「手前味噌」とは? 自作味噌で納得した…
「手前味噌」は、自分で自分のことをほめることを指します。
味噌作りは一時期キッドになって流行っていました。しかし、家族が少なくなると樽いっぱいの味噌も必要なくなりますが、それでも味噌・梅干しは年中行事。
農家は農閑期のこの時期、乾かした大豆を殻から出し選別をする。古米と呼ばれる米で麹を作り、味噌を作る。
一連の作業を通して農家の生業が理解できます。
何年か続けると味噌作りは麹菌の醗酵温度管理が冬より春先が容易い。
味噌は梅雨時期を避けるといつでも可能…などがわかって家族に合わせた量に落ち着き無理のないスケジュールになりました。
夏の暑さの中で醗酵し、秋には少々カビが発生する事はありますが焦らずチャッチャッと取り除いて知らんぷりしていると冬の寒さで柔らかい味噌ができます。
今回は麦麹を使用した麦味噌です。大豆・麹・塩だけで家庭により味は変わっても失敗無く味噌ができる。
この意味が「手前味噌」と言う訳か〜とうなづけます。
そこで、試しに冷蔵庫の中の野菜を集めて手前味噌仕立ての豚汁を作ることにしました。
この汁物にも一家言。
"家族は共有の時間を過ごすべし"家人の転地に合わせてやむなく転地をした"甲斐"あり…それぞれの土地の食を楽しむ事が出来るようなりました。
お菓子と同じく、漬け物にも文化があると感じています。
私の汁物論:
博多の筑前煮が寒い地方では豚汁になったのか〜といきなり寒い新潟に転地して、豚汁好きの県民性を思った。小学生のスキー汁や鍋遠足などなど…日本列島「の」の字に回って気付くことは多い。
みんなの大好きなすき焼きは山形では芋煮に相当する…と思った。土地の方の肉へのこだわり…
実は里芋でお腹いっぱいになります。
新潟の「のっぺ汁」は土地の知人に教わると、乾燥貝柱でお出汁を取り芋も八頭、イクラを美しく散らしていたのが印象的でした。
スーパーで配布している薄い冊子を貰った。
服部一景氏が『伝えたい、残したいふるさとのおかず』神奈川県のおかずと称して「古都けんちん汁」
レシピの後に「けんちん汁」の添え書きに水上勉氏が挙げられていた。
料理を担当する僧は「典座」(てんぞ)。
道元の典座教訓には食事の調(ととの)え方や作法が説かれています。
「たかが台所料理というふうに料理を見ず、いかに食事をつくり、いかに心をつかうか、工夫するか、の行為は人間のもっと尊い仕事」
流石に、映画「土を喰らう十二月」の水上勉氏。
手前味噌と豪語しては、恥ずかしくなりました。いつまでも修行は続く…
干し柿を利用して作る得意技。
ただいまけんちん汁県でけんちん汁修行中。
「けんちん汁」はもともと発祥とされる神奈川県をはじめ、岩手県、大分県、茨城県などいくつかの県で郷土料理として食されているが、具材はそれぞれ異なる。
岩手県では肉は入れず、豆腐を油でよく炒めてそぼろ状にするのが特徴。 そのため、「けんちん汁」に入れる豆腐は、硬めの手作り豆腐を使う家庭が多かった。
豆腐…料理研究家桧山タミ先生(福岡)にわずかの間ですがお世話になりました。彼女は豆腐は手でちぎっていた。尋ねると…「美味しいでしょ」
教わるとは口ではなく目で観るものだと教えてもらった。
「典座(てんぞ)」とは、禅寺において「食」を司る重責を担う役職名です。その典座の行うべき職責を、非常に細かく丁寧にお説き下さった書物が『典座教訓』です。
今から750年以上も前に、一宗の祖がこれほど親切に、また細やかに「食」について説き示されたことに驚きと感動を覚えます。
食乱れる現代にこそ、あらためてこの名著を広く世に薦めたいと願っています。(典座ネット)
二月、如月(きさらぎ)気持ち新たにやや上向きに、立春(2/4)前