「自分を愛する」ということ
40年生きていると、自分なりの「幸せ論」が固まってくるものだ。
幸福論の類いの哲学を勉強した訳でもないが、“こうしたら私は幸福度が高まる”ということが人生を生きる中で段々と分かってきた。
私は幸せでなかった時に、どうしたら幸せになれるのかを自分を使って実験研究してきた。
その結果、私は「自分の心と身体を大切にしている、又は自分の心と行動が伴った時」、幸福を感じていることが分かった。
それは「自分を出す」ということでもある。
自分の思ったことを伝え、表現したいことを表現する、それは自分への愛で「自分を愛する」ということなのではないかと思う。
そして反対に、孤独感や絶望を感じる時には、決まって自分を大切に出来ていないことに気付かされる。
自分を大切にし、自分の心に伴った行動をする為には、“自分が何を思い、何を感じて、どう表現したいのか?”という継続した自分との繊細な対話が必要で、それは即ち自分を分かろうとする自分への愛の表現だと、私は思うのだ。
そして私は長年その訓練をしてきたことで、「幸せを感じる力」も確実に育まれているのを感じている。
今は日常でめいっぱい感じられる愛や感謝や豊かさという目の前の幸せが、自分の心を無いものにしていた頃には全く感じられなかった。
これは自分を分かろうとする愛を自分へ送り続けたことによって、閉ざされていた心が再び溶けて溢れ出した、というようなことが自分の中で起こっているのではないかと感覚的に推測しているが、心を取り戻せたことで、私の人生に色が甦っていった。
どんなに外側に“幸せと言われる事象”が起こったとしても、この「幸せを感じる心」を無くしていたらどうだろう?
そんな体験から、私は「自分を愛する」ということが出来れば、人はほぼ幸せになれるのではないかと思うに至った。
自分を愛せていないと思う時、苦しさを感じる時には、自分の心と身体に寄り添ってみてあげよう。
私もなかなか誰か凄い人と自分を比べて落ち込む癖が抜けないが、そんな外側を向く暇もないくらい自分のいのちを活かすことだけ考えて生きようと思う。
自分を大切にすることを覚えたら、それは自然に誰かを大切にすることへも繋がる。
大切な人の心にも寄り添ってあげられる。
大切な人を尊重してあげられる。
パートナーシップのベースもまた、自分を大切にすることからなのだ。
最後に最も伝えたいことをもうひとつ。
今自分を愛せてなかろうが不幸のどん底だろうが、いのちの価値はいつだって等しく素晴らしいということは、忘れないで欲しい。
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