黒いギャング
一羽のカラスがこちらに向かって飛んできた。
スズメの群れがざわつき始める。
“ヤツよ”
“ヤツが来た”
“悪魔だ!”
“卵を守れ”
カラスは一直線にスズメの巣に向かって飛んで行き近くの枝に着地した。
“よう。久しぶりだな。”
にやりと笑うカラスに対して1番若いオスのスズメが対応する。
“な、何しに来たんだ!”
その言葉を聞いたカラスは声を出して笑い始めた。
“はーはっはっは。何しに来た…だと?いい度胸だなあお前。”
カラスの鋭い眼光で睨み付けられたスズメは思わず目を逸らした。
“腹が減ってんだ。卵1つ貰っていくぞ。”
“やめて!卵には手を出さないで!”
メスのスズメが必死に懇願しながらカラスの前に立つ。
“黙れ邪魔だ!殺されたいか!!”
カラスは翼を大きく広げて威嚇した。
スズメ達はメスのスズメに諦めるよう促し、泣く泣くカラスに卵を1つ渡した。
“お願い…もう来ないで…”
メスのスズメが泣きながら声を絞り出して言った。オスのスズメが抱き寄せる。
“さあ…約束は出来ないなあ。”
カラスはそう言い残して飛び立った。
周りにいるハトやシジュウカラなどの鳥達は卵を咥えたカラスを見てスズメに対する同情の顔を浮かべた。
この街でカラスは他の鳥類から恐れられ、同類はもちろん時には人間にも襲いかかる姿から「黒いギャング」と呼ばれていたのだ。
鳥類だけでなく人間からも嫌われていたカラスは何羽か戦いの末に敗れて死んでいった者もいた。その為カラスにとって人間は天敵であった。
それから数日が経ったある日
例のカラスは次の標的を決めていた。
その相手は人間だった。縄張りの近くに住むその男は身体が細く、なんとも気の弱そうな見た目をしていたのだ。
男が近くのコンビニから出てくる時、決まって食べ物の入った袋を持っていることをカラスは把握していた。
この日も例のごとくコンビニから食べ物の入った袋をぶら下げながら出てきた。
よし、今だ!
カラスは男の頭めがけて急降下して行った。
足が触れるか触れないかのギリギリを狙って男の頭上を通り過ぎる。まずは牽制だ。だが男は動じずに歩き続けている。
カラスは二度目の攻撃にでた。
今度は頭に軽く爪を立てる。
流石に驚いた様子で男は頭を押さえた。
『びっくりしたあ!』
そう言いながら自分を襲ったカラスを確認する。
『なんだ君か。最近よく見かけるね。』
カラスは戸惑った。
『君はくちばしが太くて頭に特徴があるから覚えてるんだ。お腹が空いてるのかい?ちょっと待ってね。』
そう言って男はコンビニ袋から唐揚げ棒を取り出し、そのうちの一つを串から引き抜いた。
『ほら、これでよければお食べ。』
肉を手に乗せカラスの方へ差しのべる。
カラスは罠じゃないかと動揺したが食欲には勝てずすぐにその肉を男の手から奪い取った。
男は満足そうにカラスに対して笑いかけた。
その日から男はカラスを見かけるたびに話しかけてくるようになった。
“おはよう”から始まり、“今日はいい天気だね”だの“暑いから熱中症に気を付けてね”だの人間同士の会話かのように声をかけてくるのだ。
カラスも最初は警戒していたが徐々に心を開き一日一回は男の家の前に現れるようになった。
今まで様々な人間を襲って忌み嫌われてきたカラスにとって敵意の無い相手に出会ったのは初めてだった。
“人間も悪いやつばかりじゃないのかもしれないな”
不思議と穏やかな感情が芽生えるようになっていた。
“あいつはいつもなにか食べ物をくれるからな。今日はオレが木の実でも持っていってやるか。”
そんなことを考えながらカラスは木の実を口に咥え、男の家に向かって飛んでいた。
その時身体に衝撃が走った。
うまく飛べず地面に落下する。
『よっしゃー!見たか!命中したぞ!』
『スゲーかっちゃん!』
そこには中学生の少年が二人立っていた。かっちゃんと呼ばれる大柄で坊主頭の少年がカラスめがけて石を投げ見事命中したのだった。
カラスは痛みで起き上がれなかった。
『前に俺のコロッケを奪い取った仕返しだ!ざまーみろ!』
少年二人は嬉しそうにはしゃぎながらカラスに近づいた。
“く…野郎…油断したぜ…”
『かっちゃん、こいつまだ生きてるよ!とどめさそうよ!』
『そうだな、こんな害のある生き物は駆除してやらないとな!』
そう言って少年はさっきより大きな石を拾い上げた。
“ちくしょううまく身体が動かねえ…。あいつが…あいつが待ってるのに…。”
少年が振りかぶる。
“木の実…渡したかったなぁ…。”
カラスは目を閉じた。
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男はいつもの時間に庭に出た。
夕方のこの時間帯に庭の手入れをする事が日課になっていた。
しかしいつものカラスの姿が無い。
辺りを見回してもどこにもいなかった。
『遅いなあ。今日はせっかくうまい飯食わせてやろうと思ったのに…。ま、気長に待つか。』
そう言って男はカラスが現れるのをずっと待ち続けた。