6.2 フルティガー —華麗なるデビュー作—
Adrian Frutiger
書体にまつわる人物にフォーカスする企画の第1回、アドリアン・フルティガー。前回はその生い立ち、書体デザイナーとしてのデビュー作を紹介した。
何号にわたるか、制作陣も皆目見当つかない本企画、リモートワークのお供にいかがだろう。
伊藤「フルティガーはジェンソンの活字に影響を受けていたようですが、紙面の白と黒のバランスが最も重要なファクターとして焦点が当てられているわけですよね。ほかに特筆すべき点にはどんなものがあるんでしょうか」
山田「それはね、ラテンアルファベットの小文字問題かな」
伊藤「小文字のどこが問題なんです?」
渡邊「直線を主体とする大文字は、それぞれのバランスも比較的とりやすいのですが、小文字にかんしては曲線が主体になるので難しいんです」
山田「単に曲線だからというだけではなくて、成立過程を理解していないと『なぜ』というところがよくわからないんだよね。ちょっと、これを見てほしい」
(アドリアン・フルティガー『図説 サインとシンボル』(研究社)を参考に描き下ろし)
伊藤「ふむふむ! なんだか『漢字→ひらがな』のようですね!」
渡邊「まさしく、そんなところです。『図説 サインとシンボル』によると、大文字→小文字の変化は、書き手の筆記速度が上がるにつれて曲線が主となっていくというものだったようです」
伊藤「ひらがなの成立過程と同じなんですね! でも、大文字から小文字ができることが書体のバランスの話とどう結び付くのかいまいちわからないのですが……」
山田「うん、そうだよね。ここから少し難しいけど、ついてきてね。ラテン語は、ローマ帝国の公用語として使用されていた言語なんだけど、多くのヨーロッパ言語の前身ともいうべき重要な言語なんだ」
伊藤「あ、それは聞いたことがあります! ヨーロッパ諸国の言語に共通点をたやすく見出せるのはそのためですよね」
山田「うん。……で、英語の文字(アルファベット)もつまりはラテン語のものを移植して使っているんだけど、もともと存在していたのはA/a〜U/uまで(うち、J/j、K/kは後期に追加)なんだ」
伊藤「え! 最初から26文字あったわけではないんですか!」
渡邊「そうなんです。V/v〜Z/zは、他言語を翻訳するためにギリシャ語のアルファベットから借用され、そのまま定着したものとされています」
山田「ここで、後期に追加されたJとK、借用されたV〜Zの小文字の形を思い浮かべてみて。どうかな」
伊藤「j、k、v、w、x、y、z。なるほど……小文字の形が大文字と大差ないですね!」
山田「そう。結局小文字って、人々が大文字を書くのをスピードアップして定着してしまったものに過ぎなくて、その変化・定着の過程には膨大な時間がかかっていたりする。そんななかで、『あ、この国の言葉を訳すにはいまある文字では足りない、どうしよう』とかっていう感じで移植して、言語として整っていくわけだよね。後発の言語である英語やドイツ語では、すでに26文字揃った段階からスタートしてるから、JとK、V〜Zは、小文字化の正当な進化過程を踏んでいないんだ。だから、ざっくり言ってただ小さくしただけ」
伊藤「わかったぞ! 要するに、固定電話からポケベルを経て携帯電話につながる僕たちの世代と、生まれながらにしてスマホがある現代の子どもたちの間に深いジェネレーションギャップがある、みたいなことでしょうか」
渡邊「バランスとるの、難しいでしょう?(笑)」
伊藤「確かに……。それが、小文字問題かあ」
山田「そう。だから新しく書体を設計するときは、古い小文字と新しい小文字のバランスを考えなくちゃいけないんだ。フルティガーは、上下のセリフにまとまりのある構成を加えて、起筆から終筆の統一を試みる。そして、古い小文字と新しい小文字の溝を埋めることに成功したんだ。これは、いろんなラテンアルファベットに応用できるんだよね」
伊藤「すごい!」
渡邊「フルティガーは、ジェンソンの活字をたくさん研究して、そこに自分の解釈を加えて書体を新次元に導いたんです。活字書体につきまとう堅苦しさや退屈さを超えて、いかに読者の眼を自然な読書に誘うか、『読者ファースト』の書体がMERIDIENだったんです」
伊藤「MERIDIENは『子午線』という意味なんですね。うーん、なんか感動するなあ。北極と南極を結び、赤道と垂直に交わる線。パイオニアであるジェンソンと、亡きあとでも師匠と尊敬する遠い後世の自分(フルティガー)を結ぶ線。生み出された書体は、真っ正面から読者の眼をとらえる……。ロマンがありますねえ」
渡邊「伊藤さんって、ロマンティストなんですか?」
伊藤「……」
山田「絶対にそうだよ。さて、次はまたしても有名な書体、『UNIVERS』の話をしよう」
伊藤「子午線から宇宙……! 山田さんもロマンティストですねえ」
参考文献
『普及版 欧文書体百花事典』(組版工学研究会)
アドリアン・フルティガー『図説 サインとシンボル』(研究社)
附録
5月のピークス謹製カレンダーです。
その1
その2
1830年代に、サンセリフ体を「グロテスク」と名付けたウィリアム・ソローグッドの鋳造所が発表したSEVEN LINES GROTESQUEの復刻書体から。
アブストラクトなものがお好みの方は、[Oblique Line]のほうをどうぞ! 斜体になっている日付が日曜・祝日です。
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