Flying Report -中村直幹がドイツから始める2026年への飛行計画-
FISスキージャンプ・ワールドカップ男子2022/2023シーズンが開幕した。
日本代表の中村直幹は、2021/2022シーズン終了後の 6月からドイツを拠点にトレーニングを行い、サマーグランプリなどの試合にも出場して準備を進めてきた。
シーズン開幕直前に大倉山(札幌市)で行われたUHB杯で優勝、NHK杯で3位と、準備の順調さを見せ、今シーズンでの期待が高まっている。
これから毎週のように試合が行われていく前に、あらためて昨シーズンからの経緯を振り返り、今シーズンに賭ける彼の思いを聴いた。
ヨーロッパの武者修行で自分を変え、北京へ。
ワールドカップ2021/2022シーズンの初戦Nizhny Tagil(2021/11/20 ロシア)では4位に入り、2018/2019シーズンからフル参戦して以降、最高の滑り出しになった。
新型コロナウイルス禍の中で、このような結果を出せたことに、前シーズンとの違いが何かあったのだろうか。
「2021年の夏にヨーロッパで武者修行して、乗り越えられたのが大きかったですね。」
2021年8月~10月まで、中村は単身でヨーロッパに乗り込み、現地でトレーニングと試合を積み重ねた。
スキージャンプのサマーグランプリが開催される期間に、これまでにも多くの日本人選手が現地に赴いた。これら多くのスキージャンプ選手は実業団など、どこかのチームに所属しており、海外遠征では、チームの一員として参加し、現地の拠点もスタッフが手配してくれるのが通例である。
しかし、実業団などに所属せず、個人で活動している中村の場合、現地の練習環境を自分で探し、確保しなければならない。このような事前準備について、中村はどのように行ったのだろうか。
「事前には、現地に行くことだけ決まっていて、無計画で現地入りしました。スキージャンプ選手として日本人として、現地の人や環境に受け入れてもらえるかわかりませんでした。でも、現地に行った方が絶対にレベルアップできるはず!の一心で行きました。」
現地入りすると、思いあたる知人たちを頼りに声をかけまくり、生活拠点と練習環境を確保し、試合についても、オーストリア選手権など現地の試合に飛び入り参加した。
しかし、急にやって来た日本人選手の参加を、そんな簡単に認めてもらえるものなのだろうか。
「現地で試合のことを知って、試合に出たいな~出たいな~とアピールしていたら、関係者に問い合わせてもらえました。所属を一時的に現地のチームと掛け持ちにすることで参加できるという奇跡がおこりました(笑)」
中村の人懐っこいキャラクターと押しの強さで試合に参加できたとしても、実際のところ、現地の関係者や選手の反応はどうだったのだろうか。
「現地や世界のスキー連盟の人が『おー来たらしいなー』と声をかけてくれて、『来てみましたー』って返したら面白がってくれました(笑)。そうやって人とのつながりが増えていって、サマーグランプリが開催される頃にはアウェー感が全くゼロになっていました。一緒に練習していた人たちと一緒に試合に出る、そんな感覚がありましたね。」
単身で現地に飛び込み、練習だけでなく、生活や交流も含めて上手くやれたことが自信に繋がり、ワールドカップ初戦の好成績につながったのかもしれない。
シーズン前半は好調を維持し、Zakopane (2022/1/15 ポーランド)での団体戦メンバーにも選ばれ、3位に入ることができた。
北京オリンピックの日本代表メンバーにも選ばれ、高ぶる気持ちを感じながらワールドカップの試合を通してオリンピックの準備を進めていくつもりだった。
しかし、オリンピックが近づくにつれて、うまくいかないことが増えていった。
地上のトレーニングで体は問題なく動いているのに、飛んでみると何かがおかしい。
オリンピック前の最後の試合Willingen(2022/1/30 ドイツ)では18位に入ったものの、フィジカルの調子の良さを考えると、もっと上にいけたはずだ。1月中盤以降のリザルトには納得がいかない。
フィジカル? 技術? 何らかの狂いが生じているのかもしれない。
そんなモヤモヤ感を抱えたまま、北京オリンピックを迎えることになった。
今の自分と世界との差、思い知らされた中での光明。
念願だったオリンピックの出場が叶い、足を踏み入れた舞台は、中村の目にどのように映ったのか。
「自分では普段どおりにしているつもりでも、何かが違うと感じました。練習の日程や流れがワールドカップと違いましたし、自分がジャンプを飛ぶことで周りの反応も違いましたね。ファンや試合関係者、メディアの方々の顔ぶれも人数もかなり違いました。そこに気づいて考えている時点で、ワールドカップとは違う向き合いかたをしていました。」
初めて出場したオリンピックは、「ノーマルヒル:38位、ラージヒル:29位、団体:5位」という結果で終えた。
決して納得のいくものではなかった中で、中村には何が残ったのか。
「技術、メンタル、コンディションづくりも含めて、今の自分のレベルと課題がわかりました。自分の周りの環境に足りないことにも気づけましたし、競技だけでなく、自分の人生観というか、人生の中でやりたいこともわかってきました。これはワールドカップでは気づけなかったことです。オリンピックに出場できて、本当に良かったです。」
オリンピックを終えてヨーロッパへ戻ると、ワールドカップの試合が再開された。
オリンピック前から続く連戦での蓄積した疲れもあるのか、中村の調子は戻らず、試合の結果は満足できる内容でなかった。
2021/2022シーズンの最終ランキングは31位で、2020/2021シーズン(34位)より順位をやや上げたものの、目標とした15位以内に入ることができなかった。
「15位以内のレベルになるとシビアで、少しのミスで順位が下がります。そんなレベル感でやりたかったのですが、シーズンの終盤は完全に疲れ切ってボロボロでした。」
オリンピック前から感じていた何らかの狂いや違和感は、結局、何が原因だったのだろうか。
「シーズンを終えてから気づいたのですが、スキー板の選択を間違っていました。1月から使い始めたスキー板が、しなりの柔らかい板で、跳ね返りが少ないというか。飛んだときにスキー板をフラットにして、前に進みたいのに、板が反ってブレーキになっていたのが原因でした。」
スキー板は、1シーズンに概ね2本の板がメーカーから供給され、年ごとに板の特性が違う。メーカーの方針や職人の違い、部材の違いなどにより特性が変わる。また、同じ板でも使っていくうちに板のハリが変わり、よりしなるようになっていく。
スキージャンプ選手は、このような板の特性に加えて、試合ごとに変わるジャンプ台の特徴にも対応しなければならない。毎週、試合に臨んでいく中で何らかの違和感を感じたら、それが自分の体や技術のためか、道具が変わったためなのかを総合的に判断し、修正していかねばならない。
「道具の見極めが上手くいかなかったことに加えて、その違和感を言葉にできなかったので、コーチに伝えることもできませんでした。当時の状態なら、古い板に戻すべきでした。今、思い返してみると、良い結果を残した選手は、古い板に戻していました。彼らが意図的に古い板に戻したのか、感覚でやっていたのかわかりませんが、こういうところが彼らとの差で、そこに気づけたことはよかったです。」
飛んだ先に見つけた、リザルト以外の新たな可能性。
オリンピックに出場し、ワールドカップランキングの順位を上げたものの、たくさんの課題も見つかった。
中村は2022/2023シーズンを見据えて、6月からドイツに拠点をおき、現地でのトレーニングや試合にのぞんだ。夏のヨーロッパ武者修行という意味では2年目になり、1年目との違いは何かあったのだろうか。
「ヨーロッパに拠点があれば、今回のようなシーズン終盤の疲れも軽減できると思いますし、自分の居場所に戻りやすいというのは精神的に大きいです。日本からの遠征だと代表メンバーや関係者とか、人との関わりが固定してしまいます。これが悪いわけではないのですが、普段と違うコミュニティの人たちと会うことも増やせば、新たな刺激を受けたり、頭がスッキリしたりもするので、環境を変えてみることにしました。」
中村が関わるコミュニティの一つとして、2020年の秋から始めたオンラインコミュニティ「Flying Laboratory」がある。
立ち上げから2年が経った今春、活動のプラットフォームがリニューアルされ、FacebookからDiscordに変わった。
自分のコミュニティをもつという、スキージャンプ選手の中では異色といえる活動は、中村自身にどんな影響をもたらしているのだろうか。
「みんな優しいですし、スゴいコミュニティができました。僕がワールドカップやオリンピックに出ることで、ドキドキするような人がたくさん増えることは、僕のアスリート人生にとって大切なことです。」
不調に苦しんだ2020/2021シーズンのワールドカップや世界選手権では、コミュニティメンバーの応援が励みになった。
北京オリンピックや2021/2022シーズンでは、コミュニティメンバーにとって、中村や日本代表チームの存在がより身近に感じられたという声も聞くことができた。
このようなことから競技成績だけでなく、競技と向き合った先の広がりも感じられた。
中村とコミュニティのメンバー、双方の関係性が少しずつ深まってきた中でのプラットフォームの変更。ここにはどんな思いがあったのだろうか。
「自分の身近な距離感で応援してもらえることを、僕が実感できるのは、とても大きなことで、こんな関係性をもっと増やしたい、増やしていかねば!と思うようになりました。これをさらに発展させるには、オリンピックのような注目してもらえるタイミングで変えるのがチャンスと思い、プラットフォームを変えました。でも、いきなり変えちゃったので、みんなびっくりしちゃったと思うのですけど。」
中村はこのコミュニティ「Flying Laboratory」を通して、スキージャンプ以外の活動を広げようとしている。
Facebookグループでの「Flying Laboratory」を第1期とすると、Discordでの第2期では、SDGsや社会貢献性のある取り組みをアップデートしていこうと考えている。
この取り組みを通して、ファンだけでなく、企業からの支援も得ることができれば、自分ができることの可能性も広がる。
「僕がいつまでスキージャンプ選手をできるかわかりませんが、仮にあと10年できるとしたら、僕に関わってもらえる10年を通して、何か充実したものになってもらえたら嬉しいです。みんなで楽しみながら取り組んだ結果、誰かの役に立つことができたらいいなという、心持の軽さでやっていきたいですね。」
この冬と、さらにその先のために。
7月~10月に行われたサマーグランプリでは、6試合に出場して総合ランキング13位、帰国後のUHB杯とNHK杯でも好成績を残した。
そして、2022/2023シーズンが開幕し、2戦が行われたWisla(2022/11/5,6 ポーランド)では、第1戦で30位、第2戦で11位に入り、まずまずの滑り出しになった。直近の第4戦Ruka(2022/11/27フィンランド)では3位になり、ワールドカップで自身初の表彰台に立った。
「来年には世界選手権があって、その先の2026年にはオリンピックもあります。昨シーズンの結果でやるべきことがはっきりしたので、あとはやるだけです。どうすれば良いかと悩んで五里霧中になるより楽ですね。以前よりも、競技への考えや環境とか、いろんな意味でアップデートできたので、さらに上を目指したいです。」
始まったばかりの2022/2023シーズン。
スキージャンプ選手として、どんなアップデートをみせてくれるのか期待が高まるとともに、競技以外での動向も気になるのが中村のキャラクターと言える。
新たなタイプのアスリートとして、今シーズンもわくわくドキドキさせてくれるに違いない。
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文・編集: シュウメイ
●Flying Laboratory Web
●中村直幹 YouTube
●中村直幹 Voicy
●中村直幹 Twitter
●中村直幹 note
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