じゃれ本作品『アメイジング真実』
「おじさん、一緒に歌おう」
複数人でショートショートを連作する「じゃれ本」という遊びがあります。
ルールは基本的にリレー小説と同じなのですが、「じゃれ本」では直前の人が書いた文章しか読むことができません。この縛りにより、ひとりでは書けないような不思議な物語ができあがるというものです。
私たちのSlackにはこの「じゃれ本」をオンラインで遊ぶためのbotが生息しており、暇を持て余したメンバー達が筆力を競い合っています。
この記事では私たちが生み出したショートショート作品を紹介します。
今回のハウスルール
オンラインで遊ぶ都合上、公式ルールと少し異なるルールで遊びました。
タイトルの決め方:
タイトルの「前半」「後半」それぞれを別の人が考えて繋ぎ合わせる。
例)A「白い」B「クロワッサン」→『白いクロワッサン』
1ターンの文字数:400字以内
完結までのターン数:6ターン
今回の作者陣
『アメイジング真実』
ポスト真実の時代。
人々は真実を捨て、希望を求めた。
そんな中、一人の男が立ち上がった。
男の名は雨井マコト。
男はジャンク品のギターを背負い、旅に出た。
アメイジング、アメイジング――
男は歌う。
男が歌い上げるのは真実。
それもただの真実ではない。
ハッピーで、グレートな、
「アメイジング真実」だ。
「こら、また売りもん盗みやがったなあのガキ!」
太っちょのパン屋の店主が顔を真赤にして追いかけてくるのを尻目に、少年は店から盗んだパンを齧りながら路地を駆けた。
店主の声が聞こえなくなったのを確認すると、少年は薄汚れた壁に凭れ掛かってため息をつく。
――こんな生活、いつまで続けなきゃいけないんだ。
少年がうんざりしながら固いパンを齧っていると、一人の男が通りかかった。男は少年に負けず劣らずみすぼらしい格好をして、弦が所々錆びたギターを背負っている。
「おじさん、パン食べる?」
* * *
「おう、ありがとな少年。」
男は見た目に似合わず爽やかに微笑んだ。
「だがな、このパンは君が買うにはちょいと立派すぎる。もし盗んだパンなんて貰っちまったら名が廃る。君、どこで手に入れた?それを聞くまでは貰えないな」
男はなおも微笑んでいたが、目が笑っていない。少年は怖くなり嘘をついた。
「これはそこのパン屋さんが配っていたんだよ」
「ああん?」
男の眼光が鋭くなった。
実はその時そのすぐそばでは追いついたパン屋が聴き耳を立てていた。彼は少年を許すつもりはなかったが、流石に少年を守ろうと飛び出した。
「彼の言うことは本当だよ。子供は社会の希望だからね。それは僕のあげたパンさ。」
パン屋を見る男は、もう笑っていなかった。彼は背中のギターを下ろすと徐ろに構えた。
「てめぇは嘘をついた。だが俺は雨井マコト。希望を言い訳に虐げられた真実の思いをハッピーでグレートなアメイジング真実へ歌い上げてやる。」
* * *
雨井はギターを鳴らす。少年は呆気にとられながらその様子を見ていた。パン屋も雨井を見つめていた。
雨井は歌い始めた。
『素敵な嘘も嘘は嘘
僕は真実が知りたいだけ
そして
僕は真実を知っている
少年にはパンを盗む理由があった
それは病気の弟を救うため』
少年はドキッとした。雨井がパンを盗んだ理由を知っていたからだ。雨井とは今ここで会ったばかりだ。少年は雨井の雰囲気に呑まれ、ついパンを雨井に与えようとしてしまったが、これは本来弟の為のパンだった。
雨井は歌い続ける。
『でもね
アメイジング真実はこれだけじゃない
パン屋さん
君も真実隠してる
こっちの方がアメイジング』
今度はパン屋が驚いた。しかしパン屋は更にこの後驚くこととなる。
『パン屋さん、あれは10年前のこと
僕とパン屋は夢を追いかけていた
音楽で世界を変えるという大きな夢』
パン屋は思い出した。
雨井は、パン屋のかつての親友だったのだ。
* * *
「マコト……なのか?」
パン屋は信じられないといった表情で雨井を見つめる。雨井はなおも歌い続ける。
『しかし僕らは嘘に出会った
僕らを折るには十分な嘘
君は言った
本当のことなんてないんだよ
すべて僕らの妄想だったよ
君は音楽を見限って
僕は音楽にすがったんだ
君が作った一斤のパン
そこに君の真実はあるかい?
それともやっぱり嘘だったのかい?』
突然、雨井が歌うのをやめた。しかし彼の手はやわらかなコードを奏で続けている。それはまるで――
「おじさん、一緒に歌おう」
少年が涙で顔がぐしゃぐしゃになったパン屋の手をとる。パン屋は少しはにかみ、嗚咽混じりに歌い出した。
『あの日、俺は一度死んだ
嘘に飲まれて、真実は死んだ
俺は無力だ
俺は馬鹿だ
音楽を捨て、嘘に生きた
こんな俺でも、生まれ変われるか?』
パン屋の絞り出した歌、それは歌というより叫びだ。雨井は満足げに笑っている。
少年が歌い出した。
* * *
その声は少年とは思えないほど力強いかった。
『茫漠とした世界に一人の男。吹きすさぶ砂嵐は視界を覆い隠し、入り込む砂粒が肌を痛めつける。
しかし彼は止まらない。この一歩が未来へ続くと信じていた。
ある日、彼は街を見つけた。そこには荒んだ人々。ただ峻厳なる現実に抗うだけで彼らの未来に希望はなかった。
男は彼らに伝える。あまりにも厳しい現実という真実に押しつぶされず、希望を見ること、夢見ることを。
人々は輝く未来を夢見始め街は活気をもち始めた。街は大きくなった、豊かになった。
人々はもう現実を見ないで生きていける。夢と希望だけ見て生きていける。
そして、真実は虐げられた。今ある現実は夢と希望に満ち溢れてると、みなが信じている。自分の心を押し殺して。
虚飾に塗り固められた世界。そこにあるのか希望の未来。世界は待っている、目覚める者たちを。
お前は世界に認められた。』
そのとき少年が輝き始めた。
* * *
少年が放つ眩い光に雨井とパン屋は思わず目を瞑る。そして再び目を開いた時、そこには一羽の鳳凰が羽ばたいていた。
「我は真実を識る者、この世の人を見定める者。礼を言おう、目覚めし者ども。お前の真の供物、そしてお前の真の信仰により、我は本来の姿を取り戻したのだ」
二人が鳳凰を前に平伏する。
「人は希望を追い、真実を捨てた。されど、真実なき世に先はなく、目覚める者――覚醒者が現れねばならない。我の使命は覚醒者を見届けること、それまでにこの地で人として生きること。今、使命は果たされた」
鳳凰が一段と強く羽ばたいた。
「目覚めし者よ、前を見据えよ。我に代わり、人々に真実を伝えよ。この世の行く末は開かれていることを識れ」
今にも飛び立ちそうな鳳凰に、パン屋が叫ぶ。
「あなたの名は……」
「なに、お前らが名付けたばかりではないか。我の名は」
――アメイジング真実である。
鳳凰は天高く飛び立った。
(完)
感想
おわりに
前作『天から零れ落ちたスイカ』に引き続き、神話になりました。兄が鳳凰になってしまった病気の弟の将来が気になります。
他の作品はこのマガジンから読むことができます。
ありがとうございました。