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星野リゾート 星野佳路社長の『Coreビジョン』

 今回のコラムは、「リゾート再生請負人」として、数々のリゾート施設を再生させてきた、星野リゾートの星野佳路社長です。

 星野社長は、今や日本発のラグジュアリーホテル「星のや」、上質な温泉旅館「界」など、圧倒的な知名度のホテルブランドを率いていますが、成功への道のりは平坦ではなかったようです。

1.星野社長の源泉

 そんな星野社長の根底には、事業永続のためのスチュワードシップ(受託責任)があります。星野社長は「星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書」(日経BP)の中で以下のように述べています。

 「駅伝では、どんなに速く走っても、タスキをつなげなければ、そこですべてが終わります。早く走って区間賞を取るのも立派なことですが、逆風にさらされた区間を、ゆっくりとでも走り抜け、できるだけ順位を落とさず、可能ならば上げて、よりよい状態で次の走者に渡す。それが自分の役割です。」

 企業統治のスタイルとして、エージェンシー理論とスチュワードシップ理論(【用語解説】参照ください)がありますが、星野社長の場合は、後者にあてはまります。

 サラリーマン経営者のように、株主であるプリンシパルから経営を委託されている形態では、株主の利益と経営者の利益は、必ずしも合致しないことがあります。任期が短い経営者はリスクの高い投資を行い企業の変革を担うよりも、無難な業績を求めがちだからです。星野リゾートでは、星野社長が大株主であり、且つ経営者であることからサラリーマン経営者では成し得ない大きな変革を長期スパンで考え、実践していくことが可能なのです。

 そうした環境の中で、星野社長は、100年以上前から代々受け継がれてきたバトンを次の世代に引き継ぐことを絶対的な使命(宿命)として強く認識しています。前の世代から受け継いだ星野旅館という企業を、永続させること、それが星野佳路社長の強さに繋がっているのだと考えられます。

バトン

 星野社長の言葉から、私利私欲を感じさせるフレーズは一切ありません。個人的な利益や夢、希望よりも自分イコール星野リゾートとして語られている文脈が目立ちます。もちろんファミリー(星野一族)の利益に関しても同様です。

 印象的な事柄に、社長就任時の会社資産を整理させたエピソードがあります。当時会社の敷地内には、創業家親族が住んでいました。会社の資産とファミリーの資産がごっちゃになっていたのです。星野社長は、まずご自身が住宅公庫でローンを組み、会社の敷地の外にマイホームを建てて引っ越しました。それから徐々に、マネジメントとファミリーの間の緊張関係を乗り越え、再開発を進めたのです。

 このように星野社長の行動の源泉は、代々受け継いできたバトンを次世代に引き継ぐ(スチュワードシップ)という強い意志があるのです。それがあるので一族に厳しいことを告げなければならない場面でも強い意志で臨むことができたのです。

__________________________________【用語解説】
エージェンシー理論:自己利益追求の合理性 株主は株価上昇、経営者は地位の継続を目指す為、利益相反となりがち
スチュワードシップ理論:責任感、受託責任、財産管理と訳される。経営者は株主から受託されたという意識を持つので、最終目的が共有される。  __________________________________

2.星野社長の『Coreビジョン』

 星野旅館を永続させるという信念のもと、事業活動を展開していくわけですが、当初から明確なビジョンがあったわけではないようです。
 大学生になるまで、社長のアイデンティティは「温泉旅館の後継ぎ」ではなく、「スポーツ選手」でした。慶応義塾大学アイスホッケー部で主将をしていて、それが生活のすべてでした。ですから部活を引退して「スポーツ選手」でなくなった途端、自分が何者だか分からない、アイデンティティロスに陥ってしまったのです。

 そんな時に(米国大学院に留学時)、ハワイのリゾートホテルを見て「格好いい」と思ったのです。

ハワイリゾートホテル

 同じ宿泊施設でも、父の温泉旅館とは全然違う。「うちの実家を、あんなふうにしよう」と考えました。しかし米国の友人たちは一様に、否定的です。「日本で100年近い伝統を持つ旅館が、なぜ欧米のモノマネをしたがるのか」そんなの格好悪いという評価なのです。

 そこで出した結論が「温泉旅館を世界に誇れる格好良いものにしよう。自分にはこの道しかない」格好悪くても引き継ぐと誓ったのです。
そして、そのために、自分はどうあるべきかを自問自答し、「いい経営者」になるという結論を導きました。この瞬間こそがターニングポイントで事業家、星野社長の誕生です。「いい経営者を目指す」これが星野社長の『Coreビジョン』です。

 そのビジョンを実現するためには父親との対立も辞さない強い意識がありました。
 父上のやり方は、パワフルだが独善的で従業員を軽んじているように映りました。星野社長の考える「いい経営」と、あまりにかけ離れていたのです。従業員がモチベーション高く、いきいき働き、それが顧客満足につながるような経営。そんな好循環が生まれる良いチームをつくり、支援し、リードするのが星野社長の考える「いい経営者」です。

 星野社長は当初、一気に改革せよと迫ったわけではなく、「最低限、公私混同はすぐやめよう。会社のお金やモノを、経営者一族の生活に使うのはやめよう。隠しているつもりでも従業員は見ているし、それではモチベーションが上がらない」と控えめに主張したつもりだったのですが、父上の逆鱗に触れてしまいました。しかも星野社長の主張を支持する人も出てきたものだから、平穏だった社内がざわつき、ひいては父上と雌雄(しゆう)を決するしかない状況に至ってしまったのです。

 星野旅館を未来永劫存続させる、そのために自分は「いい経営者になる」ということです。そしていい経営者になるためにはクーデターも辞さない。思いの強さが伝わります。サラリーマン経営者とは比較になりませんが、実の父親を解任して社長に就任するというのは想像を絶することであると思います。

3.いい経営者のすべきこと

 では星野社長は、いい経営者として具体的に、どのようなことを行ったのでしょうか。私は大きく2つの特徴があると考えています。①リゾート企業としての全社戦略②エンパワーメントです。

①リゾート企業としての全社戦略
 星野佳路社長が社長就任したのは、1987年のリゾート法(総合保有地域整備法)によって、新しいリゾートが日本に多く誕生した時期です。大手金融機関や不動産会社などが、リゾートに莫大な資金を投じた結果、リゾートの供給量が急増しました。しかし日本人が急に年間60日のバケーションをとるというのも現実的でなく、需要は増えないのに供給は増える状態で、リゾートは完全に供給過剰の時代を迎えるというのが当時の星野社長の見立てでした。

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 このような環境下で築40年になろうとする古い星野旅館が生き残るために、「運営特化」という戦略を打ち出しました。当時のリゾート事業者の大半は、自分が「所有」する土地を、自分で「開発」し、自分たちで「運営」していました。供給過剰が続くことを予想する中で、さらに「所有」と「開発」を自社で担うことに大きなリスクを感じていましたので、「運営特化」の道を選択したのです。「施設運営をオーナーや投資家から任せていただけるような会社になろう」という戦略です。ビジネスモデルの一つであるアンバンドル理論(【用語解説】参照ください)があてはまります。

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 経営者のすべきことの一つに、企業環境と現状のファミリービジネスを客観的に評価し、今後の進むべき方向性、ドメインを選定することがあります。星野社長には、この時点で既に企業の外部環境をしっかりと分析し、どのように生き残るべきか方向性が見えていたということです。

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【用語解説】
アンバンドル:分解/分離。全ての企業には、3つの仕事がある。1.顧客管理2. 製品イノベーション 3. インフラ管理です。3つの仕事は、お互いに相反する文化・目的を持っており、それを分離することで収益の最大化を目論むというビジネスモデルです。                      __________________________________


②エンパワーメント
 しかし実際に本拠地である軽井沢以外の場所で、最初のリゾート運営の仕事を依頼されるまでに、1992年の意思決定から10年近くかかりました。戦略は正しくても、それを実行するだけの実力が伴っていなかったからです。まず人材がいない。そして同族企業として様々な問題も抱えていました。

 一族が特権階級であるような組織では経営幹部のリクルーティングもうまくいきません。そこで会社名を「株式会社星野温泉」から「株式会社星野リゾート」に変更し、「リゾート運営の達人になる」というビジョンを掲げました。そしてこの目標に対して星野一族も社員も差がない世界で「無駄なく真っ直ぐ進む」ことを宣言したのです。

 このような時期に、一番頭を悩ませたのが、人材の採用と定着です。星野リゾートが働き手にとって魅力的な企業になるにはどうしたらいいかを真剣に考えました。そこで着目したのがケン・ブランチャード氏のエンパワーメント理論です。著書を教科書として、星野リゾートに根付かせていったのが今の組織です。

 星野社長は長年、組織内で権力差の小さい「フラットな組織」を目指すことを公言してきました。星野リゾートの中では、どのような立場にある人も、部署や会社の方針に対して、自由に意見を言えるのです。

 同じ目標に向かって、様々な立場から意見が集まるようなる。誰が言ったかを問題にすることなく、何が語られたかに焦点を当てて、侃々諤々と議論する。この習慣が星野リゾートに特徴的な「巻き込む風土」を生むようになったのです。

 大きな方向性を示したら、部下を信頼して任せる。社長と社員、会社と社員との強い信頼関係があるからこそ、なせる業と言えます。戦略と実務展開という両輪が見事に合致しています。

考察
 全社戦略とエンパワーメントが功を奏したのは、星野社長の経営手腕に加えて、星野リゾートがファミリービジネスであることが前提としてあります。 一般のビジネスパーソンを揶揄する事象として、「部下の手柄は俺のモノ、俺のミスは、部下のミス」がありますが、それはエージェンシー理論の弊害とも言えます。

 ビジネスパーソンは、昇進昇格が大きなモチベーションである反面、現在の地位を維持する為に、時として非合理的で組織力を弱体化させてしまう行動をとってしまうことがあります。

 星野社長は、最大株主で社長ですから、そのようなことをする必要は全くありません。「私は、この会社の経営トップになってから一度も、その座を失うリスクを感じたことがない」と述べています。オーナー(株主)であると同時に、マネジメントのトップであり、なおかつ自分をスチュワード(受託者)とみなしている、だからあらゆる面で、エージェンシーコストが低いということです。

 その上で、星野社長は、マーケター、創造者というよりもプロ経営者という位置づけで振舞ったことも大きいと考えます。ゼロから事業を立ち上げた、バリュミューダ寺尾玄社長や、サイバーエージェント藤田晋社長とは対照的です。

 ファミリービジネスの一番のメリットとして、長期視点で起業永続を検討できることが挙げられます。星野社長は「ファミリービジネスは、後継者にとって、立ち上げリスクが軽減されたベンチャービジネスである」と言っています。事業を引き継いだ際には、先代が築き上げた既存事業があるので、環境を分析しドラスティックにビジネスモデルを構築するまでの時間的猶予があるということです。
 運営特化とリートというこれまでに誰も成し得なかった、企業変革を成し得るには優秀な経営者だけでなく、実務展開するための優秀な人材が必要であり、定着してもらうことが必須です。その意味で戦略と組織開発の両面に秀でている星野リゾートは、まさに企業経営の教科書といってよいのかもしれません。


4.すべては教科書にある

 上記のように、企業経営者が星野社長のエピソードとして学ぶべき点は多数ありますが、そのうちの一つとして経営するうえで重要なことを書籍から学んでいることが挙げられます。

 星野社長は、これまで「教科書通りの経営」を実践してきたと言います。経営課題に出会ったら、経営学の専門家が書いた教科書を探し、実践し、解決してきたのです。マイケル・ポーター教授の競争戦略論、フィリップ・コトラー教授のマーケティング理論、デービッド・アーカー教授のブランド理論、ケン・ブランチャード教授のエンパワーメント理論などです。

 このように言うと、いとも簡単に経営理論を活用できると思われるかもしれませんが、経営理論やフレームワークを現場で展開することは、実はとても難易度が高いのです。
 もし誰もが書籍から経営理論を学び、実践展開することができるのであれば世の中は名経営者だらけとなります。

 私は、星野社長は勉強熱心、研究熱心であることに加えて、物事を応用して考える高いスキルが備わっていると思います。別の言葉に置き換えれば、抽象化と具体化の応用スキルを身につけているということです。

詳しくは以下コラムをご参照ください

 私もコンサルティングの現場で、「経営理論やフレームワークが使えない」「机上の空論であり、そのまま実務で使うことはできない」という話をよく耳にします。
 そんな言葉を聞くたびに、心の中で、「何を当たり前のことを言っているのか」と思っています。世の中のすべての企業は、企業を巡る環境、顧客の特性、競合状況において、それぞれ異なり、創業時期や社員構成などを変数として加えると、自社と同じ企業は2つとないということです。それぞれの企業に特殊な状況があり、唯一無二のオリジナルの存在です。そんなオリジナルの存在に対して一つひとつ成長や改善のためのプロセスを提示するには、世の中の企業の数だけ理論やフレームワークが必要となります。

 「経営理論やフレームワークは机上の理論であり、そのまま実務で使うことはできない」という前提に立って、その本質は何なのか、どのように応用して考えれば自社に有効に取り入れることができるのかを深く考えなければなりません。
 経営理論やフレームワークをそのまま使うのではなく、自社や自社の外部環境、業界の状況、顧客ニーズや、取引先の状況を鑑みて深く考察していくことが求められるのです。


5.まとめ

 ファミリービジネスの経営者が、自らの宿命を受け入れ、自分自身の創意工夫でオリジナリティを展開していくのは、高次元のやりがいをもたらします。
 星野社長は、単なる跡継ぎ社長ではなく、プロの経営者であり、事業家に他なりません。ただ戦略遂行と組織開発に長期間の展望を持てたというアドバンテージを持っていただけです。
 親や親族から受け継いだ世襲社長は、傍から見ると、「苦労知らずの坊ちゃん」と映りますが、先代が築き上げた会社を引き継ぐ責任(スチュワードシップ)は大変なプレッシャーです。その認識を持っているかどうかは、大きな違いであり、成果に大きな影響を与えると考えられます。

 そんな世襲経営者に必要なのは、戦略と組織開発です。そして『Coreビジョン』を描き、強く心に刻むことです。さらにMBA等で経営理論やフレームワークを学び、抽象概念スキルを身につけてビジネス革新していくことが求められます。

                                以上

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