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【書いてみた】コモンビート短編|鏡花水月

“この世は、鏡花水月(きょうかすいげつ)
儚くも残酷で美しい、泡沫(うたかた)の様なもの。”

遠い昔、でもまだ両手で数えられる程の昔。
ノンナの膝の上で、ノンノが呟いた独り言を聞いた気がする。
意味もまだ分からない、でも自国と同じ様に触れ始めた他国の言葉だった。

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「“人って、こんなあっけなくいなくなるもんなのか。”」

真っ白な黄大陸の正装服を着て、剣士の証を手に持って横たわるノンノ(じいちゃん)と
同じく真っ白な黄大陸の正装服を着てノンノの頬を優しく撫でるノンナ(ばぁちゃん)を見て
最初に思った感想がそれ。

二人と同じ様に黄大陸の正装服を着たマードレ(お母さん)
国籍は緑大陸だが、黄大陸に合わせて葬儀用の白いスーツを着たパードレ(お父さん)

俺のジェニトリ(両親)も、ノンノのそばで静かに泣いていた。

突然の知らせで、何の準備も覚悟もしてない。

最後にノンノと会ったのは半年前。
あの時は元気そうだったのに。

本当は、どこか悪かったの?隠してたの?

ノンノは普段、口数は少なかった。
でも黄大陸の色んな事を教えてくれた。

魚釣りやハシの使い方、美しい言葉がある事を教えてくれたり
マツリの時、ノンナお手製のユカタをお揃いで着せてくれたり
肩車して、背の高いノンノよりも更に高い景色を見せてくれたりした。

ノンノは一度も緑大陸に来た事なかったから、緑大陸を見て欲しかった。
もう少し大人になったら、俺が緑大陸に招待して、色んな景色や食べ物を紹介するって決めてたのに。

それなのに、何で?

かなしい、という気持ちはある。
でも今は、何故か涙が出てこない。

俺、冷たいのかな⋯
この罪悪感みたいな気持ち、何だろう⋯

そんな気持ちをぼんやりと考えながら
あっという間にノンノの葬式は滞りなく進められていく。

やがてノンノは“人間”という入れ物を全て燃やし、小さくなってノン二(じいちゃんとばぁちゃん)の部屋に帰ってきた。
今は“骨壷”という、人間よりも更に小さな入れ物に入っている。

葬儀が終わった数日後、俺だけ先に緑大陸に戻る事になった。

帰り支度を済ませた俺はふと、ノン二の部屋に入った。

相変わらず小さくなったノンノが骨壷として、そこにいる。

「⋯」

骨だけとはいえ、目の前にいるのはノンノなのに。
今、返事はないけど2人きりのチャンスなのに。
何を話していいか、分からなかった。

何で急にいなくなるの、とか
今度、緑大陸に来てよ、とか
想いはあふれてるのに、口をついて言葉に言い出せない。

“バサッ、ドサッ”

何かが落ちるような音が聞こえて振りかえると
本棚から、一冊の本が床に落ちていた。

ノンノはとても真面目な人間だ。
自分の家も本棚も、きっちりとしてある。
なのになぜ、この一冊だけ落ちてきた?

落ちている本を手に取って、パラパラとページをめくってみた。
よく見ると結構ボロボロで、そんなに厚みのない本。
文字も途切れ途切れになっている。

もう一度最初のページに戻る。

「⋯日記?」
改めて本を見てみると
日付けや天気が書いてあるのは何となく分かるが、黄大陸の言葉で色々と書いてあって少し分かりづらい。

キャリーバッグの中から学校で借りているタブレットを取り出し、翻訳モードで緑大陸の言語に直す。

試しに最初のページを写してみた。

・本日より元号改められ、新しい皇帝が即位される。

⋯これ、もしかして⋯

「⋯昔の権力者の記録?」

そう直感した俺は試しに他のページをめくり、タブレットで翻訳した。

最初の数ページは、本当に何気ない事(公務をこなしたとか健康だったとか)しか書いていない。

「⋯観察日記かよ。」
と、はじめは思った。
だけど、ページを一気にめくり飛ばして最後のページを翻訳した時。

・ついに戦が始まる。帝はよく判断された。この大陸を守るとお考え下さった。この記録は

文字はそこで終わっていた。

「⋯え?終わり??」

その先は何だ?何を書こうとしてた?

この記録の前には何があった?

ひとつページを戻り、翻訳する。

・投獄されていた影が帝の命によって再び御前に出される。
影は御前に膝まつき、自分を帝から解放する様に直談判をする。
帝、逆上し玉座を降り、剣を抜き影の胸ぐら掴む。全員、部屋から出る様に言われる。
しばらく後、肩で息を切らした帝のみが出てこられ、今すぐ戦の準備をせよと勅令を出される。
影の姿は見えず。

・戦と兵の準備が整う。影は他大陸人と通じていた事実を認めたため帝御自ら手を下され、骸は護衛もつけずおひとりで始末したと話される。

・戦の気配が濃くなる。以前より帝の顔つきが険しくなられていく⋯

パラパラとページを戻す。
学校の授業で習った歴史と、タブレットが翻訳した文字の背景をすり合わせていく。

・他大陸人が宮殿に姿を表す。伝統や礼儀を知らずこの宮殿に姿を表すなんて無礼な。

・影が姿を消す。一部の兵に内密で影の捜索勅令が下る。

・影が宮殿に戻る。他大陸人に心が奪われている様子。影に投獄の命が下る。

「⋯」

タブレットを本の横に置く。
イスに座り、本を見つめて、さっきまで触れていた歴史を思い返す。

『アルベロ、いるの?帰る前に』
声のした方向を見ると、部屋の入口に立つノンナと目が合う。
ノンナの手には、ノンナお手製のオニギリとタマゴヤキ、ミソシル、それからガラスのキウスとコップ。

「⋯ノンナ。」
『⋯それ、貴方に読めたの?』
テーブルの本に目を向けながら静かに聞いてきた。

「⋯あ、学校で使うタブレットで翻訳したんだ。」
『そう⋯便利な時代になったわね。』
ノンナはテーブルに食事を置いて俺と向かい合わせに座る。

「あ、もしかして、勝手に見ちゃいけなかった⋯やつ?」
『いいえ、そんな事ないわ。』
そう言いながら赤大陸から取り寄せているルイボスティーをキリコガラスのコップに注ぐ。

「ねぇ、これって⋯権力者の記録、だよ、ね?」
『それはね⋯あの人のおじいさんが書いて持ち出したものなの。』
「⋯え?」
『あの人のおじいさんはね、宮殿の記録係を勤めていたの。』
「そうだったの?知らなかった···」
『戦争が終わった直後に荒れ果てた宮殿に戻った時、奇跡的に見つけたんですって。いつか帝が帰って来た時、記録を再開する為に持ち帰って保存したそうよ。』
「だからボロボロなとこがあるんだ⋯」
『でも、そこに書いてある事が全てじゃないの。そして真実を事細かく知りたくても、根深過ぎて辿り着けない事が沢山。』
「⋯この影武者の人って」
『その帝がお産まれになった同時期に産まれた男子を見つけて、影武者として育てられたそうよ。』
「⋯国を裏切ったの?」
『それも分からないわ。
帝が手を下したとは書いてあるけど、遺体は誰がはっきり確認した、とも、どこに葬った、とも書いていないでしょう。
書いてあるのは』
「帝が自ら手を下し、誰にも見られずに始末した。」
『そう。』
「じゃあ⋯もしかして、影武者の人は生きて」
『その可能性もあるわね。
血は繋がってなくても長い時間をかけて共に過ごした人よ。
剣を振り上げた瞬間、情がわいて』
「最後の最後で、殺せなかった⋯?」

『⋯さぁ、冷めないうちに、食べてしまいなさい。』

俺は食事に視線を移すと、空腹だった事を思い出し、久しぶりのノン二お手製の味を噛み締めた。

ひとまず黄大陸に別れを告げ、緑大陸に帰る電車に乗り込んだ俺は、進行方向左側の窓辺に座った。
この席は景色がいいのを知ってる。

乗客がまばらな電車内の静けさと座席の揺れがほどよく心地良いせいで、眠気が襲ってくる。

「あー⋯ねむぅ⋯」

そういやぁ⋯

黄大陸って、昔から言葉も、漢字も、その意味達も、四大大陸の中で一番多くて、樹の根っこみたいに枝分かれしてるみたいに複雑だって⋯授業で聞いたよな⋯
⋯教科書に出てきた帝の名前、ハッキリした本名か分からんが、“樹”って付いて⋯
確か、意味は“末永い繁栄”って。
⋯あれ?俺の名前⋯も、アルベロって⋯黄大陸の言葉に直すと樹だった⋯よな⋯
⋯血を受け継いだ時は、名前も受け継ぐって⋯昔のシキタリ⋯
⋯俺の半分は黄大陸の血が流れてる。
まさか⋯
俺に⋯
黄色の、時の権力者の血が⋯

ガタン!と大きな揺れで目を覚まし、ふっと顔を上げ、窓ガラスの自分を見た瞬間。
俺が好きな景色を背景にして、俺と同じ顔をしている黄大陸の人物が映っていた。

「⋯み⋯か、ど⋯」

何故か無意識にそう呼び、瞬きをした次の瞬間。
何事もなく、窓ガラスにはいつも通りの俺の顔。

「⋯?」

何だったんだ今の⋯

くだらない事は考えるもんじゃない。
ありえない。
俺、今相当疲れてんな⋯

「ふぁ⋯ふぁ~ぁ⋯」
⋯降りる駅まで眠りにつく前に思い出したのは
さっきのガラスのコップ。

黄大陸の伝統芸術であるキリコガラスの柄が
太陽の光と注がれた紅茶で反射し、キラキラと眩しく美しい。

目に触れ美しく映るが、手に触れる事が出来ない美しさ。

これもまた、鏡花水月と呼べるのだろうか。

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