6.4 フルティガー —UNIVERSとHelvetica—
フルティガーの代表作といっても過言ではないUNIVERS。優れたサンセリフ体が数多く生み出された同時代における、UNIVERSの立ち位置とは。
渡邊「UNIVERSが生まれたのは1957年ですが、1950年代って、どういう時代だったんでしょうね」
伊藤「第二次世界大戦が終結して、日本は高度経済成長期に入っているよね」
山田「うん。印刷の世界では、石版印刷の原理を生かしたオフセット印刷が普及する。これは、文字組版と写真などの画像を同一紙面に高速で印刷することを可能にしたんだ。印刷技術がスピードアップした、ということは、組版にもスピードアップが求められるという流れになるんだけど……」
伊藤「なんか、常に急かされる時代の始まりって感じですね(笑)」
山田「そうだね(笑)、今まで急かされ続けて発展してきた業界なのかもしれない。スピードを要求されるようになった組版の世界は、だんだんと写真植字(写植)に舵を切り出すんだ」
渡邊「山田さんは、写植の時代を経験されているんですよね?」
山田「最初の数年ね。その後だんだんMacに移行した感じかな」
渡邊「実際、どんな感じだったんですか?」
山田「話せることは色々あるけど、テーマからそれちゃうからまたいつかね! と言いつつ……写植で文字の指定をするときがこれまた煩雑でなあ。UNIVERSの55ミディアムを使いたいときは写研の見本帳で『E102-24』という番号を印刷所に伝えないといけなかったりしたんだ」
渡邊「まさかそれ、フォントごとに番号が……。触れるとひんやりしそうなテーマではありますが、いつか聞かせてくださいね! ……話を元に戻すと、1950年代は、写植がスタートするにあたり、金属活字から写植活字へと移行していく期間ということになりますか」
山田「そういうことだ」
伊藤「当たり前ですけど、金属活字は写植活字としては使えませんよね。金属活字による組版に対するメリットとしては、歯数や字間調節の自由度が上がったということがありますから、フルティガーが本領を発揮できそうな舞台が整ったとも言えるのではないでしょうか」
山田「レタースペースの研究をしてきたフルティガーにとっては、大チャンスの時代だよね。彼が勤めていたパリのドベルニ・アンド・ペイニョ活字鋳造所でも、系列会社のルミタイプ社の要請を受けて写植活字の制作に取りかかる。これが1954年のことなんだけど、フルティガーは入社4年目にして素晴らしい機会に恵まれたことになるね」
渡邊「いいなあ。私にもいつか……! ところで、その時何かオーダーみたいなものは出されたんですか? 『こんなふうにしてくれ』っていうのはこの業界ではあるあるじゃないですか」
山田「まさしく(笑)。フルティガーは社長から『Futuraみたいな書体を頼む』と言われたそうだよ。面白い話だよね」
伊藤「Futuraは1923年に発表された大御所書体ですね。当時から人気があったのか……」
渡邊「使いやすいですからねえ」
山田「Futuraの好き嫌いは別として、フルティガーはそこからしっかりFuturaを研究するんだよね。でも、『あまりに幾何学的で魅力に乏しい』という最終判断を下す(笑)。バウハウスデザインが大きな力を持っていた時代だったし、Futuraの無機質さがウケたことは、それはそうかもと思うけど、フルティガー的にはローマン体がもつ生命力や自然な手の動きが見えてこないとダメだったみたいね」
渡邊「さすが、職人ですね。自分の美しいと思ったものを、最後まで信じてやり抜いた彼を尊敬します!」
伊藤「頑固なことも、大事なんだね。僕は超←がつくほど頑固なんだけど(笑)」
山田「伊藤くん、見るからに頑固そうだもんなあ。ところでさ、UNIVERSが発表された1957年は、もうひとつ、みんなが知ってる超有名な書体が発表された年でもあるんだけど、何だかわかる?」
渡邊「なんだろう……。超有名……。Helveticaですか? 超有名ですよね」
山田「正解」
伊藤「わお。UNIVERSもHelveticaも、現在たくさん使われている超有名書体じゃないですか」
山田「だから、超有名って言ってるだろ! なんだか、不思議な縁を感じるよなあ」
渡邊「私個人的には、UNIVERSはタイトルや大きめのロゴなど、ニュアンスを出したいときに使って、Helveticaは悪目立ちさせたくないノンブルなど、主張しないでほしいときに使うことが多いんですよね」
伊藤「僕、このフォントポストに参加してからだんだんと書体の違いがわかるようになってきて、今はUNIVERSとHelveticaもなんとなく雰囲気というか、まとっている空気が違うなっていうところまではわかるようになったんですね。でも、それこそちょっと前は両者おんなじに見えました」
山田「渡邊さんの言ってることも当然わかるし、伊藤くんの『似ている』という意見もわかる。ぱっと見は確かに似ているけど、UNIVERSとHelveticaは、なんというのかな、『スタート地点』が完全に異なっているんだ」
渡邊「……スタート地点?」
山田「UNIVERSは、無機的だったサンセリフ体を有機的に生命感をもたせようとして制作がスタートしたわけだけど、Helveticaは『できるだけ手書きの痕跡を除いて』没個性的な書風を狙って制作がスタートしたという違いがある。個性のない書体って、面白いかどうかは別として、要するに『どんな場面にも使える』という強みがあるんだよね。だからHelveticaは『フェイスレス・タイプフェイス(無表情な活字書体)』として広く使われているんだ」
伊藤「面白いかどうかは別とするというところに、山田さんのこだわりが見えました」
渡邊「(笑)。まあ、適材適所ですよね! さて、では伊藤さん向けにフルティガーが他にどんな仕事をしたか少し紹介しましょうか?」
伊藤「おう、素晴らしい。なにぶんUNIVERSくらいしか知らなかったもので……。よろしくお願いします」
渡邊「本当に、幅広く仕事をしているフルティガーなんですが、SHISEIDOのロゴはフルティガーの手によるものだってご存知でしたか?」
伊藤「!!! まさか、そうだったのか……。そう聞くと、いきなり尊いものに感じられてきますね。資生堂パーラーに行きたいです」
渡邊「甘いもの食べたくなったんですね。あとは、シャルル・ドゴール空港のサインシステムなんかも手がけているようですよ」
山田「主任建築家のポール・アンドルーが、空港に適した制定書体の設計と、サイン・システムの全体計画とをフルティガーに依頼したんだ」
渡邊「フルティガーは、その書体やロゴが、どういった場面で用いられるのかを丁寧に分析して、その場その場にしっくりくるものを作っています。空港の場合は、『飾り気のない、空港独自のサンセリフ体』が必要だと思ったようです」
山田「この書体は、文字のイメージが認識しやすいようにアセンダー・ディセンダーラインがかなり強調されているよね。大文字と数字が小さめだったり、曲線が印象的だったり、縦と横の太さがあまり目立たないのが見て取れる。空港の景色を想像しながら眺めると『しっくりくるなあ』という感じがするよ」
渡邊「サイン用書体って、地下鉄のものとか実は色々あるんですよね。面白い世界だと思います」
山田「僕、メトロ書体とか好きだから今度企画を立てようかな」
渡邊「人物企画の後ですかね……(いつになることやら)。ちなみにこのシャルル・ドゴール空港の制定書体は『フルティガー』と名付けられて一般にも販売されているようですね! UNIVERSで確立したファミリーの概念を応用して、こちらの書体も12のファミリーで構成されているようです」
山田「なんと! うちのPCに入っていたっけな……? ちょっと調べてくる!」
全4回にわたったフルティガー連載、いかがでしたでしょうか。資料制作、事実関係の確認など、各メンバーの仕事の合間を縫って進めておりますゆえ、更新頻度が上がらず、読者の皆様をやきもきさせてはいないだろうかと、一同腐心しております。
そして、書体談義とはまたひと味違った書籍紹介企画がスタートしました。こちらは更新頻度高めでまいりたいと思っておりますので、どうか引き続き変わらずお付き合いいただけますよう、何卒宜しくお願い申し上げます……。
参考文献
『普及版 欧文書体百花事典』(組版工学研究会)
『写真植字 No.46』(写研)
『ADRIAN FRUTIGER - TYPEFACES. THE COMPLETE WORKS』(Birkhauser Architecture )
#フォントポスト #fontpost #フォント #タイプフェイス #書体 #ロゴ #logo #デザイン #design #雑誌 #magazine #本 #book #出版 #publishing #広告 #advertising #アート #art