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8.1 TIMES NEW ROMAN —モリスンと自動活字鋳植機—


どんな業界でもそうかもしれないが、年度末は師走よりも忙しない。
毎年ヘトヘトになりながら「もうこんな忙しさは嫌だ」と思うのだが、喉元を過ぎると熱さを忘れ、次の年度末も同じように過ごしてしまう。(人間とは忘れるために生きているのかと思いたくなる。)
さて、そんな繁忙期を乗り越えた4人。少しスッキリとした面持ちで座談会に臨んだ。


渡邊「ようやく少し落ち着きましたね……!」

大野「毎日何かしら校了しているような状況でしたからねえ」

山田「みんな、お疲れ様でした。ひと息つきがてら座談会を催してみたのだけど、今回のテーマはどうしようか?」

伊藤「テーマを決めずにまず集まるのが面白いですよね(笑)」

渡邊「ほんとに(笑)」

大野「全く関係はないんですが、伊藤さんが運営しているnoteの別チャンネル『校閲ダヨリ』でこの前新聞教育について書かれた記事を目にして、とても興味深かったです」

渡邊「え! 新聞教育?」

伊藤「ありがとうございます。新聞をさまざまな研究活動のベースとして活用することを提案するような内容の記事だったんですが、もし気になればこちらからどうぞ(笑)」


山田「『新聞』といえば、書体も大きく関わってくるプロダクトだね」

渡邊「もう皆さんの頭の中にはひとつの書体名が浮かんでいるんじゃないでしょうか」

山田・大野・伊藤「TIMES NEW ROMAN

渡邊「ですよね」

山田「じゃあ、ちょうどよいので今回のテーマはこれにしよう!

タイプフェイス一覧10

渡邊「TIMES NEW ROMANは、『TIMES』という新聞のために開発された書体なんですよね?」

山田「うん」

伊藤「……。って、お話が終わっちゃいました?」

山田「そんなバカな! 伊藤くん、もっと何かないのか!

伊藤「まず、『TIMES』について少し話したほうが良さそうですね。TIMESは、1785年に創刊されたイギリス高級日刊紙です。『ガーディアン』『デーリー・テレグラフ』とともに三大紙の一角を担っているとされます。論調は若干保守系のようですが、大体において正確・中立な立場のようですね」

渡邊「歴史のある新聞なんですね! 『世界最古の日刊紙』という情報もあるようです」

伊藤「おそらくそれはウィキペディアじゃない? 百科事典を調べると、最初の日刊紙は『デーリー・クーラント』(1702年創刊)であるとわかるよ」

大野「鵜呑みは危険ですね……」

伊藤「ちゃんと調べることは大切ですよね。渡邊さんはあとでこれを読んでみて!」

渡邊「ありがとうございます!!」

大野「1785年に創刊されたTIMESが TIMES NEW ROMAN を開発したのはいつ頃なんでしょう?」

山田「ローマン体の歴史は書体の中で一番長いんだけど(Fontpost 4.1参照)、TIMES NEW ROMAN が登場するのは1932年かなり新しい書体であることがわかるね」

渡邊「新聞用の書体ですが、現在私たちも日常的に使っていますよね」

大野「一般の印刷用書体として市販もされたためですね。独占しなかったのはまさに神対応ですよね」

山田「このおかげで、書体としての評価も突き抜けて高まった。多くの国で使われる国際的な書体の仲間入りをし、『20世紀を代表する欧文活字書体』とまでいわれるようになるんだ」

伊藤「へえ! 設計したのは誰なんです?」

山田「イギリスのタイポグラファ、スタンリー・モリスン(1889−1967)だね」

渡邊「でた、有名人」

伊藤「そうなの?」

渡邊「そうです! 現代ではタイポグラフィは当たり前のようにいち学問分野として認識されていますが、その礎を築いた人物なんですよ」

山田「そうだね。タイポグラファとしての顔が有名な彼だけど、実はグラフィックデザイナーの一面もあるんだ。1913年から1917年には、『The Imprint』という媒体で本や宣伝資料のデザインをしたらしいよ」

大野「『The Imprint』は、印刷組版に関する内容の雑誌だったようですね」

山田「うん。創刊目的が『印刷の水準を上げること』だったようだしね」

伊藤「そんなところで働けば、当然知識も身につきますね」

山田「そうだね。運命を感じるなあ。その後は、1923年モノタイプ社の活版印刷アドバイザーに就任。ここでも大きな功績を残すよ」

渡邊「過去書体の復刻ですよね」

山田「うん。1900年代は、すでに多くのものごとが機械化されている時代。良い書体でも、『機械に適合していないから』という理由で使えないものがたくさんあった。モリスンは、そんな歴史的に重要な書体を復刻させることに尽力している」

大野「どんな書体を復刻させたんですか?」

山田「ガラモンバスカヴィルフールニエといったところかな」

大野「有名な書体ばかり!」

伊藤「機械に適合←とはどういう意味ですか?」

渡邊「あ、ではそれは私から! 伊藤さんが想像する『活版印刷の組版』とはどういうものですか?」

伊藤「うーん、職人が手で一文字ずつ植字するって感じかな……?」

渡邊「基本はそうですよね。でも、日刊新聞でそれをやるとするとどうでしょう?」

伊藤「死ぬほどつらいだろうね(笑)

渡邊「そうなんです。いくらプロとはいえそれはあまりにキツすぎるし、効率、生産性も良くない

伊藤「なるほど。時はすでに20世紀。何かもっと良い手段があるはずだね」

渡邊「そうなんです! そこで登場するのが『自動活字鋳植機』。このマシンは、活字の鋳造と植字を同時に行える、いわば画期的な発明だったんです」

伊藤「新聞なんて、同じアルファベット活字が何百本あっても足らないだろうしね……。活字を作りながら同時に組むこともできてしまうのなら、これほど素晴らしいものは他になかっただろうね」

山田「モリスンが働いていた『モノタイプ社』は、この自動活字鋳植機の大手メーカーね。他には『ライノタイプ社』がこの分野で有名で、それぞれのマシンが独自の方式を採用していたよ。モノタイプは『1文字(モノ)ずつ鋳造』ライノタイプは『1行ずつ鋳造』といった違いがあったんだ」


モノタイプの仕組み


ライノタイプの仕組み


渡邊「ご質問の『機械に適合』ですが、このような自動活字鋳植機において鋳造が容易になったとしても『これと同じ活字を作る』というベースの活字が必要なんですね。元がなくちゃ作れないから」

伊藤「なるほど。それがもしかして『母型』ってやつ?」

渡邊「さすが、察しが良い(笑)。そうなんです。母型活字がそもそもモノタイプやライノタイプに適合していなければ、その先の工程も存在しないわけです」

伊藤「わかりやすい! つまり、CDプレイヤーで昔の名盤レコードが聴けないのと同じ感じだね。CDで復刻しなければ、いくら素晴らしいレコードであってもプレイヤーが非対応である限り手が出せない」

大野「たしかにそうですね」

山田「そういえば、うちにもレコードたくさんあるなあ……」



テキスト係・伊藤はこの一瞬「壁にレコードのジャケット飾るやつ、やってみたすぎる」と思いながら、これ以上沼を増やすわけにはいかない(金銭的に)一心で「でも俺は実用性最重視だからSpotifyだぜ」と言い聞かせていたのであった。



参考
『普及版 欧文書体百花事典』(組版工学研究会)
『岩波 世界人名大辞典』(岩波書店)
ブリタニカ』 



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