じゃれ本作品『路地裏の逃走』
でも私、もう少し自分で頑張ってみようと思うの。
複数人でショートショートを連作する「じゃれ本」という遊びがあります。
ルールは基本的にリレー小説と同じですが、「じゃれ本」では直前の人が書いた文章しか読むことができません。この縛りにより、不思議な物語ができあがります。
この記事では私たちが生み出したショートショート作品を紹介します。
『路地裏の逃走』
賑やかな街を行く人々は見向きもしない。いや、そこに空間があることにすら気づかない。
そこは路地裏、すべてが通り過ぎる街の余白。喧騒に忘れ去られ、覚えているのは、ひっそりと吹き込む生温い風と、昼頃になってようやく入り込む日差しだけだった。
静けさが留まるその場所へ、その日、ひとりの女が入り込んだ。
彼女は逃げていた。
何者かに追われている訳ではなく、ただ迫り来る現実に怯えていた。
誰にも知られず、かんかんとコンクリートに響く足音。彼女はそこに路地裏があることを知らなかった。いつも通り過ぎていたその入り口が、その日は何故かはっきりと見えた。何かに吸い寄せられるようだった。
彼女が曲がり角の先へ行くと、もうそこまでは街の賑やかさも入り込めないようで、転がる紙切れがカサカサと音を立てていた。
女は服が汚れることも気にせず、壁にもたれてしゃがみ込んだ。
* * *
女がしゃがみこんだ瞬間、女が立っていた地面が飴のように歪む。女は体勢を保っていられなくなり、地面に飲み込まれてしまった。女は気を失った。
次に女が目覚めたとき、そこはやはり路地だった。なんだ夢か―と納得しかけていると、目の前に一匹のネズミが現れた。
「おねーさん、ここじゃ見ない顔だね? どうしたの?」
――しゃべった。
当然ながら、女は今までの人生でしゃべるネズミを見たことがない。フィクションの中であれば世界的に有名なしゃべるネズミは存在したが、少なくとも現実では出会ったことがないし、多くの人もそうだろう。
「もしかしておねーさん、『向こうの世界』から来た人? たまにいるんだよねーそういう人。いい? この世界はね、『裏路地裏』っていうんだ」
ネズミはケラケラと笑う。
「『裏路地裏』ではね、すべてが思い通りになるんだ。おねーさんの望みは何?」
私の望み――
女は少し考えた後、答えた。
* * *
「私の望み、それは、、、」
言いかけたその瞬間、裏路地裏がピカッと光に包まれた。すると目の前のネズミは歪に膨らみ、パンッと風船のように破裂してしまった。
「ちっ、逃げられたか」
背後から野太い声が聞こえた。うろたえる彼女の腕を何者かがつかむ。
「はやく!こっちだ!」
ためらっていると無理やり抱え上げられた。逃れようと体をねじったがびくともしない。気づくと抱えられたまま通りへ飛び出していた。そこは彼女の知っている街そっくりだったが何かが違っていた。
違和感を感じたときには、もう建物に連れ込まれていた。
ようやく下ろされて振り向くと、そこには全身が黄色い毛でおおわれたトラみたいな男が立っていた。
「危なかったな」
その野太い声はトラらしい迫力に満ち溢れていた。おどおどする彼女に構わずトラは続けた。
「あのネズミはな、こっちの世界に迷い込んだ人間の望みを聞き出すんだ。で、そいつを食っちまう。」
* * *
「こっちの世界?人食いネズミ?」
彼女が困惑で青ざめる。トラ男は構わず続けた。
「人間の望みは儚いもの。だから誰かに叶えてもらおうとする。ヤツらはその隙を狙ってくるんだ」
彼女は息を飲んだ。
「食われそうになってたの?私が?…あははッ!」
死の恐怖に怯えて暴れ出した彼女を、トラ男はなだめようとする。
「落ち着け、大丈夫だ、俺は味方だ」
「嘘だ!あんたも私を食いたいんだろ!」
差し出された両手を振り払い、彼女は何度も叫んだ。
ようやく落ち着きを取り戻した彼女は、急に吹っ切れたのか、ぐいとトラ男に踏み込んで、こう言った。
「私を連れてって。ここではないどこかへ」
顔をしかめるトラ男。
「言ったよね?私の味方だって。私を裏切らないって」
トラ男は観念した。自らの軽率さへの後悔を、悪態として返すより他になかった。
「望みを他人に託すなと言っただろう。隙だらけだぞ」
「うるさいな、さっさとしてよ」
* * *
その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。唐突な不快感が体の底から湧き上がってくる。そしてどこからか声が響いてきた。
・・・ねぇ、君の望みって何?・・・俺についてこい・・・なんでもあげるよ・・・俺にばっか頼るな・・・君なんて子、僕は知らない・・・あっちいけ、顔も見たくねぇ・・・
脳を揺さぶられる感覚に彼女は頭を抱えて蹲った。
「うるさいっ!うるさいっ!」
その叫びに構わず声はどんどん大きくなった。
気が付くと、女はあの路地裏に座り込んでいた。ずっと続くかと思えた気持ちの悪さはいつの間にか収まっていた。
「あぁ、やっと見つけた」
安堵した声が聞こえた。
「ほら、俺が何とかしてやるって言ったろ」
優しく差し出された手を女は見つめた。そして彼女はその手を借りずに立ち上がった。
「ありがとう。でも私、もう少し自分で頑張ってみようと思うの」
昼過ぎになってようやく、日の当たらない路地裏へ光が差し込み始めた。
(完)
ハウスルール
タイトル:
タイトルの「前半」「後半」それぞれを別の人が考えて繋ぎ合わせる。
例)A「白い」B「クロワッサン」→『白いクロワッサン』
1ターンの文字数:400字以内
完結までのターン数:5ターン
注: 公式とは少し異なります。
タイトル発案
路地裏の(生得観念の例)
逃走(そめいよしの)
作者陣
感想
おわりに
これまでのデウス・エクス・マキナ的な展開とは異なった空気感の作品になりました。
今回、初参加の往生要集は、特定のタイプの人物の表現に定評があります。
他の作品はこのマガジンから読むことができます。
ありがとうございました。