【書いてみた】或る世界|Voorpret(フォアプレット)
“今年も開催決定!ダンスアンドミュージックフェス!!
今年のテーマは“平和を受け継ぐ歌と踊り”!
世界のダンスや音楽、歌が集結します!
ラインナップは以下の通り!
タップダンス!
サルサダンス!
アイリッシュダンス!
ポリネシアンダンス!
ガンブーツダンス!
ブルース!
ブラックゴスペルミュージック!⋯”
⋯この後言うであろう当日のラインナップを口ずさみながら、チャンネルを変えるためにチューニングを合わせる。
続けて流れるCMに紛れて、キュルキュルというチューニング音と、ザーというノイズ音が響いた。
「⋯うん?ん?⋯っかしいなぁ⋯」
いつもはすぐチューニングが合うのに、電波を拾わない。
今の時間帯なら、だいたいどこでも電波は合うんじゃ⋯
その時。
ノイズがクリアに、いきなりテンポのよい音楽が大音量で流れ出した。
「うわっ!」と驚いたと同時に、チューニングしながら音を大きくしていた事を思い出し、あわててボリュームを下げる。
『⋯ぃ~チャンネルぅ~!はっじまっるぞぉ~!
今週も激アツ!胸アツ!アツアツ炸裂!
この番組は、アフリカの血筋とアメリカの血筋を受け継ぐ“ぬし”が、リスナーの皆さんからのお悩みを聴いて答える番組です!
進行役をつとめますアシスタントはいつものワタクシぃ⋯』
はっきりクリアに聴こえる状態になってから改めて音量を調節した私は
ラジオをそのままにして、この後の準備を始めた。
『まずはフツオタのコーナー!今週もお便り頂きましたありがとう!えーと最初は⋯』
久しぶりに聴くラジオはテンポよく、アシスタントが盛り上がっている。
対して番組のぬし、と呼ばれているであろうパーソナリティは静かに、だが熱く、気持ちを言葉と電波に乗せて発信している。
『さて続きましては次のコーナ』
とアシスタントが言った次の瞬間。
『ちょっと、ええか?』
急にパーソナリティの声がアシスタントを遮った。
パーソナリティの声のトーンが少し変わった様に聞こえた。
『ええぇ!何ですか何ですか?重大発表ぶっこむ!?』
『ハッハッハ⋯ちゃうちゃう。今日はちょっと、みんなに聞いて欲しい事があるんや。
実はな⋯俺のご先祖さまが書き残した手紙が出てきたんよ。
多分⋯戦争直前に書いた手紙やと思うん。
今からちょっとこれ読むで、みんなそのまま聞いて欲しい。』
カサカサと紙の音が聞こえた後、ふう、と一呼吸置いた息遣いが伝わった。
私は視線を鞄からラジオに変えた。
『みんなへ。
まだ子どもと呼ぶ年齢ほどのみんなを戦争に行かせてしまう事、本当にすまない。
俺は今、昨日まで立っていた教卓で、背中に銃を背負いながらこの手紙を書いている。
背負っている銃は、十字架の様にも思える。
争いを止められなかった俺の、俺たち大人の責任で、罪だ。
でも、許されるなら、俺はこの争いが終わったら、みんなとまた授業がしたい。
多分、学校という入れ物は壊れたりするだろう。
だったら、学校という箱を抜けて、平和になった青空の下で授業がしたい。
朝焼けの赤、俺たちを包む空の青、陽射しを和らげる自然の緑、月の黄色⋯
みんなもその目で見たはずだ。
様々な人種、価値観、そしてその人達を育んできた自然を。
そして同じ様に、俺たちも大陸そのものに育んでもらった。
たくさんの命のもとで生きてる実感を、戦争を通してではなく、改めてみんなにも見てもらいたい、そしてそれを忘れないで欲しい。
もし⋯いや。必ず、俺は生きて帰る。
そう願い、信じ、生き抜いてみんなのもとへ帰る。
だから、みんなも生きてくれ。
どんなことがあっても、何が起きたとしても。
俺は、みんなを愛してる。』
ふう、と一呼吸置いた息遣いの後に、カサカサと紙が畳まれたであろう音が聞こえた。
再び、パーソナリティが話し始める。
『これ、今聞いてどう思った?
多分、学校の先生してたんやと思う。
自分の生徒にあてたんか、それとも他の誰にあてた手紙なんか、渡せるアテはあったんか、誰が受け取る前提で書いたんか⋯
この書き方やと、分かれへん。
でも俺は思う。
こうやって命懸けで⋯』
「⋯流行りが巡るのと同じ様に、争いの歴史も繰り返すってか⋯」
決して外では言えない不謹慎な発言を、ラジオの音声に紛れさせる様に小さな声で呟いた。
ラジオの隣に置き飾っている写真を手に取る。
そこに写るのは、右手側に私を肩に抱き、左肩に銃をかけている父。
私は少し硬い笑顔で敬礼のポーズをしている。
世界には伝わらない争いや戦いは、この現代にも続いている。
戦争は過去の話ではない、今もこうして続けている場所もある。
その証拠に⋯
今も私の父は、軍隊に所属する者として、戦争の前線で戦っている。
小さな内戦だから
そのうち収まるだろうから
人に伝えるほどの事ではないと言う声もある。
だけど⋯
人は大きな過ちを犯し失って後悔してなおもまた、同じ事を繰り返すのは何故なんだろう⋯
あのラジオの手紙と同じ内容を、もしかしたら今の時代にも書いている人がいるのかも知れない。
「⋯パパ⋯うっ⋯ぐすっ⋯」
左目から涙が頬をつたい、すぐに大粒の涙がとめどなく流れ、メイクを少しずつ崩していく。
「いづ⋯がえって⋯ぐるん、だよぉ⋯」
父の安否が分からない。
本当に帰って来れる保証もない。
なのに私は何も出来ない。
悔しくて不安で、腹の底から泣き叫びたかった。
でも⋯
“私は本当に、何も出来ないのか?”
⋯泣き叫びたい衝動を抑える様に、胸を詰まらせ、歯を食いしばる。
ラジオ番組やCMの音に紛れ、時間をかけて小さく泣き続けた。
『⋯次回もお会いしましょう!またこの時間に~!』
“今年も開催決定!ダンスアンドミュージックフェス!今年のテーマは平和を受け⋯”
そこまでラジオが言ったところで電源ボタンを落とした。
私はペチン!と両手で頬を叩き、深呼吸をして目をゆっくり開いた。
「⋯しっかりしなきゃ。」
もう一度深呼吸をして、メイク用の三面鏡で顔を映す。
コスメショップでウォータープルーフを謳っていたアイラインを引いたつもりだったが⋯
涙の流れた跡を黒く滲ませていた。
ほんのりじんじんする頬にベースメイクを、流れてしまった目尻のアイメイクを手早く直しながら、あの時の気持ち忘れてはいけないと気合いを入れ直す。
⋯倍率が高いダンスオーディションを受けて合格通知をもらった時、これは運命で使命だと直感した。
大々的に宣伝している舞台で踊れば、戦争という歴史を知ってもらうきっかけになれるかも知れない。
今回のダンスや音楽は元々、言葉や身体の自由が奪われた時代に、自分達を守るために出来た文化や伝統。
私が踊るダンスだけじゃない。
フェスで踊られるダンスや奏でられる音楽は、全て同じ様な悲しい歴史を持つ。
“戦争で祖国の言葉が奪われた⋯”
“捕虜や奴隷で囚われ、身体の自由が奪われた⋯”
“でも⋯心の自由は!誰にも奪われはしない!”
学校の授業や歴史で、そんな時代があったと学んだ悲しい歴史。
悲しいのに⋯悲しいはずなのに⋯
人は希望を持つと、何故強くなるんだろう。
私だったら⋯
悲しみを乗り越え⋯ううん、乗り越える事が出来ないかも知れない⋯
⋯乗り越えられないのであれば。
乗り越えるのではなく⋯悲しみや不安な気持ちの隣で寄り添い、共に歩もう。
それも強さだ。
そして学んだ歴史と共に、この伝統を美しく力強く受け継ぎ昇華させる凛々しさも共に。
踊ろう、きちんと顔を上げて。
メイクがさっきよりも良く仕上がり、忘れ物がないか再確認し終わったタイミングでスマートフォンが着信を知らせる。
私は緑色の通話ボタンをスライドして、耳に電話をあてた。
「はい⋯ありがと、今降りるね。あ、ねえ!アイラインの⋯」
左手にスマートフォンを持ち替え、用意していた本番で使うアイリッシュダンスの衣装やシューズが入ったかばんと他の荷物を持って、最後の練習へ向かう。
ラジオの隣に飾っている、あの時の少し硬い笑顔よりかは
今日これからの最後の練習や本番では、もっと柔らかい表情で踊れる気がした。
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