2022.12.9 新型コロナウイルス感染症対策分科会の意見書と発言内容
第21回新型コロナウイルス感染症対策分科会での意見書
新型コロナウイルス感染症のデータに関する意見書
大竹文雄・小林慶一郎
1.新型コロナウイルス感染症の病状の程度に関するデータについての政府回答
第20回(令和4年11月11日)新型コロナウイルス感染症対策分科会および第30回(令和4年11月24日)基本的対処方針分科会で、私たちは新型コロナウイルス感染症の病状の程度に関するデータが基本的対処方針において第7波のものに更新されていないことを指摘し、それを更新するように意見を述べた。データを最新のものにすべきという意見は、私たちを含めて計6名の委員から出されている。これに対する政府の回答がつぎのように議事録で公表されている。
2.データの更新が遅れることの問題点
第6波の結果が基本的対処方針に更新されるのに4ヶ月かかったのは事実であるが、既に第7波から同じ期間が経過している。今回、第6波よりデータを更新することが遅れる説得的な理由はない。また、信頼区間が記載されていないことが課題とされているが、信頼区間の計算は、二項分布を前提にすれば、検査陽性者数と死亡者数の情報があれば簡単に計算ができる。さらに、過去の基本的対処方針には信頼区間は記載されていないのに、今回信頼区間がもとのデータで記載されていないことが基本的対処方針に記載できない理由とされることについて、なぜ今回に限って信頼区間の記載が必要なのか論拠を明確にすべきである。
そもそも過去のデータの更新で4ヶ月を要していたこと自体が問題である。データの更新に4ヶ月かかることについての説得的な理由はない。仮に、科学的に厳密なデータが出てくるまで4ヶ月かかるということであったとしても、政策判断に必要とされる概数を得るのにそれほどの時間がかかるとは考えられない。政策判断に必要とされるのは、重症化率が同程度か否かというものであり、高い精度が求められているものではないし、どんなに時間をかけて分析しても精度には限界がある。また、上記の政府説明を見ても、今回、第6波のときよりもデータ更新が遅れる特別な理由は見当たらないが、それにもかかわらずデータ更新が遅れている現状は、行政に対する国民の信頼に重大な問題を惹起する懸念がある。つまり、データ更新の遅延が続く現状は「政府は意図的にデータ更新を遅らせているのではないか」との国民の疑念を招き、行政の公正な法執行に対する信頼を揺らがせることになりかねない。特措法に基づく政府対策本部の廃止の条件は「インフルエンザにかかった場合の病状の程度に比しておおむね同程度以下であることが明らかとなったとき」(特措法第21条)とされている。データ更新が遅延している現状が続けば、病状がインフルエンザと同程度以下であることが「明らかにならない」から政府対策本部を廃止しない、と言いたいがために、あえて重症化率や致死率のデータの更新を遅らせているのではないか、と国民に疑念を持たれる懸念が大きい。こうした行政の公正性に対する疑念が生まれると、コロナ対策への国民の協力は得られにくいであろう。
どのようなデータを用いているのか、なぜ更新に時間がかかるのか、上記の政府回答では説得的な説明になっていない。特措法という私権制限を可能にする法律の適用を左右する重要な情報の公開を遅らせることは極めて重大な問題である。
季節性インフルエンザと新型コロナは異なる感染症であること、検査体制、報告体制も異なるため単純に数字を比較することはできないが、特措法適用の条件として「病状が同程度以下」か否かが重要である。季節性インフルエンザも過去の流行年度によって、その重症化率・致死率が異なっていた。過去のデータで最大どの程度の重症化を季節性インフルエンザがもたらすものであるか確認すべきである。また、新型コロナの後遺症も比較の際に重要だと考えられるが、季節性インフルエンザでも後遺症は一定数存在したと考えられ、そういったデータの提示も望ましい。一方、新型コロナウイルス感染症については、最新のデータを示し、季節性インフルエンザの重症化率や致死率の最大値との比較で、「同程度以下」かどうかを判断すべきである。過去の基本的対処法方針の改訂において、季節性インフルエンザと新型コロナウイルス感染症に関する重症化率・致死率の数字が変更されてきた。季節性インフルエンザについては特措法適用を判断するリスクの目安となる指標であるので、その数字が短期間に変更されるのは問題である。また、新型コロナウイルス感染症に関する重症化率・致死率のデータについても算出方法を同一にしたものを通時的に掲載すべきである。
3.データ更新の遅れが感染対策による生命・健康への悪影響を長引かせる可能性
新型コロナウイルス感染症は「一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」(感染症法第6条7三)と定義されており、「(季節性)インフルエンザにかかった場合の病状の程度に比しておおむね同程度以下であることが明らかとなったとき」(特措法第21条)に政府対策本部が廃止され特措法の対象外となる。
一方、感染対策のために私権制限を行うことによって、国民の生命及び健康に重大な影響が及ぼされている可能性もある。実際、Batista他(2022)の推定によればコロナ禍における超過自殺は約8,500人であり20代が多く、子供や高齢者の自殺も増加した 。千葉・仲田(2022)は、コロナ禍で失われた婚姻数は16.6万件、出生数は14.7万件と推定している 。この他にも感染対策の影響で社会経済活動が萎縮することで国民の生命および健康に重大な影響を与える可能性もある。感染症による国民の生命及び健康への影響があるのと同様に、私権制限によって発生する国民の生命及び健康への悪影響があり得ることを十分に考慮に入れた上で、私権制限のレベルや期間を決定すべきである。
4.学術分析と政策判断に資する情報の違い
学術的に正確なデータが明らかになってから政策判断を行うことは、その判断の遅れが私権制限の継続をもたらすことで生じる健康被害・社会経済的被害を容認することに等しい。また、科学の世界では長い時間をかけて議論を重ねても何が学術的に正確と言えるかがはっきりとしないケースもある。政策判断に資する情報は、感染症の健康リスクが季節性インフルエンザと比べて「同程度」なのか「相当程度異なる」のかを判断できる程度の粗い精度をもった直近の情報である。当然リアルタイムの情報分析には誤差が伴うが、政策担当者は、学術的正確性を最優先して意思決定を先延ばしにするのではなく、一定の誤差を織り込んだ上で迅速に判断をするという姿勢も重要だ。判断が遅れることで、私権制限が継続することによる別の被害が発生するリスクを考慮する必要があるからである。政策担当者は、不確実な情報のもとでの意思決定を迫られるので、その意思決定をした理由を説明する必要があり、それは公開された情報に基づいている必要がある。その意味でも、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクに関する迅速な情報公開は極めて重要である。
分科会での発言内容
議題4 資料4の「年末年始の過ごし方」について
2点あります。第一に、資料4のタイトルを変更すべきだと思います。「年末年始の過ごし方」にまで、政府がメッセージを出す必要があるのか疑問です。「年末年始の感染対策について」なら反発も少し減ると思います。平井知事の意見と異なりますが、換気を強調されている点は政府案に賛成です。
第二に、フォローアップセンターの記載についてです。「重症化リスクが低い方は、ご自身で抗原定性検査キットを使った検査をして、陽性の場合、軽症であれば、地域の健康フォローアップセンターに登録して自宅療養をお願いします。」とあります。しかし、この手続きがあまり知られていません。医療逼迫が生じた際なのか、それが生じそうになった時なのか、それともこれが原則なのか、よくわかりません。通常からこの経路が原則であると知られていたら、外来診療を受ける人はもっと減り医療の負荷は小さくなります。医療が逼迫してからこのルートがあることを広報しても遅いと思います。オミクロン株では、重症病床の不足よりも外来診療逼迫が問題とされていますので、外来診療の負荷を減らしたいのであれば、これをデフォルトにすべきです。これはつぎの論点になりますが、大多数の感染者がこの対応で問題ない感染症において強い行動制限が本当に必要なのか疑問です。
議題5 資料5−2および5−3について
資料5−2の感染症法の第6条7の三には、「一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」とあります。
資料4に自然感染者の割合が低いと書かれていますが、日本の対象者全体のワクチン接種率は2回接種で80.4%, 3回接種で67.1%、重症化リスクが高い高齢者では、3回接種で90.9%、4回接種でも81%となっています。効果が時間とともに弱まるとしても、重症化予防効果はある程度長期間続くとされています。そうすると、免疫を獲得していない、という部分は当てはまるのか疑問です。重症者化率が高くない疾病を防ぐために、軽症や無症状の感染者および健康な人に対する過剰な行動制限をすることをどうやって説明するのでしょうか。
資料5−2の病原性(重篤性)について、「オミクロン株においても季節性インフルエンザよりも致死率が高いとされている」という表現がありますが、基本的対処方針のデータは第6波のものであり、第7波のものではありません。しかも年齢階級によっては、この表現は正しくありません。
この点は、12月7日の厚労省アドバイザリボードでの大阪府の藤井睦子先生の提出資料(資料3-7-2)に、新型コロナウイルス感染症は「重症度、疾病としての対応状況が、法上の位置づけと矛盾しており、感染症法上の分類の見直し(いわゆる「5類化」) 議論を加速すべき」と主張されていますが、私も同意します。
感染者・接触者に、病気の実態と乖離した厳しい行動制限を課すことは、感染拡大抑制効果以上に、社会経済活動の制限による負の影響が大きくなることを感染症法の位置付けを考える際には考慮していただきたいと思います。
資料5−3のうち新型インフル特措法については、参考資料6の私と小林委員の意見書にも詳しく書いておりますが、特措法が「国民の生命及び健康の保護、国民生活及び国民経済に及ぼす影響の最小化を目的」としている点を忘れてはならないと思います。意見書にも書きましたように、過去3年間で、トレンドに比べて、婚姻数が16.6万件、出生数が14.7万件減少しました。超過自殺は約8,500人であり20代が多く、子供や高齢者の自殺も増加しています。過剰な感染対策が影響している可能性は高いと思います。
特措法第5条には、「国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。」とも規定されています。
データを迅速に更新すること、恣意的に比較対象とするデータを同一にすることで、特措法によって、過剰な感染者・接触者以外の私権制限を行わないようにすることが重要です。政府対策本部は、「病状の程度が季節性インフルエンザに比しておおむね同程度以下であることが明らかとなったとき、又は、新型インフルエンザ等感染症と認められなくなった時に廃止」と条件が明記されています。その条件となるデータを迅速に公表していくことが極めて重要だと思います。
本日の資料で重要なもの
本日の資料のなかで、感染症と新型インフルエンザ特措法を整理したものはこの議論をする際の共通の理解を進める上で有益だと思います。特措法の対象から外れることと、感染症法条で新型インフルエンザ感染症と位置付けられることは別です。新型インフルエンザ等感染症でなくなったら2類、5類問題になります。