ゲーム開発における「コンセプト」の重要性
ゲームを作る際、あなたが最初に考えるべきことは何でしょうか?キャラクターデザイン?シナリオ?バトルシステム?
もちろん、どれも重要な要素です。しかし、それらすべてをつなぐ「核」となるものが無ければ、それはまるで方向性の無いプロジェクトになりかねません。その「核」こそがコンセプトです。
コンセプトとは何か?
ゲーム開発におけるコンセプトとは、プロジェクト全体を貫く「核」となるアイデアやビジョンのことです。それは、ゲームの目的やテーマ、プレイヤーにどのような体験を提供したいのかといった本質的な方向性を示します。コンセプトはゲームデザイン、シナリオ、キャラクターデザインなど、プロジェクトの全ての要素が連携し、整合性を保つための土台となります。
具体的には、「このゲームはどのような感情をプレイヤーに与えたいのか」「どのような世界観を描きたいのか」「何がゲームの独自性なのか」といった要素がコンセプトに含まれます。コンセプトがしっかりと定義され、共有されることで、全ての開発メンバーが自分の作業と全体のビジョンを結びつけることができ、チーム全体が同じ方向を向いてプロジェクトを進めることが可能になります。
コンセプトの例
1. Super Mario Bros. (スーパーマリオブラザーズ)
コンセプト: 「プレイヤーの直感的な反応と学びを誘導するシンプルな2Dプラットフォームアクション」
ゲームデザインの概要:
「マリオ」のゲームデザインコンセプトは、「プレイヤーにシンプルで楽しいアクションを通じて直感的に学ばせること」です。ゲームは次第に難易度が上がることで、プレイヤーが自然に成長していくプロセスを重視しています。プレイヤーの学びを導くための巧妙なレベルデザインが特徴で、最初のステージでは「敵のジャンプでの倒し方」「障害物の超え方」「パワーアップの方法」といった基本的なスキルを直感的に理解できるよう設計されています。
2. Sonic the Hedgehog (ソニック・ザ・ヘッジホッグ)
コンセプト: 「スピードと爽快感を重視したハイスピードアクション」
ゲームデザインの概要:
「ソニック」のゲームデザインコンセプトは、「スピードを最大限に活かしてプレイヤーに爽快感を提供すること」です。これを実現するために、コースデザインは「高速移動中の流れを邪魔しないこと」を強く意識しています。ループやカーブ、坂道といった要素が随所に組み込まれ、プレイヤーがスピードを維持しながら進むことで一貫した爽快な体験を得られるように設計されています。一方で、プレイヤーがテクニックを使ってスピードを最大化する自由度も提供し、熟練者にとっても楽しめる構造となっています。
3. Shenmue (シェンムー)
コンセプト: 「現実世界に近いシミュレーションを通じた没入型アドベンチャー体験」
ゲームデザインの概要:
「シェンムー」のゲームデザインコンセプトは、「現実の街で生きるかのような体験をプレイヤーに提供すること」です。そのため、ゲーム内では詳細な街並み、昼夜の時間の経過、NPCのルーチンなどが精緻に再現されており、プレイヤーがその世界での生活や探偵活動に没入できるようになっています。クイックタイムイベント(QTE)や自由度の高い探索要素が含まれ、リアルな世界の中で自分の選択が物語を形作るという感覚を強調するデザインが採用されています。
4. Metal Gear Solid (メタルギアソリッド)
コンセプト: 「隠密行動を中心とした戦略的ステルスアクション」
ゲームデザインの概要:
「メタルギアソリッド」のゲームデザインコンセプトは、「敵に見つからないように進行するスリルと緊張感をプレイヤーに提供すること」です。ステルスアクションの要素を強調し、敵に見つからないように環境を利用して進むというゲームプレイが中心に据えられています。ゲームは、敵の視界、音の発生、隠れる場所などの要素を駆使してプレイヤーに選択肢を提供し、戦略的に行動するように促します。この隠密行動の緊張感を強める演出(警戒状態や追跡状態など)も、ゲーム全体の一貫したスリリングな体験を支える重要な要素です。
コンセプトが無いとゲームプロジェクトはどうなるのか?
私は過去に、4つのゲームプロジェクトが途中で空中分解してしまった様子を見てきました。
その原因は一つではありません。
予算の減額、関係の悪化、開発の長期化、そして決定的なものとして「何を作りたいのか」というコンセプトが決まらなかったことが挙げられます。
このブログでは、その経験をもとにコンセプトを持つことの重要性と、それが無かった時に起きる問題についてお話しします。
ゲームプロジェクトが途中で空中分解してしまう要因の多くは、開発チーム内でのビジョンの共有が不足していることにあります。
現場のスタッフからは「何を作りたいのか分からない」「このゲームはどこに向かっているのか」といった声が出ていましたが、それが上層部に届いても具体的な対策が取られることはありませんでした。
つまり、プロデューサーやディレクターが明確なコンセプトを立てる動きを取らなかった、あるいは取れなかったのです。
などなど色々な問題が考えられます。
ただその結果、現場のモチベーションは下がり続け、何度もコンセプトが変わる中で最終的に全体の意思が分断されてしまいました。
現場が自分たちの作っているものの本質が分からなくなると、モチベーションを維持するのは難しくなります。どの部分のデザイン、バトル、シナリオを見ても、それが全体としてどの方向を向いているのか見えないという状況です。
「3人のレンガ職人」とゲーム開発
ここで、イソップ寓話「3人のレンガ職人」の話を紹介します。
旅人が3人のレンガ職人に「何をしているのか?」と尋ねたとき、それぞれの職人は異なる答えをしました。
一人目は、「ただレンガを積んでいるだけだ」と答えました。この職人は単なる作業として捉えています。
二人目は、「教会を建てている」と答えました。この職人は自身の作業が全体の建物に結びついていることを理解しています。
三人目は、「人々の心を繋ぐ聖地を作っている」と答えました。この職人は、自分の作業の目的や、社会に対する影響まで深く理解し、誇りを持っています。
この話のポイントは、同じ作業でも、その目的や意味を知っているかどうかでモチベーションが大きく変わるということです。
そして3人目だけがコンセプトを持って作業をしているのです。
彼は自分の作業に誇りを持ち自発的に作業を行いあるいは120%のモチベーションで作業を行うでしょう。
レンガの積み方や必要なレンガの種類がわからなくなったとき、彼はすぐに必要な作業を考えることができるはずです。あるいは現場に新人が入ってきた時に、この仕事の意義を伝える良き伝道者となるでしょう。
あらゆる場面で彼は「コンセプト」を理解していることの効用を発揮できるのです。
これがコンセプトの力です。
ゲーム開発においても同じことが言えます。
コンセプトが無ければ、スタッフはただ「作業をこなすだけ」になってしまい、本当に何のためにそれを作っているのか見えなくなります。
一人目のレンガ職人のように、あたえられたタスクをこなすだけかもしれません。2人目のような場合、「アクションゲームを作っている」ことは理解していても、それがどんな面白さをユーザーに与えるかまでは理解できていないかもしれません。
ですがコンセプトがわかっていて、それがどんな面白さを生み出すかわかっていれば、彼は高いモチベーションで仕事をできますし、仕様書に書かれていないことがあったり、指示がないことがあっても、自発的に必要なことを読み取って作業をしてくれるかもしれません。
強烈なカリスマがいればコンセプトは必要ないか?
絶対的なカリスマである超伝説的ゲームクリエイターが中心におり、現場の人間全員がその人の猛烈な信者であり、彼の言うとおりに作っていれば絶対に面白い者が作れると確信があるならコンセプトなんていらないかもしれません。
こうしたケースでは、そのクリエイターの直感やビジョンが全体の羅針盤となり、チームメンバー全員がそれを軸に制作を進めることができます。
ただし、このモデルは強烈な個人のカリスマ性に依存するため、リスクも伴います。
具体的には、そのカリスマ的リーダーが不在になると、チーム全体が方向性を見失う可能性が高く、またそのリーダーの判断が常に正しいとは限りません。
したがって、このようなケースでも、少なくとも基本的なビジョンやピラーを共有しておくことで、リーダーが不在の際にもチームが適応できる体制を整えておくことは有効です。
また、そうした伝説的なクリエイターがいない、あるいは彼のビジョンを確実に理解し共有できていない場合には、やはり「コンセプトドキュメント」などの明確なガイドラインを持つことが、プロジェクトの安定性と成功のために不可欠となります。
この点で、コンセプトを共有することの価値は、カリスマ的リーダーがいる場合でも保険として重要であり、特にリーダーの判断力が発揮されにくい複雑なプロジェクトや、多様な意見が交差する環境下では、より一層その価値が増します。
また、現代のゲーム開発は肥大化・長期化し、多数の開発者が関わるため、絶対的なカリスマ的リーダーの存在に頼る開発方式はリスクが増しています。
現代のゲーム開発は大規模なものになると100人を越えることはザラです。そういった場合、コンセプトがドキュメント化されていないと、リーダーのビジョンが末端の開発者に伝わりづらく、方向性の統一が困難になります。
コンセプトはたとえば、ちょっとした扉の仕様を書く場合でも、街の看板をデザインする場合でも生きてきます。
また、最近のゲームは開発期間が3年以上に及ぶことが一般的であり、その間、リーダーへの信仰や信頼を維持し続けるのは現実的に難しいのです。
開発現場の外から見た場合、カリスマはメディアで取り上げられ、素晴らしい人格やスターに見えるかも知れませんが、カリスマといえど人間です。
接する時間が長いほど問題も見えてきますし、信心が下がっていくこともあるでしょう。
このため、カリスマによるトップダウン方式は、現代のゲーム開発の規模と多様性に合わなくなってきていると感じます。
逆に、強いコンセプトがあれば、全員が「自分たちはこの壮大なゲーム体験を作っているんだ」という共通のビジョンを持つことができ、モチベーションが上がり、作業に意味が生まれるのです。
「適応課題」としてのコンセプト設定
プロジェクトが空中分解してしまう背景には、「適応課題」としてのコンセプト設定の難しさもあります。適応課題とは、単純な問題解決ではなく、組織全体の適応や変革を必要とする課題のことです。
例えば、開発チームとプロデューサー・ディレクターとの間で風通しが悪く、コンセプトを立てること自体が困難だったケースです。
何度も承認プロセスが複雑で覆される中で、誰も積極的に全体のビジョンを共有しようとしなくなってしまうことがあります。
適応課題の理解を深めるために、具体的な例を挙げてみましょう。
例えば、あなたが学校で文化祭を企画しているとします。
しかし、クラスメート同士で意見が合わず、先生への承認プロセスも複雑で、最終的にどの出し物をするのか決まらないまま時間だけが過ぎていく状況です。
ここでの「適応課題」とは、単に「出し物を決める」ことではなく、「クラスメート全員が協力し、共通の目標に向かって一致団結すること」です。
意見が対立し、コミュニケーションがうまく取れない状況こそが、適応課題として立ちはだかっています。
例えば、「先生が怒りっぽい人で、文化祭のリーダーが過去に先生に怒られた経験があり、それがトラウマになっている」という状況を考えてみてください。
また、「先生の方もリーダーに対して偏見を持っており、その結果、リーダーと先生との間に心理的な壁がある」場合もあります。
このような状況では、単なる技術的な問題や手続きの改善ではなく、お互いの心理的な障壁を乗り越え、信頼関係を再構築することが求められます。
しかし、この心理的な壁が明確化されていないため、外から見ると「なぜ進まないのか分からない」という問題が生じます。
これはまさに適応課題の典型的な例です。
具体的に問題となっているのは、意見の不一致や情報の共有不足、そしてコミュニケーションの壁です。
この状況を解決するには、単に誰かが決定を下すのではなく、全員が納得し、自分の役割を理解するように話し合いを促進する必要があります。つまり、全員が同じ目標を共有し、それに向かって行動する適応力が求められるのです。
ゲーム開発においても同様に、適応課題を解決するためには、開発チーム内で明確なビジョンを共有し、そのビジョンに基づいた方向性を全員が理解することが不可欠です。
例えば、プロデューサーやディレクターが全体のビジョンを率先して共有し、コミュニケーションを改善することで、風通しの良い環境を作り出し、全員が一致団結してプロジェクトに取り組むことが可能になります。
しかし、現実には内部で解決が難しい適応課題も存在します。
そのような場合には、外部からプロジェクトマネージャー(プロマネ)を雇い、大きな権限を与えることも有効です。
さらに、外部のコンサルタントを雇うことを検討するのも一つの手段です。これにより、客観的な視点からプロジェクトを見直し、根本的な問題を明らかにしやすくなります。
ですが現実的な話をすると、開発が硬直し空中分解が予測できるようなプロジェクトのほとんどは、「もはやどうしようもない状況」に陥っていることがよくあります。
私が見たほとんどのケースでももはや手の施しようのない状況で、「神の如き超凄腕のプロマネ」でもいなければ解決できない状況でした。
恐らく、プロジェクト初期の段階や、量産に入る前の段階で「明確なコンセプト」を立てられなかったプロジェクトは99%崩壊すると思います。
強引に発売にこぎつけることはできるでしょう。ただし高い評価や売上げは期待できません。こういう場合、マスター後や発売後に離職者が大量に出るケースもあります。
ある程度まで行ってしまった、コンセプト不在のプロジェクトはもう手が付けようが無いことがあります。
末期に陥ったプロジェクトには様々な処置を用いる必要があると思いますが、場合によってはプロジェクトを畳んだ方が良いという判断も必要かもしれません。
適応課題が長引き、状況が改善しないまま続くのは、プロジェクトにとっても、関係する全てのメンバーにとっても大きな負担となります。
絶対に終わらない「妖怪のごときプロジェクト」とは何か
ゲーム開発現場で「絶対に死なない妖怪のようなプロジェクト」が生まれることがあります。これは、どんなに状況が悪化しても終わらせることができない、不気味に生き延びるプロジェクトです。
社長案件や会社の事情など様々な事情が考えられますが、そういった場合、絶対に中止できないプロジェクトとして存在し続けます。
そのため、コンセプトも無く、面白さも感じられないまま何年も続き、チームメンバーは次第に絶望感を抱くようになります。
このようなプロジェクトは実際、ゲーム業界で非常に多く存在するようです。まるで目的も無くレンガを積み続けるだけの作業に思えます。
これがさらに悲惨なのは、「レンガを積んで壊す」作業を繰り返すような、いわば地獄のようなプロジェクトになってしまうことです。
最終的には、世に出てしまう大金と時間を掛けすぎたにも関わらず、出来の悪すぎるゲームとしてリリースされることも少なくありません。
たとえば、「オーバーウォッチのようなゲームや原神みたいなゲームを作れ」という指令を社長のような偉い人が、部署に下すとします。
しかし、それはただの命令であり、ビジョンや明確なコンセプトは欠如しています。
トップから「オーバーウォッチのようなゲームや原神みたいなゲーム」という指令が下りてきた場合、現場はそれに従うしかなく、コンセプトを後付けで作り出そうとします。
しかし、トップには具体的なビジョンがないため、何を持っていっても納得されず、プロジェクトは何年も迷走し続けることになります。
もちろん、トップダウンで指令を下されてもうまくいくことはあります。本当にすごいことだと思います。そういった場合は非常に優れたコンセプトの提示に成功したからでしょう。
コンセプトを見える化する資料を作る
コンセプトは、ゲームデザイン、シナリオ、キャラクターデザイン、レベルデザインなど、全ての要素の根幹となる指針です。
コンセプトが明確であれば、スタッフ一人ひとりが「自分の仕事がこのゲーム全体にどう貢献するか」を理解しやすくなります。
これにより、制作における迷いやブレが少なくなり、結果的にプロジェクトがスムーズに進行します。
そのため、コンセプトを明確化するためには、コンセプトを記載したドキュメントをチームに共有することが非常に有効です。
このドキュメントには、ゲームのコンセプトと、それを支える「ピラー(柱)」が記載されています。
そして、それらコンセプトとピラーに対して、各ゲームデザインやシナリオ、キャラクターデザインがどのように結びついているのかを図式化した資料も含めるべきです。
これにより、全ての開発メンバーが自分の作業と全体のビジョンとのつながりを理解しやすくなります。
まとめ:コンセプトの重要性を忘れないために
ゲーム開発において、コンセプトは単なるアイデア以上のものです。それは、プロジェクト全体を導く「羅針盤」であり、全てのスタッフが同じ方向を向くための共通のビジョンです。
このビジョンが無ければ、プロジェクトは進む方向を見失い、空中分解してしまう可能性が高くなります。
イソップの「3人のレンガ職人」の寓話を思い出してください。
コンセプトがあることで、私たち全員が単なる「レンガ積み」から「壮大なゲーム体験を創造する」ことに変わるのです。
クリエイターにとってこの情熱は偉大です。何も言わなくても120%の力を発揮してくれます。信じられないようなポテンシャルを発揮し、その人の持っている創造性を存分に発揮してくれるのです。
だからコンセプトが大事なのです。
コンセプトは、プロジェクトの成功にとって、かけがえのない力をもたらします。コンセプトを立て、共有し、それを指針として進むことで、ゲーム開発は一体感と充実感に満ちたものとなるでしょう。
コンセプトを明確にし、それをドキュメントとして記録し、共有することは、開発チーム全員が同じ目標に向かって進むための重要な手段です。この一体感こそが、素晴らしいゲームを生み出す力になるのです。