○練習後の日課 ~ 補欠の役割 ~
野球部の練習は大変だ。毎日日が暮れるまではグラウンドを走り回り、日が暮れてからはウエイトトレーニングを行う。
練習後、みんなは汗だくになったアンダーシャツから制服に着替え、帰り支度をする。苦しい練習後のほっと一息つける時間だ。みんなは…
僕は練習後にもう一つやらなければならないことがある。練習以上に気を使い、疲れ果てる仕事が。
僕は女子マネージャーの部室をノックした。
「失礼します。入ってもよろしいでしょうか?」
「遅せぇ〜な~!早く入って!」
この入室のタイミングもなかなか難しい。早くノックしてしまうとまだ着替えの途中だよと言われることもあり、完璧なタイミングで入室できることなど滅多にない。
「申し訳ございません。お待たせいたしました」
そこには先輩後輩含め、計4名の女性マネージャーが座っている。
「今日は遅れたね。は~い、床に仰向けになって」
後輩に命令され、彼女が座っている椅子の脚に自分の足を潜り込ませる形で仰向けになった。彼女が視線を下げると真正面で目線が合う体勢だ。
「じゃあ早速きれいにしてもらおっかな」
そう言うと彼女は左足でドスっと胸のあたりを踏みつけ、右足を優雅に組み、僕のことを見下ろした。
僕が練習後にやらなければならないことは砂埃で汚れた女性マネージャーの靴を磨き上げることだ。
「よろしく」
ユニフォームのポケットから毎日洗濯しているきれいなハンカチを取り出し、胸を踏みつけられている左足のローファーから磨き始める。
右足から磨いた方がやりやすいのかもしれないが、視線が上を向いてしまうので、目線が合ってしまいそうで怖い。また、スカートの中を覗くような角度になってしまうので、それをネタにさらにいじめられるのが嫌だから、苦しい体勢でも左足から磨くのだ。
「胸を踏みつけながら必死になって磨いてますよ笑い。せんぱ~い、早くきれいにしてくださいね~」
お菓子を食べながら僕のことを見下し、4人で楽しんでいる。マネージャーはバッティングマシンにボールを入れたり、グラウンドの草を取ったり、お茶の準備をしたりと、練習中は忙しく動き回って大変な仕事だ。
その疲れとストレスを僕で解消ができれば、チーム全体としてはいいのだろう。実際、練習試合にも出たことのない実力しかないから、こんなことでも自分の役割があるだけましだ。と自分に言い聞かせる。
「きれいになった?」
必死にローファーを磨いていると上からバカにしたような声が落ちてきた。
「はい。きれいになりました」
「あっそっ」
彼女はあしらうように言うと、今度は右足を胸ではなく顔の上に置く形で足を組み替えた。
「うっっ…」
「うっ、じゃねぇよ。こっちの方が磨きやすいでしょ?」
女性マネージャーの右足は私の顔の上に置かれた。これまで体を踏まれることはあっても、顔を踏まれることはなかった。
「いつも苦しく覗きこむように胸のあたりを見てるからね。目の前にあった方がいいでしょ?」
「はい…ありがとうございます」
確かに磨きやすいのかもしれない。しかし、屈辱的であることには間違いなかった。後輩の女性マネージャーに顔を踏みつけられるなんてことはこの部室でしか行われていないだろう。
「ありがとうございます。だって笑。みんなこれから顔踏みスタイルで磨かせよう」
「ははは。それいいじゃん。ナイス!」
顔をグリグリとされながら、ひどい辱めにあっている気分になった。こんな僕にもプライドがある。高校生になって希望を持って野球部に入った。いくら初心者といえども、一生懸命練習を頑張ってきた。女性のおもちゃにされるために野球部にいるわけではない。
しかし、今となっては彼女らに何も言い返すことができない。このような情けない関係性になったのはいつだろうと思い出す。
「なんか涙ぐんできたよ笑」
「ほんとだ!あんた後輩に踏みつけられながら靴磨きして情けないね~」
むなしい自分自身のこと考えていいたら、自然と涙が出てきてしまったらしい。そんなことはお構いなしに彼女らの口撃は続く。踏みつけられている顔はだんだんと熱を持ってきた。きっと赤く腫れてきたのだろう。
「ねぇ、ちょっと飛ばしすぎ笑。使い物にならなくなるでしょう。私も今日は靴汚れてるんだから」
「あ、そうだね。ちょっと楽しくなって」
彼女たちの会話を聞いて、やって一人目が終わるのかと安堵した。
「せんぱ~い。きれいになりましたか~?」
「あれぇ~全然きれいになってないんじゃないですか?」
「申し訳ございません。いつもどおりきれいに磨いているのですが…」
「まあ今日は許してあげるわ。今度適当にやったら許さないから」
僕の顔を蹴り飛ばすようにして椅子から立ち上がった。そして私をじっと見つめて
「なんか言いたそうな目をしてるんだけど」
「生意気ね」
今度は先輩の女性マネージャーがやってきて、私の顔に向かって、ペッっと唾を吐いた。そのままローファーで僕の顔を踏みつけ、グリグリと唾を顔に塗り伸ばしていく。
「何やってるの?早く磨いてよ」
今日は何か気に入らないことがあったのだろうか?彼女たちの攻撃がいつになく酷く僕に襲い掛かる。
野球では何の役にも立たない僕でも、彼女らの役に立つなら。そう言い聞かせていてもどうしても堪えられないことだってある。そんな気持ちを叫びたくなるが、今はローファーで口を塞がれていて、みっともない声にしかならず、結局バカにされて終わるだろう。
このように練習後の日課が部室で行われている。僕が卒業するまで続くであろうこの日課は僕のことを救うことがあるのだろうか?
そんなことを考えながら、今日も彼女らの足元でローファーを磨き続ける。