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貢献から調和へ 〜トップダウンからボトムアップへ〜
本コラムでは、私が長年大切にしてきた「貢献」というキーワードに対して抱き始めた違和感を出発点に、いかにして「調和(Harmony)」という新しい視点へと移行したのかを紹介しています。
やりがい搾取や上下関係の押し付けといった問題が「貢献」という言葉の陰に潜む一方で、全員が主体的に動き、互いを尊重し合う「Teaming Voyage」を実現するには、トップダウンではなくボトムアップのチームづくりが鍵となる。
LEGO® SERIOUS PLAY®で目の当たりにした「100−100」の議論、さらに「誰か一人に依存せず、全員がリーダーシップを発揮する」ための具体的ヒントについてお話ししています。今まさに組織やチームの在り方を見直したいと感じている方に、少しでも新しい視座をお届けできれば幸いです。
はじめに:なぜ「貢献」から「調和」へ?
かつて私は、「貢献」という言葉が大好きだった。
「独立して何をしたいの?」と問われれば、迷わず「貢献です」と答えるほど、周囲や社会のために自分を役立てるという在り方に強い魅力を感じていたのだ。しかし、独立に向けた準備を重ねる中で、ある違和感が頭をもたげてきた。
ふと浮かんだのは、「貢献=やりがい搾取」という図式である。
一つの例として、ワークショップのファシリテーションやトレーニングなど、身近な事例を想像して欲しい。熟練者が初心者に実践の場を提供する事はよくあることだ。
初心者は、その場に交通費や宿泊費や食費もすべて自己負担で参加するというケースは少なくない。熟練者はそれを「彼らに経験を積ませてあげる貢献」と疑わず、初心者も「将来、自分が貢献するためには仕方がない」と受け入れる。私は、こうした構造の中に、熟練者には初心者に対する信頼や尊敬がないように感じ、また初心者には熟練者への迎合、忖度や盲従を感じた。
やりがい搾取の例:http://chrd.php.co.jp/hr-strategy/hrm/post-1317.php
もちろん、「貢献」という言葉が持つ肯定的な意味自体を否定したいわけではない。ただ、その言葉が“場”の中でどのように使われているかによっては、やりがい搾取や上下関係の押し付けにつながってしまうリスクもある。私が「創り出したい場」を考えたとき、それがどうも健全な相互作用とは思えない事例にいくつも出会ったのだ。
私が創り出したい場はどんな場なのだろう?
その場に対して私は、具体的に何をしているのだろう?
こうした問いを自分に投げかけるうちに、徐々に意識は「貢献」から「調和」へとシフトしていった。いまや「調和(Harmony)」こそが、私が目指す新しいチームや組織づくりのキーワードであると確信している。
トップダウンは一つの手法ーしかし、いま必要なのはボトムアップ
リーダーシップには、強力なカリスマリーダーが周囲を引っ張るトップダウン型以外にもさまざまな形がある。トップダウン型そのものを否定するわけではない。明快な指示系統や迅速な決断が求められる場面では、大きな目標を短期間で達成する力にもなり得るからだ。ただし、現代の組織が抱える複雑性や急激な変化の中では、指示待ちに終始してしまうとイノベーションは生まれにくい。多様な知恵と主体性が同時に求められるいま、トップダウンだけでないアプローチが一段と重要になってきている。
今や知らない人はいない「心理的安全性(Psychological Safety)」や「Teaming」の概念は、まさに全員が意見を出し合い、リーダーシップを分かち合うことで革新的な成果を生む可能性を示唆している。私自身、LEGO® SERIOUS PLAY®(LSP)のトレーニングを通じ、「100−100(参加者の100%が、100%参加している)」の議論が交わされている場面に何度も遭遇してきた。そして、その場には一人ひとりが100%の力で自分の視点やアイデアを表現し、他の参加者も100%の意識で受け止めるという、新たな100-100も生み出されていた。全員が自分の思いをしっかり表現し、全員がそれを同じだけ真剣に受け止めるからこそ、相互理解と創造性が飛躍的に高まるのだ。
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この「100−100」の議論こそ、私が理想とする“場”の状態だと強く感じている。全員がその場にコミットし、互いに尊重し合うことで、一人ひとりの強みや個性が余すことなく生かされる。結果として「誰か一人がリーダーで、他はフォロワー」という構図ではなく、全員が“リーダーシップ”を発揮しながら、自然とチーム全体としての調和が生まれるのだ。こうした状況こそが、私が目指す「Teaming Voyage」の姿に他ならない。
「貢献」から「調和」へ移行する理由
先ほど述べたように、私は当初「貢献」という言葉を深く愛していた。その尊い響きに疑問を挟むことは、何か悪いことのようにも感じられた。
だが、社会で「貢献」という言葉が使われている場を観察するうちに、そこに一方向的な“押し付け”や自己犠牲の正当化が混ざり込んでしまうケースが少なくないと気づいた。
もし「貢献」と称して他者を従わせたり、自分の都合を一方的に押し付けたりするのであれば、それは貢献ではなくやりがい搾取に近い。逆に、周囲がその“貢献”を黙って受容しなければならない空気が醸成されると、今度は迎合や盲従が生まれ、健全な相互関係は遠のいてしまう。
いま必要なのは、複数の個性や強みが互いを補完し合う形で目的を果たしていく仕組みだ。つまり、一人ひとりが主体的に動きながらも、全体としてはハーモニーを奏でることを大切にする。そこには「誰かが誰かのために貢献する」という一方向的な構造ではなく、「みんながお互いにとってプラスになる関係性」がある。
調和のリーダーシップと「Teaming Voyage」
私が提唱している「Teaming Voyage」という考え方は、まさに調和を軸にした新しいチームづくりを象徴するものだ。
船旅をイメージしてみてほしい。
船長がすべてを決めて命令するだけの航海では、乗組員は指示待ちになりがちだ。
しかし、海図を共有し、嵐にどう備えるかを“場づくり”を通じてみんなで考える船旅ならば、自然と「あの部分は私がやるよ」「これなら得意だ」と各自がリーダーシップを発揮できる。
結果的に、誰か一人に責任が集中しない上、変化への対応力も高まるのだ。
ここで重要なのは、乗組員が単に自分の持ち場だけを守ればいいわけではないという点である。船の最終目的地を明確に理解し、仲間の役割やスキルを知り、不測の事態が起こればチーム全員で補い合う。これが調和がとれたチームの姿であり、チームワークの本質であり、Teamingのあるべき姿だと私は考えている。
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こうした航海こそが私の言う“Teaming Voyage”であり、トップダウンからボトムアップへとシフトするチームの象徴的なストーリーでもある。一人のリーダーのカリスマに依存するのではなく、全員がリーダーシップを発揮することが前提として組み込まれているからこそ、変化の激しい時代にこそ必要な協働や柔軟性が自然に生まれてくるのだ。
次回予告:調和の実現のカギ「自然発生的リーダーシップ」
しかし、実際にこのような調和型チームを作るには、何が決定的なカギになるのか。そこに登場するのが、野田智義氏が提唱する「自然発生的リーダーシップ」という概念だ。チーム全員が状況に応じてリーダーシップを発揮するためには、まず「Lead the self」すなわち自分をリードするステップが必要になる。次のコラムでは、この自然発生的リーダーシップの仕組みや、調和を生み出すための具体的ステップを紐解いていきたい。
編集後記
「貢献」そのものを否定するつもりはない。むしろ、人や社会のために力を尽くす行為は、今も私が大切に思う価値の一つだ。ただし、「貢献」という言葉が使われる“場”によっては、やりがい搾取や上下関係の押し付けに結びついてしまう危険もある。大切なのは、お互いの価値や尊厳を認め合いながら、強みを活かし合って目的を共有することだと思う。
だからこそ私は、調和(Harmony)というキーワードを掲げ、全員が自分の意志で動き、結果としてチーム全体がハーモニーを奏でるような未来を描きたい。次回はいよいよ、その調和をどうやって実現していくのかを掘り下げる。どうぞお楽しみに。