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完璧主義


 さっき記事を執筆して、投稿してみてこう思った。『完璧主義というのは不完全で非合理的な考え方』だと。
 ぶっちゃけさっきのは、かなり書きたいことを端折った。

 ・なぜ発展途上国の人間とニートを比較する事はフェアじゃないのか。(勿論比較すれば恵まれているが)
 ・なぜニートと常人との間になぜ差が出るのか。
 ・俺がタイムスリップして縄文時代に行った場合は“神”になる、という例え。
 ・フリードリヒ二世やルーマニアの例を挙げたが、イチローやアガシの例を挙げて正の方の親の影響の指摘もした方が良かった。

 上記全部を盛り込むつもりだったが書いてるうちに死ぬほどめんどくさくなった。
 だから先ほど、俺には“二つの選択肢”があった。

 (1)『全部盛り込んだ構想で頑張って書く』
 (2)『端折って短く書く』

 ――という二つの選択肢が。
 普段の俺なら、まず(1)を選んでいた。
 何故かと言えば“完璧主義”だからだ。(ニートなのに?)
 他にも『他人に批判されることを死ぬほど恐れる』ので、反論の余地を消しておきたい。というのもあるだろう。まぁ、脳みそが小さい人間の考え方なんてこんなもんだ。
 しかし、(1)を選んでいたら間違いなく途中でやる気を失い、『まぁ明日完成させればいいか・・・・・・』となり、100%メモ帳の肥やしになっていたと断言できる。
 つーかそういう風に50パーセントくらいの完成度で死蔵されている文章が俺のパソコンのHDDの中には腐るほど存在している。
 マジで馬鹿だろこいつ・・・・・・

 だが今日はなぜか(2)を選んだ。だから投稿することが出来た。非常にすがすがしい気分である。(いや、もちろん書いた文章は淀み切った負のエネルギーに満ちているのだが・・・・・・)

 う~ん、やっぱもっと雑にならないと駄目なんだろうな。

 なのでこれからは完成度70%くらいで投稿していくことを義務付けたい。

 しかし、なぜ俺は完璧主義なのか?
 これは答えるのが非常に難しい。つーかわからない。

 遺伝子の問題か?
 親の影響か?
 はたまた『魂』の問題か?

 どれもありそうだが、やはりここは『親』の影響に1000円ほど賭けたい。

 俺は子供の頃に些細な事を忘れて、母親にローキックで蹴られたことがある。(ひどいと思わない?)
 まぁ、確かに忘れる俺も悪いとは思うのよ。
 いや、他の子どもと自分の物忘れの程度を比較したことなんて無いから分からないが、普通子供ってのは物忘れをするものじゃないのだろうか?
 まぁ、こういう親の元に生まれ育ったから、潜在意識内に『外界や内界の事を常に点検しなくちゃ!』という強い内的な思考――というより“主義”が生じたのだと思う。(ローキック由来とまでは言うつもりは無いが)

 完璧主義というのは、いうまでもなく完璧であることを望むことである。
 しかし人間と言うのは完璧にはなれない。
 むしろ失敗を大いにした人間の方が成功者たりえるし、失敗を恐れる人間はそもそも成功できない。
 あらゆる行動には失敗する可能性が内包されているからだ。

 自分自身に(本当はだが、自戒の意味も込めて直さずこのままにしておく)があることを許容できなければ、行動しないという選択肢しかない。
 そして行動しなければ『ニートになる』という、人生における最大の失敗をすることになる。
 ・・・・・・まぁ、そういうことである。

 だが、そのことに今更気づいてもあまりにも遅すぎる。
 子供と言うのは失敗しても良い期間であり、大人と言うのは失敗しては駄目な期間だ。
 だから『失敗してもいいからやって行こう!』と楽天的行動をとったとしても、失敗した時に周囲の人間にボロクソに批判されるのである。
 しかも自分自身が『しっぱいこあい(´;ω;`)』という人間なもんだから、もとより楽天的な人間の10倍は精神的ダメージを受ける。
 失敗してもいいんだ!そんな風に自己啓発書が言っているのを目にして自分で座右の銘にしてとしても徒労に終わりがちだ。結局のところ一番自分が失敗を許せないのである。

 生まれた子供を優れた人間にするには、如何に親が『失敗を許容するか?』という事が大事なのだと俺は思う。
 まぁ、こんなこと言ってるけど遺伝子の問題である可能性は否定しないがな。特に日本人は恐怖に対する感度が他の人種よりも飛びぬけてるらしいし。

 正直もっと書きたかったのだが、完璧主義な俺を窘めるためにこの辺で筆をおくことにする。
 本来なら解決策も書いておくべきだが、死ぬほど面倒くさくなったので止めておく。強いて言えば“これ”である。


 あ~あ、『過剰労働』という言葉の意味について説明したかったなぁ・・・・・・


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