水野:人間のゴーンではなく、経営者のゴーンを見ればいいと思うんですよね。色眼鏡をつけずに本質を見るっていうのが、この本にも書いていますけど、大事なことでね。レバノンに逃げたからあの人は悪いって、過去の業績まで無視しちゃうと何も勉強できない。
あの人のやった、ここは賢いんだ。あの人のやった、ここは反面教師なんだ。あの人を通して両方を使い分けることがものすごく自分の肥しになるんですよね。
ところが、人間って知ったかぶって、「あの人は悪い人。だからみんな忘れた」って、すぐこういうものの見方をしようとするんですよね。だから、生きている時間がもったいないんです。生きている時間って、全て自分の勉強の時間なんですよ。ちょっと長くなって、ごめんね(笑)。
石黒・今井:(笑)。
今井:いえいえ。そんな素敵なゴーンさんのお話も入っているこの本なんですけれども、最後に水野さんからリスナーに向けて、改めてこの『0→100(ゼロヒャク) 生み出す力』の魅力をアピールしていただいてもよろしいでしょうか。
水野:先ほどから言っているように、本質に戻って自分の左胸に手を当てて正直に物事を見ると、物事の見え方って全然変わっちゃうの。自分が確かに学んで教えてもらって、知ったフィルターと、オブラートで自分を包んじゃうから、素直に見えるものも見えなくなっちゃう。クリエイティブに生きるってもっと単純で、自分自身に素直に生きることだと思うし、この本を読んで、それがどういうやり方なんだっていうのをちょっと参考にしてもらうとすごくありがたいです。
今井:ありがとうございます。水野さんの新刊『0→100(ゼロヒャク) 生み出す力』のリンクをこちらに貼っておきますので、リスナーの皆さんもぜひチェックしていただけたらと思います。水野さん、石黒さん、本日はありがとうございました。
(書き起こし:フォレスト出版本部・冨田弘子)