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雪月花 ──雪の章──


──雪月花の時 最も君を憶う──




 連日降っていた雪は朝にはもう止んでいた。
「今日も雪かきするかー」
凍え死なない格好と壁に立てかけていたシャベルを手に取り外に出る。
「さっむ。」
外は一面真っ白な雪景色だった。しかし見惚れることはない。この地域では雪が降ることは日常茶飯事であり、一年の半分以上が雪に閉ざされて生活をする。
 黙々と雪かきをしてどれくらい経っただろう。
「………………ふぅ。ちょっと休憩しよう。」
「ちょっと待って。ここら辺だけささっと終わらせる。」
そう言いながら手を動かしているのをぼーっと眺める。目の前で雪かきをしているのは聖(さき)だ。もう何年も共に生活をしている同居人である。
「よしっ!」「ドサッ」「え!うそー」
「ふふふ」
積雪に奮闘する姿が微笑ましくて思わず笑ってしまった。
「笑ってないで雪も手伝ってよねぇ!」
「はいはい。今手伝うよ。聖はホントにドジだよねぇ──」



「春来ないかなー」
休憩中、シャベルに器用にバランスを取って乗りながら聖が呟いた。
「なんで?」
「だって…だってだってここ何にもないんだもん!一面雪ばっっっかり!生き生きとしてる植物も動物もここに不時着してから見たことないんだよ?」
「………俺は見たことあるけどね。」
「うっそだー。私とここにきたの同じタイミングだったじゃん。」
「聖は最初寒暖差で風邪引いてたじゃん。」
「あー…」
ここに到着した時、雪は止んでいたし、もう少し植物は生えていた。残念ながら動物は見当たらなかったが、暖かい船内と比べたら寒すぎるこの星のせいで風邪を引いた聖の看病をしていたのでじっくり見る暇はなかった。せいぜい食べれるものかどうか確認したくらいだ。それも、全く種類がわからない植物だったので諦めた。得体の知れないものを食べてこんなところに来てまで食当たりは避けたい。幸いなことに船に何年分かの食糧は積まれていたので、今現在もそれに頼り切っている状態だ。
「話戻すけど、ここ空にも何にも無いよね。」
空に目を向ける。そこにはただただ分厚い雲がいるだけだ。「何も無い」わけではないけれど、ずっとこれでは何も無いのと同じだと感じてしまう。

 もう何年前になるだろう。正確に記録しているわけではないので定かではないが、おそらく15年程前だろうか。とにかく俺と聖の生まれ故郷である『地球』は危機を迎えたらしい。大規模な大陸移動が始まって、世界が混乱しただとか、太陽が膨張する一途を辿ってあと数年後には『地球』も巻き込まれるだとか。はたまた、 AIの技術が進化し過ぎて、人間を支配するようになっただとか。これは嘘だと思うが、恐竜が復活するだとか。真実か虚実なのかわからない情報がインターネット上で飛び交い、新しい情報が入ってくるたびに何百万といういいね数が付いた。俺は子供だったからどれが本当なのか、誰が本当のことを言っているのか判別することはできなかった。毎日運ばれてくる情報はまだ幼い子供には多すぎた。しかし、これは大人も例外ではなかったらしい。とにかく、最初は「そんなバカな」で一蹴された情報が、ある日突如として『真実』になった。らしい。その情報が何だったのか、教えてはもらえなかった。とにかく何らかの影響で『地球』は危機を迎えた。人類は生まれ故郷から脱出することを余儀なくされた。『船(宇宙船)』に乗って、それぞれ未知の星に散り散りになるしかなかった。脱出する際、たまたま同じ『船』に乗ったのが今目の前にいる聖だ。家族というわけではない。が、もう、家族と言えるほどの長い年月を共に過ごしてきた。両親の記憶はない。共に『船』に乗ったのか、それとも別々だったのか、それすらも覚えていない。気づいた時にはもうこの『星』で立ちすくんでいた。

「……………。」
「ゆ……。………ひ………よ………。」

「ユキ……。風邪引くよ………。」


「………!」
目を見開いて急に飛び込んできたのは聖の顔だった。
「いった……」
突然目を見開いたせいか鈍い痛みが頭部に走る。
「大丈夫ー?こんな雪の中で寝たら雪こそ風邪引いちゃうよ。」
「ああ。大丈夫。寝てたわけじゃない。」
聖にそう言いながらも目がしぱしぱする。寝ていたわけではない、のだが、ここ数年同じような症状に見舞われている。頭の最奥に霧のようなものがかかっていて何か思い出したいのに思い出せない。もどかしいこの感じ……。故障だろうか。
「まだ明るいし、もう少しだけ雪かきしよう。これしかやることないし。」
既に今日やろうと思っていた範囲や、普段使用している路付近は終わっていた。ただでさえ、普段から二人しか使わない場所だ。そんな広範囲を雪かきする必要性はない。だが積雪の中でじっとしているよりは何かして動いていた方が暖かくなって体もほぐれる気がする。船に戻っても何かすることがあるわけでもない。
「……わかった。」
聖は心配そうな顔をしただけで特に何かを聞いてはこなかった。
 軽くストレッチをして勢いよくシャベルを動かした。その瞬間だった。
(ん…?)
何かがシャベルの先に当たった気がする。雪の中に目を凝らす。
「あっ………」
「どーしたの?」
手を使って雪をそっと払う。中からひょっこりと現れたのは、
「あ!可愛い!」
雪の中で控えめに咲いていたのは、スミレの花だった。

「「ぷっ……あははは!」」
雪の中から突如現れたスミレ。最初見つけた時は素直に綺麗だと思ったのだが、よくよく考えてみるとおかしくないところが一つもなかった。一つも。
「だいたい何でこんなところにスミレ?季節外れすぎる。」
「何で雪の重さで潰れてなかったんだ…?」
「シャベルの先に何か当たってそれがお花でした!って………ふふ…ふふふふ…………あははは!無理!」
二人して一通りツッコミ、暫く爆笑した。特に聖の大爆笑っぷりは凄まじかった。
「あははは!………ヒヒ……ふふふふふ………っ、あははは!」
と言う具合にずっと笑っている。
早々に笑いが収まった俺は一つ疑問(疑問は一つどころではないのだが)が思い浮かんだ。
「これ、咲いてるのはいいんだけど、いやよくはないんだけど、咲いてるのこれだけ…?」
スミレの数え方は子供の頃習わなかったのでわからないのだが、この咲き方が少し異常なのは理解できる。なにせ一つ(数え方はわからない)しか咲いていない。
「うーん。一つというか一房というか…。一輪ってわけでも一本ってわけでもないよね…これどう数えるの?」
聖も習ってはいないらしい。とにかく、周りにもう少し、こんもりとはいかないまでも咲いているのが普通の花なのではないかと言う結論に至り、もしかしたらまだ雪の中ではないかという淡い期待を抱きつつ雪かきを進めた。勢いよくやらないことにも気をつける。
「「ない。」」
どうやら本当にこれしか咲いていないらしい。明らかに不自然である。
「まあ、疑問点挙げてったらキリがないからー、とにかく雪の中はちょっと可哀想だから場所移動させてあげよっ!」
という聖の意見が採用され、カチコチの永久凍土との闘いが幕を開けた。
 闘いは俺たちの勝ちということであっさりと終了し、日が当たるところへの場所移動が完了した。心なしか日に当たるスミレの花は嬉しそうだ。
「小さな幸せ」
「え?」
「スミレの花言葉。小さい頃にお父さんとお母さんに教えてもらった。」
「へぇ〜」
全くわからず、捻くれている俺としては花言葉なんて一体どこの誰が考えたんだと考えてしまうが、
「雪の中から小さな幸せが出てくるって、なんか私たちにぴったりじゃない?」
と満面の笑みを向けられてしまうと、そんな浅はかな考えはすぐさま引っ込めるしかない。誰かがそれに助けられるなら、悪くはない。



「春来ないかなー」
シャベルを片手に持ちながら伸びをする。



──風が吹いている  きっともうすぐ春が来る
雪解けまではあともう少し──


                    (始)

高校生の時に執筆して文学部の部誌で販売したものです👊
懐かしい〜

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