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人生のタイムリミット 寿命と人間として生まれた意味
当時、うちのおばあちゃんは80後半で照り焼きマックバーガーが大好きで身内からこう言われた。
「絶対に100まで生きるよ。」
でも実際は93歳までだった。100歳は超えられない壁がある。
今日も、記事を見つけていただきありがとうございます。
今日は、ドキドキのワクチン接種1回目をやってきましたが、午前中にやった健康診断の採血よりも痛くなくて拍子抜け。打った左腕が筋肉痛のような状況ですが、当日に熱が上がっている感じもないのでほっとしております。
昨日今日と、細木数子さん、瀬戸内寂聴さんが亡くなったニュースを見たときにふと思ったことが
どんなに食べれても、健康でも100歳まで生きる壁を超えるのは難しい。
うちのばあちゃんも100歳まで絶対に生きると言われていましたが、バケモノのようなおばあちゃんでも超えずに逝ってしまったときに
上記のようなことを思いました。
今日は人間の寿命について自分が思うことを話そうと思います。
人間に生まれたことでまず勝ち組
人生100年時代と言われていますが、
自分の人生の関わってきた中で、若いうちに亡くなってしまったり、逆にもっと生きる寿命を自分の不摂生で短くしてしまう人をみてきました。
亡くなった本人が一番悔しいはずですが・・・
まず、人間に生を受けたこと自体が奇跡です。
その中で、自分たちが人間として生まれたのには必ず意味があってその使命を持って生まれてきたとなんかの本に書いていました。
(本の名前を忘れました。)
その本の中で覚えていた言葉があって
人間として使命を持って生まているけれど、その記憶を生まれる前に消されてしまいます。
そのヒントとなるものが、名前。
この言葉はすっと心に響きました。
寿命が短くても長くてもその人が人間として生を受けたことには意味があります、ただし答えは教えずにヒントだけ。
ちなみに自分の名前を考えると、もっと大きなことをやりなさいということなのだろうかと考えてしまう。
島田紳助の言葉
でも、世の中を見ると口が悪かったり、横暴だったり、下手をしたら詐欺をしたり、殺人をするやつもいるのがこの世の中。
なんで、せっかく人間として生まれてきたのにそんなことをするのだろうかと思っていました。
そんなときにふと、耳に入ってきたのが
島田紳助の言葉
「人は死んだとき人間になるとは限らない、嫌な気分にさせられる相手に出会ったとき相手を人間1回目だと思えばいい」
自分は逆に悪いことをして生きようとは考えていないので、もしかしたら自分の前世は人間で、何度も何度もよいことをしたからこそまた人間として生まれ変わることができたのかなと勝手に思うようにしています。
人間の死はつらいですが、寿命が短くても長くてもその人が人間としての役割を終えたということなのかな。
それを考えると、時々人間の鏡のような人に会うことがあるのですが、こういう人は何回も前世で人間をやっている人なのかと感心させられたことがありました。
輪廻転生じゃないけれど、そういう人は必ずまた人間として生を受けるし次の使命も決まっている。
まとめ
人生のタイムリミットはいつになるかを神様は教えてくれません。
自分の行いで、短くもできるし長くする努力は可能だが、みんな生きていることを当たり前だと思ってそういうことを忘れてしまう。
未来をみることのできる力を当たり前と思わないように。
100歳まで生きたから偉いのではなく、すでに人間として生まれたことが奇跡。
最後まで読んでいただき、有難うございました。
ふぉあぐら
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