打ちっ放し
先日、久しぶりにゴルフの打ちっ放しをした。
数週間、否、1か月以上ぶりにゴルフクラブを握った。
ゴルフ愛好家の方ならばお分かりだろうが、1か月以上クラブを握らなければすっかり感覚を忘れてしまう。
マラソンランナーが数週間走らなければどっと体が重く感じ、足の回転が鈍くなるのと同じだろう。
絶対にうまくなっていることはない。むしろ、確実に下手くそになっている。
そんな状況の中で、顔を両手で覆い、怖いも見たさで指の隙間からホラー映画を除く子どもような気持ちで、恐る恐るクラブを握った。
幸いにも、1か月ぶりの調子は悪くない。
もちろん、バシバシ狙い通りに飛ばせるわけではない。しかし、5球あれば2球はバシッと打つことができた。
その確率は球数を重ねるにつれて高まっていた。
と言っても、最後まで10球に1~2球は目の前にチョロチョロ~というのがあったが。
雲の隙間からひょっこり月が顔を覗かせる夜空に向かって、打ち上げ花火のように勢いよくゴルフボールが打ち上がる。
ボールは、自由気ままに飛行する鳥のようにぐんぐん夜空を進んで行く。
やがて勢いが弱まり、重力を取り戻したかのように地面へ落ちて行く。
この一連のゴルフボールの様子を50回ほど見送った。
自分の技術の衰えへの恐怖も徐々に和らぎ、だんだん夜空に羽ばたくゴルフボール行方に見惚れるようになる。
他人が打ったボールはもの凄いスピードで飛んでいくのに、自分が打ったボールだけはスローモーションのように感じた。着地するまで目で追うことができた。
ボールを目で追う間に、未来に向かって日々刻々と目まぐるしく環境が変わったここ最近の雑踏が頭を駆け巡った。
久しぶりの打ちっ放しは、たった50球だけの練習だったのに終わった頃にはうっすら汗ばむほど疲れた。
しかし、練習後の足取りは練習前よりも軽かった。
きっと、これがゴルフの醍醐味なのだろう。
スーツ姿に疲れ切った顔で毎晩のように打ちっ放しにやって来る人たち。
「そんなに疲れてるなら、早く家に帰ってゆっくり休めばいいのに~」と思うし、きっと家庭でも奥様に嫌味交じりでそう言われていることだろう。
しかし、彼らにとって、打ちっ放しやラウンドは心の充電機の役割を果たしているのだろう。
職場で溜め込んだ抱えきれないほど大きなストレスを、石ころサイズの小さなゴルフボールが夜空へ運ぶ。
ボールはストレスだけを夜空に置き去りにして、地面に返って来る。
今日もゴルフボールは、日本中のストレスを夜空へ溶かし、サラリーマンの心を軽くしている。