「羊と鋼の森」;出来るだけあなたに伝わるように書く感想文<58>
「羊と鋼の森」(小説/2015)
宮下奈都さんが2013年から連載されていた作品の単行本版。2016年の本屋大賞受賞作品。2018年には山崎賢人さん主演で映画化もされている。
北海道の田舎の山で育った外村は、高校時代2年生の秋、ひょんなことをきっかけに、体育館のピアノを調律する様子を見ることとなる。そこで外村は森をピアノの中に見つける。調律前は入るのがためらわれるような森だったピアノは、調律師の板鳥が作業を進めるにつれ、秋の、夜の森になっていく。やさしい音なのかどうか、彼には分らなかったが、彼には確かに見知った森の風景を映し出したように感じた。
彼はこれをきっかけに調律に魅せられ、なんとなく居心地の悪かった実家を出て、本州の専門学校へ行く。そして2年の訓練ののち北海道に戻り、板鳥が務める楽器屋で見習いを始める。
柳という先輩調律師に連れられ、彼は双子の姉妹の家に行く。連弾をした彼女たちは姉と妹で違う音を奏で、柳は生き生きと演奏した妹のピアノを褒めるが、外村は姉のピアノを普通ではないと感じたのだった。
非常に綺麗でぜひとも読んでほしい。
シームレスという表現が僕の中では非常にしっくりくる。登場人物の感情や、出てくる風景が精緻に表現され、ありありと情景が浮かんでくる。場面場面で自分自身の経験と重ね合わせる場面も多く、一人暮らしをするあなた、何かに夢中になれていない貴方、何かに心を奪われた経験のある貴女は一読の価値があると思う。
映画を見ていないので何とも言えないが、これは文字、ひいては日本語でしか表現できない作品であるとも感じているためぜひとも手に取って欲しい。
このモノに対する整備・保全といったことへの熱量に僕は自信がある。
小学校の頃はZ世代の癖に小刀で鉛筆を削っていたし、部活動のラケットは誰よりも丁寧に土を落としグリップを巻いていたと思う。今だって、もう4年目になった、毎日乗り倒している自転車の整備も定期的に行っている。
MOTTAINAI宜しく、貧乏性が出ていると言われればそれまでだが、道具は命に係わるものも含め、心を込めて点検をしているつもりだ。
「道具に喜んでもらいたい」の意識は根底にある。丁寧に扱うことの見返りに、道具がハイパフォーマンスを発揮してくれることを期待しているわけではない。この意識が自己満だということも自覚している。しかし、汚れを拭い、油を差し、磨き上げた後のモノはどこか気恥ずかしそうに着飾った子どもに思えてくる。アニミズム的な考え方を持つ典型的な日本人なのだろう。
外村のピアノに対する向き合い方もそうなのだろう。演奏する人のために何が最も良いのかということを模索し、それを言語・非言語のアプローチで提供する。正解を求めようとするも、コツコツと積み上げていくことしか方法はない。
ピアノにこれを求める。
僕は外村に大いなる憧れと、小さな嫉妬心を読後に抱えた。