フライトシミュレーター真面目な活用法②
トムハンクス主演2016年の映画ハドソン川の奇跡(原題:Sully)で有名になったUSエアウェイズ1549便の事故
最後のシーン公聴会でのNTSB(国家運輸安全委員会)が提示したフライトシミュレーターでテストパイロット達が見せる「ほら空港に戻れるでしょ」というシーンを見た時に違和感を感じたのはパイロットであれば私だけではないはず。脚色されていることを信じたいというのが本音だ。NTSBともあろうものがヒューマンファクターを入れずにあのシミュレーションをしたとはとても思えない。
実はエンジンが止まってどう反応するかという実験は玉那覇は嘉手納基地での教官時代に数多くデモンストレーションしてきた。
シナリオはこうだ。
離陸後にエンジン故障して空港に戻るケースを訓練生とディスカッション。手順は?速度は?ピッチは?トリムは?戻れるか?戻れないか?高度どれくらいであれば戻れるか?戻るときのルートはどうなるか?180度旋回で戻れるの?離陸した空港はズレてない?滑走路に真っ直ぐ入るためには何度のターンなの?急旋回では高度落ちない?緩い旋回では遠くにいかない?などの質問を訓練生の回答から与えていく。
まだここにヒューマンファクターは入れないし、話にも出さない。
大体の訓練生は1,000フィートあれば戻れるという結論に達する。
嘉手納基地のトラフィックの量はハンパないのでこの訓練は夜間に実施することが多い。事前に訓練の一環として管制官に離陸後Upwindを継続して1,000フィートに達したら同じ滑走路に反対側から進入着陸する事を伝えておく。
訓練生には高度計表示を伝えながらあと何フィートという情報も与えつつ1,000フィートに達した瞬間にスロットルをアイドルにするよと伝えておく。
事前に準備した手順と心の準備を持って開始
はい!1,000フィート!エンジン故障!
ピッチをさげ適切な速度を維持しながら、旋回開始、180度旋回したところで予定通り滑走路はズレているから継続して旋回、滑走路にアラインして、短いながらもショートファイナルを作って着陸。
訓練生からは少し安堵した表情で
できた!
そこでヒューマンファクターの質問を出す
今のシナリオって事前に知ったよね。全て準備してたよね。仮に離陸後エンジンなんか故障しないと思って飛んでたらどれくらいアタフタして時間も高度もロスすると思う?
映画のような35秒という数字は当時も知らなかったが、訓練生の表情が一気に曇るのがわかる。
そこから訓練生の離陸直後だけではなく、フライト中にエンジンが故障したらどこに降りるか、どの手順を踏むかという意識が一気に変わる瞬間だ。
経験させることが早い
百聞は一見にしかず
その後の訓練生のシミュレーターの使用頻度は一気に増える。本人の目的意識が一気に高まったから自分で勝手に色んなシチュエーションを作って勉強し始める。
サリー機長の話の中に常にどこに不時着するかを意識していたという話がある。日頃から飛んでいたニューヨークではハドソン川を頭にいれていたようだ。そうでなければ管制官の誘導通りに空港に戻され大都市に墜落という大惨事になっていたかもしれない。奥様を小型機で山に飛んで遊びに行く計画の時も奥様に対して「安心しなさい。何かあったら湖や川や人が探せるところを既にピックアップしているから大丈夫」と声かけしていたそうだ。