誕生日
『やっと終わった。』
残業を終えた井口はそそくさと帰り支度を始めた。
すでに自分しかいないオフィスの戸締まりをすませて帰路につく。
入社してから五年が経つが年々忙しくなっているように感じていた。残業の毎日で日を跨いでの帰宅も珍しくない。
ふと携帯を開くと一通のメールが入っていた。確認すると母から"誕生日おめでとう"というメッセージとともに慣れない絵文字が添えられている。
思わず顔がほころんだ。
そうか…おれ今日誕生日か…。
忙しい毎日で自分の誕生日の事すらすっかり忘れてしまっていた。
はあ。自分の誕生日も忘れるくらい忙しくなるなんてな。学生の時の自分に教えてやりたいよ…。
そんな事を思いながら帰り道にあるコンビニに立ち寄りビールを数缶カゴに入れた。つまみを選ぼうとスイーツコーナーを通った時ショートケーキがある事に気が付き、一瞬迷ってカゴに入れる。そそくさと会計を済ましてコンビニを出た。
コンビニから10分程歩いて自宅に到着する。
ガチャ
鍵を開けて玄関の扉を開いた。
パン!パン!パン!
突然の破裂音に驚き井口はその場に尻餅をついた。
目の前にはクラッカーを持った三人の男女が立っている。
『ハッピバースデイトゥーユーハッピバースデイトゥーユーハッピバースデイディア井口~!ハッピバースデイトゥーユー!おめでとう~!』
三人は声を合わせて歌いろうそくのついたケーキを井口の目の前に差し出した。
井口は戸惑いつつもその火を消した。
"イエーイ!"
"パチパチパチ"
『どお?サプライズ!誕生日おめでとう井口!』
三人のうち唯一の女が嬉しそうに言った。
『いや…こりゃ驚いた。はは…腰が抜けたよ…。』
『ははは!井口スゲー顔してるぞ!驚かせすぎちゃったな!』
男が笑いながら言った。
『でも日付変わるギリギリ間に合ってよかったよ。仕事忙しいんだな。』
もう一人の男も笑顔でそう言った。
『いや、ありがとう。ただ、まだ驚いてるんだ …。』
『顔見りゃ分かるわよ。さ、早くなかに入ってケーキ食べましょ。』
『あ、ああ。』
三人は先に居間の方へ歩いて行った。井口も後を追う。
買ってきたビールを一缶取り出して残りを冷蔵庫に入れた。
その様子を見て女が口を開く。
『あ、先に乾杯しよっか!皆ほら、ビール持って!』
全員が各々自分の酒を手に取った。
『それでは主役の井口くん、乾杯の挨拶お願いします!』
『え、ええーっと…今日はわざわざありがとうございます。ただ1つ気になることが…』
『なによ。言ってみて。』
女が先を促す。
井口は一度唾を飲み込み三人の顔を確認すると再び口を開いた。
『あなた達は…一体誰なんですか?』