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【書いてみた】短編|ハッシュタグ

いつメンのあの子やあの人達へ
そして、まだ見ぬその子やその人達へ。
文明の機器を使って呼びかける。

今日もウソの中に、ホントを少し入れる。

「今夜22:00から、月1の雑談配信始めるわよ。
アタシに聞いて欲しい話や悩み事、このコメント欄で教えてちょうだい。
待っているわ。
ハッシュタグは⋯」

こんな事を始めたきっかけは
数ヶ月前に偶然知った、配信アプリ。

アプリをタップしたスマホの中の世界は、俺の生活の中に少しだけ色を足した。

歌枠、雑談枠、夜更かし枠⋯
全く知らない人と繋がり、話も出来る。

そのうち、自分も配信してみたいと密かに思う様になった⋯が。
特に何を話せばいいかも分からなかった。

だから考えた末。
「配信主はあまり話さず、生活音が流れるだけ。」
という、いつかどこかで聞いたASMR的な配信スタイルにした。

ある日の夜、配信ボタンを押した。

当然何のツテもなければ、誰も来ない。
俺も何も話さない。

何度か枠を開いていくと、ふらっと来るリスナーが現れる。
物珍しさからなのか⋯
あまり話さなくてラクな休憩場所なのか⋯

夜食と明日の朝食を兼ねて作る料理枠。
・何作ってんの?
・このちょっと料理慣れしてない包丁音⋯何かいいよね。
・お鍋で煮込んでる音⋯
・あぁ、腹減ってきたからこのままコンビニで何か買お。
・あ、仕事帰り?お疲れ!
・コンビニ高ぇからスーパー寄って見切り品買え(˙꒳​˙ )͟͞ =
・【悲報】田舎ゆえもうスーパー閉まってる
・すまん今度何か差し入れする
・どこ住み?よくここで会うよな?

持ち帰りの仕事をパソコンのキーボードで打ち込む枠。
・このカチャカチャ音⋯何故か好きなんだけど分かってくれる人いる?
・(・ω・)ノ
・はーい (・ω・)ノ
・はいはいはいはーい(・ω・)/はいはいはいはーい\(・ω・)
・それもしかして昨日バラエティ番組であの芸人が歌ってたやつwww
・ブラインドタッチっての?あれ実は出来ない⤵
・そうそう!あの番組見てた!?
・同士こんな身近にいたwwwフォロっといた!
・うちの会社の上司、めっちゃタイピング音うるせぇんだwww
・待ってタイピングうるせぇって何(笑)

⋯こんな過疎ってる枠を気に入る変わり者は少なからずいるらしい。
いつの間にかリスナー同士がチャットで仲良くなり
珍しく初見が辿り着いた時は全員がマネージャー的に枠の説明をしてくれる程だった。

・主しゃべらないけど何だか来てしまう、ここ。
・落ち着くんじゃない?隠れ家カフェ的な。
・分かる。
・ねぇ今他の枠でやべぇの見た
・えっ何があった

リスナー同士のチャットや繋がりを見ていると
俺の枠はどこかの待ち合わせ場所や何かの広場か、そんなポジションに置かれている感じがした。
当の枠主である俺は差しおかれてる感はあったが、もうそれすらも面白かった。

こんな配信が居心地よく感じつつあった、ある金曜日22:00過ぎ。
今日は早めに配信終了ボタンを押して他の配信者枠に行ってみようかと、タブレットを確認してから何気なくスマホのSNSアプリを開いた。

疲れでぼーっとしながら流れてくる呟きを眺めていたら、スクロールする指が止まった。

“もうしんどいなぁ。”

たまたま仲良くなった子。
たまに電話する、けど。
好きな人と呼ぶには何だか違う。
友達と呼ぶにも、少し違う。
遠からず近からずな⋯そんな子の呟き。

何かあった。
と察するには分かりやすい文面だった。
俺の眠気も吹っ飛んだ。
最近、電話もしてなかった。

数分前に呟いたって事は⋯
もう仕事、終わって帰ってきたって事?

電話⋯

その時。
ちょっとしたイタズラを仕掛ける事を思いついた。

通話アプリのコール音が鳴った後、相手はすぐに電話に出た。

イタズラの始まりだ。

『⋯あ⋯もしも』
「あらあら、なあに?そんな暗い声出しちゃって⋯」
『⋯えっ?⋯えっ?』
「何かツライ事あったんでしょ?仕事?」
『⋯うん⋯』
「でも頑張ったのよね?」
『がんばっ⋯た⋯』
「でもやっぱりしんどくなっちゃったのよね?」

電話口からグズグズになった泣き声が聞こえてくる。
分かりやす過ぎて泣き顔まで見えてくる気がした。

「こんな風になるまで、何があったの?」

本音を聞き出せるまで、あと少し。

「⋯そうだったの。しんどかったわね。でもアンタは頑張り過ぎなのよ。」
『⋯そう、かなぁ⋯』
「ちょっとくらい休んだって誰も何も言わないわよぉ、それに⋯」
『⋯』
「アタシはあんたの事、本当にスゴイ子だって思ってるわよ。」
『⋯う、ん⋯うん⋯あり、がと⋯』
「泣いていいのよ。アタシしかいないんだから。」

イタズラな電話が終わってよく分からない余韻に浸っていた時、ふとタブレットを見た。

「⋯」

配信終了ボタンを押す事を忘れていた。

更に悪い事に、いつものクセでスピーカーで通話してたからもちろん今までの会話もつつぬけ。

リスナーは片手で数えられる人数しかいないのに、膨大な量のチャットで盛り上がっていた。

・オネェだったの!?
・だから今までしゃべらなかったの?
・秘密を見てしまった気が⋯
・電話の子ツラかっただろうに⋯
・そんなになるまで我慢してたなんて、
・その上司が悪い、ギルティ。
・どこの会社だよポロッと言ってくんねぇかな炎上させよ。
・主!気づけ!電話の子の会社名!
・会社とあとその上司の名前!
・電話の子ぉ!味方はここにもいるからねぇ!
・ぬしはよ気づけ

⋯やべぇ⋯全然気がつかなかった⋯

「⋯っ、あ⋯」

・あ、気づいた?(笑)
・問題は解決出来た?
・やっと気づいたか
・何回呼びかけたか(笑)
・電話の子、仕事大変だったね。
・私だったらその上司ぶん殴りたい(笑)
・聞いて欲しいの分かるぅ。
・口硬い子か?会社特定出来んかった(-⊡ω⊡)っ_/

尚もチャットがポンポンと表示される。

⋯仕方ない。こうなったら⋯
イタズラついでだ。

「ちょっと!アタシがオネェだって秘密よ!?
でも⋯みんな、びっくりさせちゃってごめんなさいね♡
えーと、はじめまして、になるのかしら?
いつも来てくれてありがとぉう♡」
・しゃべった!
・主がしゃべった!
・何そのクララが立った!的なノリ(笑)
・wwwwwwwww
・ねぇこれからもっと雑談配信とかしてよ
・そうだよ人気になるって!
・わかりみ深し

「えぇ⋯?実はみんなオネェ好きなのぉ?」
・好きぃぃぃぃぃぃぃ!
・いいと思う。
・今日は神回だな。
・もう次からアーカイブ残して
・いやぁぁぁこの配信アーカイブ残してないの!?

「お悩み相談とかぁ、雑談とか⋯やったらウケるかしら?」
・悩みを聞いて欲しい人はいるよ
・親身になって聞いてくれてる
・そう、そういうの嬉しいのよ

「でもアタシまだ配信よく分かってないわよぉ」
・じゃあココにいるいつメンがマネやる。俺はやる(-⊡ω⊡)スチャッ
・あたしもマネ希望やれますやらせてください監督ワタシまだやれます!
・今きてないあと2人も引きずり込もwww
・オネェ配信者ってあんまり聞かんが、親しみやすさはあるかも知れんぞ
・愚痴って実はただ聞いて欲しいだけ
・そう、アドバイスはいらない、ただ聞いて欲しいだけ
・よりそってもらえると嬉しいものよ

「⋯何だかアタシがお悩み相談してるみたいね。」
・マジ神回だろ今日の配信
・神枠が生まれた瞬間
・で、どうすんの?これからオネェ配信やんの?
・そだ私たちが勝手に盛り上がってた

⋯そして今日もまた、いつメンのあの子やあの人達へ。
そして、まだ見ぬその子やその人達へ。
文明の機器を使って呼びかける。

「今夜22:00から、月1の雑談配信始めるわよ。
アタシに聞いて欲しい話や悩み事、このコメント欄で教えてちょうだい。
待ってるわ。
ハッシュタグは⋯」

配信アプリを立ち上げ、声で投稿する。

投稿して数分後。
常連リスナー達からのコメントが付いた事を知らせる通知音が鳴り始める。

・おつかれ!
・今日は出張先から全力待機_( ˙꒳​˙ _ )チョコン
・今日はリアタイ間に合いそう!
・今日のお酒は何にしよっかな⋯

今夜22:00
不定期で、俺がアタシになる時間。
今日もウソの中に、ホントを少し入れる。

アタシに子宮はないけど⋯聖母のマネゴトなら出来るの。

だから聞かせて、アナタのハナシ。

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