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【書いてみた】コモンビート短編|COMMUOVERE(コンムオーベレ)

『んふっふふ、リエージュワッフルおいっし!さっすが本場はいいでふよね~』
私は四大大陸のうちのひとつ、緑大陸にある最近流行りのおやつを頬張りながら、これも小さな記事にしようかと考えていた。

『はぁ⋯お行儀の悪い⋯』
先輩は同じ店でテイクアウトしたコーヒーに付いているリフトアップリッドの口を上げて、明らかに冷めた目で私を見ている。

聞き捨てならない私は先輩に反撃する。
『おほほはへふは、ふぇんはい⋯もぐ⋯』
だが、頬張ったおやつの旨みはまだ口の中に残り、離してくれなかった。

先輩は『飲み込んでから話しなさい。』とぴしゃりと言った。
ごもっともである。

おやつの余韻に泣く泣く別れを告げ、最後の一口を飲み込んだ。

同じタイミングでリッドの口からコーヒーを一口流し込んだ先輩は
『ここに来た理由は?遊びに来たんじゃないでしょう?』
と、私に反撃させる隙もなく、今日本来の目的を確認した。

『はい!もちろんです!
今話題の!四大大陸で同時上演されてるミュージカルを徹底比較!最も優れたキャストを集めてドリームチームが結成される噂も!?
⋯っ!!くぁぁ~っ!ワクワクしますね!
あっ、今のコレで!もう見出しは決まった様なもんじゃないですか!?
そんな記事のリリースのために!観劇にいっきまーす!』
私は右手を上に大きく挙げて、今日本来の目的を堂々と伝えた。
早速、今まで食べていたおやつが私の血肉になり、活力になり、お腹から声も出ている。

『はっ⋯あ、で、でも!その前に1件!別の取材に行きます!』
先輩から放たれる無言の圧力が、ミュージカル観劇で頭がいっぱいになっていた私をギリギリの所で現実に引き戻した。

私はふざけている訳では決してない。
元気とタフが取り柄な私は、クールな先輩にとって疲れやすいらしい。

『⋯よろしい。
でも⋯よく見つけ出したよね?
貴族の血筋だなんて⋯』
『私のアシと情報収集力を甘く見ないで下さいっ!』
私はふんと自慢げに胸を張ったが、先輩は呆れた顔をして私を見た。
『⋯鏡を見て顔を整えなさい。そんなだらしない姿じゃあ、情報に辿り着いても取材出来ないでしょ。
元も子もない。』

先輩から鏡を渡され自分をうつしてみると、さっき私の血肉になり、活力になってくれたはずの名残がまだ口元にいた。

私はいわゆる“新人種”というやつ。
小さい頃は、たまに私みたいな人種をミックス(混血)と呼んで忌み嫌う人もいたけど⋯
今はじわじわと時代が変わり、そんな事を言う人は滅多にいなくなった。

昔の世界は赤大陸、緑大陸、黄大陸、青大陸の、四大陸しかなかった。
お互いの存在を知らず、知る術もなく、各大陸の文化や伝統、価値観を当たり前のものとして過ごしてきたらしい。
それが、誰かが自分と違う大陸を見つけ出したのが引き金となって⋯
戦争が起こった。

そんな時代を生き抜いた人の話が聞けるかも知れないのだ。

『どんな話が聞き出せるか⋯
もしかしたら戦争の話が聞けるかも知れないんですよね⋯うーん⋯』
『分かってるとは思うけど、この前みたいな事はしないで。』

そう。
私は先月、確かにやらかしてしまった。
寸前の所で、事なきを得たけど⋯

歴史を動かす、大きな記事になると思ってた。
正直私は内心、納得は出来なかった。

『でも先輩、あれは』

そこまで言いかけた途端、先輩は足をぴたりと止めて回れ右をした。
『⋯先月、編集長の特大カミナリが落ちたの、忘れたの!?
結っ局!私にまでカミナリ落ちそうになってあらぬ疑いをかけられた上に!
あの記事ボツになったんだからね!?』

『⋯すみません。』
私は素直に謝ったが、先輩は再び回れ右をしてスタスタと歩き始めた。

気まずい空気がしばらく私と先輩を包む。

『ねぇ⋯もしかして、ここ?』
気まずい空気を打ち消したのは先輩だった。
先輩が一呼吸先に足を止めたそこ。
そこが今日の取材先だった。

元貴族と聞いていたから、豪邸に住んでいると思っていた。
でも何だか様子が違う。

少し大きいけど、普通の家。

『えっ!?でも確かにこの住所で』
合ってます!と言い終わらない内の事だった。

「どなたかな?この家に何か?」
いきなり声をかけられ、驚きながら振り向いた。

そこには杖をついた男性が立っていた。

『あっ⋯あの、私達、今日お約束した』
私はそう言いながら、あらかじめジャケットの内ポケットに忍ばせておいた名刺入れを取り出そうとした。

「“今の”身の丈に合った家だと思うよ。
僕にとっては立派な城だ。」
男性はそう言って私たちに微笑む。
貴族だからもっと豪邸に住んでるんだろうという偏見や思い込みを見抜かれたと気づいたが、もう言い訳をする時間もない。

『⋯じゃあ、以前はもっと大きな家に?』
「一応、前は貴族だったからね⋯
さぁ、どうぞ入って下さい。立ち話もなんですから。」

これが緑大陸の象徴“気品”と言うものか。
男性の所作を見て私は強くそう感じた。

戦争を経験していると聞いているから、ぼんやりと思っていた年齢の割には若く、整った顔立ち。
足がすらっと長く、服の方がこの人を選んでいるんじゃないかと思わせる。

スマートに玄関の扉を開けて私たちを招き入れる所も
段差があるから気をつけてと、指先が長くまるで女性の様にキレイな手を差し出してエスコートしてくれた所も
何もかもが気品に溢れていた。

⋯きっと私たちくらいの年齢だった時には、さぞやチヤホヤされていたんだろう。
女性にも、あるいは男性にも言い寄られていたかも知れない。
あまり知られていない貴族の世界。
カネや権力が渦巻く醜い争い。
社交界という華々しい世界での恋物語⋯
戦争体験はもとより、そんな話も聞けるんじゃないかという浅はかな期待が取材意欲を掻き立てていた。

客室に通され、可愛いメイドさんが用意してくれた紅茶を置いて退室した時だった。

「さて、本題だ。
戦争の話を聞きたいと言っていたね?」
先手を打たれた。
男性は私たちに向かって聞いてきた。

『はい!あっ、でもでも!戦争以外の話でもいいんです!』
初めて触れる“気品”や、これから聞けるであろう華やかなウラの世界の話を想像してすっかり舞い上がってしまった私は、前日にまとめてきた質問を書き出してある手帳を取り出す事も忘れて矢継ぎ早に聞いていた。

先輩が私を止めようとしている事にも
男性が目を丸くしている事にも気づかずに。

『社交界の話とか、恋の話とか!
あっ、権力争いとかあったんですか?』

『ねぇ!ちょっと!やめ』

「ふっ⋯くくっ⋯ははは⋯ふふっ⋯」
男性は、何故か少し嬉しそうに笑っていた。

「⋯あぁ⋯失礼。
こんなに好奇心が強い人に会ったのは⋯久しぶりで。」

『すみません⋯っ!』
先輩が深々と頭を下げたのを見て、ようやく私は“やっちまった⋯”と気づいた。

呆然とし始めた私の頭を先輩は
『ほらアンタも謝って!』と下に押し下げた。

終わった⋯私のジャーナリスト人生⋯

「顔を上げて。僕は怒ってませんから。」

穏やかな声に誘われておそるおそる顔を上げてみた。
その先には、怒っていないという言葉通り柔らかな微笑みを称えた男性がいた。

「⋯でも残念だが、僕はあまり戦争の事を覚えている訳ではなくてね⋯」

『へ?』

「⋯確かに戦争は経験した。
でもその事を思い出そうとすると、体調を崩してしまう様になってしまってね。」

『あ、あっあの!ホントにどんなお話でもいいんです!
確かに今は、動画や本で昔の事を学ぶ事が出来ます!
でも!それはほんの一部だけで、えと、私は⋯歴史の、本や動画じゃ分からない、その先を知りたいんです⋯』
こんな時、上手く自分の気持ちを言い表せない自分がじれったい。

「さて⋯どこから話しましょうか⋯」

その一言を皮切りに
私たちは束の間の時間旅行に旅立った。

音楽一家な貴族の元に生まれた事。
貴族の華やかな世界。
華やかな世界の裏にあった陰謀。
時の権力者に認められていた事。
貴族のくせに、下町の飲み屋に行ったりお気に入りの仕立て屋があったり、友達を作ってたりしてた事。
叶う事のない、身分違いな恋物語。
⋯戦争でバイオリニスト生命を絶たれた事。
戦争後、生き延びたけど貴族の身分を剥奪されて財産はほぼ没収された事。
絶望していた時期に、不思議な出会いがあった事。
そしてその出会いが⋯再び音楽と向き合う力になった事。

『⋯あ、あの、今その』
「おや⋯すっかり日が暮れる時間になってしまった⋯こんな時間までお引き留めして、すまなかったね。」
『いえ!私たちこそこんな時間まで長居してしまって⋯』
先輩がそう言った所で“もっと聞きたいのに⋯”というもどかしい気持ちはあったが
今行かないと今日のメインであるミュージカルのソワレに間に合わなくなるという物理的な問題が私を更にしょんぼりとした気持ちにさせた。
予定の詰め込みは厳禁である。

「⋯本当に最寄りの駅まで、送らなくて大丈夫ですか?
バトラーに送らせますが⋯」
門前で、男性は私たちに最後まで気遣いを見せる。
『大丈夫です。まだ陽は沈みかけだし街も賑やかで明るいし⋯お気遣いありがとうございます。』
「⋯お気をつけて。
こんな私の話を、聞いてくれてありがとう。
お嬢さん。いい記事は書けそうですか?」
『はい!必ず!絶っ対いい記事にします!』
その一言は、まるで自分にも言い聞かせている様に。
時間旅行に連れ出してくれた、男性との約束の様に。
私の血肉になり、活力になり、いい記事に昇華して一歩取り返すと誓う様に、力強く答えた。

『⋯最後まで気品溢れてたって感じね。』
一緒に劇場に向かう先輩が珍しく満足そうに、ほうっと深くため息をついた。
あのクールなオンナで有名な先輩が⋯

意外な一面を見てしまいゾッとしたが、すぐにそんな気持ちはからかいの気持ちにすり変わった。
『⋯先輩、もしかして⋯あんな人がタイプで』
『次は私が、特大カミナリ落とした方がいいかしら?』
『なっんでもありません⋯はひ⋯』
先輩には、まだ敵いそうにない⋯

『すーごく内容濃かったですよねぇ!
あの人ほんとに素敵な人でしたよね⋯
ほんとに⋯何かまるで⋯
歳を重ねてない様な⋯』

そこまで言って私はある疑問を頭に浮かべた。
あの男性、確かに若々しい男性だった。
でも⋯
戦争が起こったのは、まだ数十年前と数えられる時代しか時間が経ってないとは言え
あんなにしっかり歩けたり、話せたりする⋯?
それに、あの顔⋯私たちよりも、他の先輩よりも、編集長よりも⋯年齢を感じなかった。
戦争を経験してるからという情報が⋯戦争前の歴史が⋯勝手に私の中でこのくらいの年代だろうって思い込んでたけど⋯
本当の年齢を、はっきり聞いた訳じゃない。
下手すると⋯私よりも少しお兄さんで、編集長よりも年下の様な⋯

『はっ、まさかね。』
『何か言った?』
『えっ?べつに⋯あっ先輩早く劇場行きましょ!今回緑大陸の劇場でマチネの主役つとめてる役者さんかっこいいんですからぁ!』


変な想像を考えても許される事も
感動して涙を流し、胸を打つ瞬間がある一瞬も
落ち込んで涙を流し、悔しい気持ちを素直に出せる日も

全ては私が知らない、名もなき祖先達のおかげなんだ。

全てに今、感謝して。
これからも、自分の信じたものを書いて行きたい。

⋯明日からね。

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