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いかにして自身が好コンビニ性人類と成り果てたか
唐突に見知らぬ中卒アルバイトのオッサンがくだらない豆知識を大上段に何を偉そうな、訳の分からん奴と思われるかもしれないが、世界は存外に広いもので、世の中には好蟻性昆虫と分類される生き物がいる。
蟻の巣に住み着いては自分の正体を誤魔化し、エサをちょろまかしたり安全な巣の中で天敵をやりすごしたりするちゃっかりした生き物のことだ。こんなうろんで胡散臭い生き物が、地球上には結構な種類うごめいている。
匿名だから書ける、恥の多い人生
持病の喘息で入退院を繰り返し、生死の境を彷徨って、出席日数が足りず思い余って高校を中退するなりその最悪の体調から引きこもりきりの生活で過ごした十代の後半。持病とは無関係に荒れ狂う家庭環境も手伝って、自分の人生のスタートは小児喘息の寛解と父親の蒸発を経た23歳の春だった。
それから十数年間、就職もできずに近所のコンビニで働いては糊口をしのぐ生活を送っている。持病のせいでまともな職につけない母親と半端な年金しか支給されない祖母の収入を合わせて適当に何も考えずに暮らしてきた。
コンビニが潰れては他のコンビニにすかさず移り、たまには派遣工をやってみるものの金にならず続かず、そんなことを繰り返してもう39歳。
失業
この年の瀬に勤務するコンビニのオーナー交替に従って、シフトの大幅削減を言い渡され事実上の解雇。閉店での失職はあっても自分史的に解雇は珍しい。削減であって解雇ではないので勿論失業保険など出ない。どうやら新しいオーナーにとっては不法就労のネパール人のほうが途上国の土人を日本人として完璧に見下せる分、ベテランの日本人より使い勝手がいいらしい。意味不明だがコンビニなど意味不明の源泉だ。何となく理解もできる。
すかさず他のコンビニ求人に申し込むも、なかなか申し込みに対して返事がなく、無為に数日が過ぎる。大きな支払いが立て続き金のない時に限って収入が途絶える。おそらく赤い看板や緑の看板と仲良くしなければ冬を越せないだろう。生活一時金を貸し付けてくれる制度があるとはいうが、役所は文無しになれば話を聞いてくれるだろうか?望みは薄そうだ。通行人から寸借詐欺でもしたほうがまだマシだろう。
いつも簡単に決まっていたその運が良かったのか、それともほぼ40歳という年齢がいよいよアルバイトの口さえ見つけられない呪いと化したか。
応募先からの電話に慌てて応対するも、5日後に面接設定という悠長な話で本当に求人をしているのか不安に思う。祖母と母の唯一の娯楽である各種動画サブスクとWi-Fiだけは止めるわけにいかないので支払う。食費、更に切り詰める。酒もたばこも賭博もやらないつまらない中年の唯一の楽しみであるコカコーラゼロの購入もやめる。知人に教わったタイミーは仕事もなく稀にあってもほぼ経験者のみ、ようやく応募できても相手から即キャンセルで使いようがない。地方ゆえのことだろうか?株価が暴落しているとか、関係があるのかないのか。教養のかけらもない自分には何も分からない。
灰色の面接
近隣に建設中のコンビニのオープニングスタッフ募集から面接の知らせが入ったのはそんなときだった。長い秋を終えて急速に冷え込んでいく午後、一時間遅刻してきたことを謝罪するオーナーに促されて建設中の店内へ。床に大理石パネルが張られる前、コンクリート打ちっぱなしで配線も剥き出し。灰色一色の店内の中央にパイプ椅子を向かい合わせでの面接が始まった。
「あなたにとってコンビニってどういうものですか?」
唐突に尋ねられて答えに窮した。食い扶持以外の何物でもなかったからだ。ただそれを馬鹿正直に答えるのは、流石にためらわれた。おそらく大勢の人がそうだろう。おかしなやりがい搾取にハマっている悲惨な人や本当に充実して楽しんで仕事をしている人間以外はみな同じはずだ。金が要るから。
なんともシュールでエモエモの介なシチュエーションである。これまで十数年をコンビニ勤務に費やしてきた人間が、未完成の店舗の中央でこれを聞かれるなんて、ドン・デリーロのモダニズムやらエヴァとかまどマギみたいな手あかのついた自省的なセカイ系アニメみたいで中年には気恥ずかしい。
生活をエサに未完成の店舗の真ん中で踊らされているような気持ちだった。
結局、おもてなしとかホスピタリティでスーパーやドラッグストアと一線を画して高めの料金を頂く、接客でひとつ先んじるタイプのお店でしょうか?と顔色を窺いお茶を濁す結果になった。長々と新人育成論などを語られて辟易するも結局新しい店舗では望むだけのシフトをもらえないことが分かって丁重にお断りを入れつつやんわりとキープした。色々な面倒を我慢さえすればバイトを掛け持ちできないこともないだろうからだ。
コンビニとは?
すっかり冷え込んだ身体で自転車を漕ぎ、帰宅してからもずっと考えていた。便所の落書きの介にとってコンビニとは何なのか。十数年働けば普通の仕事なら一人前どころかプロである。確かに前進立体陳列によってスナック菓子の棚は一枚の鏡のようだし、ジャンブル陳列で合わせ買いキャンペーンの訴求も問題なく、売れ筋で新商品を挟んだダブルアタック陳列で最強だ。整理整頓清潔清掃しつけの5Sで店内環境の維持改善も完璧である。近年はAI化でやることも減った発注も、自動レジとATMで簡単になった精算送金も。およそ店内の仕事でできないことなどないだろう。
では何故、こんなシンプルな設問に答えられないのか。
理由は結構、びっくりするくらい単純だった。
そのコンビニとは何たるかという模範解答は必ず間違っているからだ。
ふつう、コンビニでは本部から売り上げ達成だの何だのと目標が設定され、その目標をこなしてより儲けの多い店舗を目指すことになる。当たり前のことだが、当たり前だけに難しい。というより無理だろう。半径数キロに同じチェーンがひしめき合う中でチキンの新商品をふだんの何十倍にも売り上げるなんて不可能だとすぐわかるはずだ。目標に合わせて増産したチキンはすべて廃棄という名のゴミになる。クリスマスケーキやうなぎ、おせち、おでん、一事が万事すべて同じ。
誤解を恐れず言ってしまえば、コンビニというのは「最低賃金で誰かを働かせて上前撥ねたらこりゃ儲かるぞ」と言われてホイホイ始めてしまうような騙されやすい人相手の悪徳商法みたいなものなのだ。何でそんなうまい話を教えてくれて全部サポートしてくれるんだろうとは思いもよらない。
儲けられては金にならない。制御も利かない。借金に借金を重ねさせ、くたびれさせ、判断能力を失わせ、法的手段に訴える気力も時間も奪い去る。達成不可能な目標を追わせ、失敗させ、借金を作らせて、証文を売っぱらう。
「便所の落書きの介にとってコンビニとは組織犯罪である」
好コンビニ性人類
これはコンビニに限らないような気もする。
無駄な偽物の目標を定められ、からかわれ食い物にされる。
初めから失敗が設定されていて、出口戦略がない。
名ばかり正社員だの遣り甲斐搾取だのが蔓延している中、話を合わせるだけ合わせて無茶な仕事を避けてコンビニに寄生する形で過ごしてきた。アルバイトと待遇が同じなのに、ハタラキホーダイプランに変更してもらう必要などないからだ。そこは蟻に任せ、話を合わせて蟻のふりをする。
巣の中にエサがあれば食べるし、賃金を得て蟻と同じように家に持ち帰る。
結局、自分を守るためにそうなったのだ。
小景、朝、キッチン
「まあ店長、そこはね、へんな話オーナーがどれくらいシフト入れてくれるかによるから……」
「いやいや落書きの介さんめちゃめちゃ仕事できますもん!ガイジンなんかよりよっぽど入れますって!レジもめちゃ丁寧で早いし」
「そりゃ無駄に長いんだから雑用も手早くなるよ、そんだけの話です」
「落書きの介さんじゃないと困るんだよなー、いやもう全部朝のラッシュまでにさっと終わらせてもらってさ、そこからもう他の仕事できますから……で、聞いて欲しいんですけど」
「何ですか?」
「クルーの衛生レベルをもっと引き上げていくと店内調理のメニューが増やせるんですよ。IH調理器使う隠しメニューとかあるんです」
「へぇ、IH?店で、コンビニで飯炊く以上に、実際に煮炊きするってこと?すごいな……そんなのあるんですか。知らなかった」
「普通のクルーさんのシフトだとこんなん朝やってらんないんですけど、落書きの介さんがきっちりやってもらえればやっていけると思うんですよ。そしたら店内で実際に注文もらってから作ったりもできますし、ほっともっとみたいに」
「…………いい考えだと思いますよ。そうだ、ホットドッグやポテトなんかも注文してもらって、ファストフード店みたいにイートインのテーブルにサーブしていくみたいな形にしたらどうです?コーヒーなんかもこっちで入れてお持ちしたりして。飲食店併設みたいなコンビニにしたら近隣と差別化できるじゃないですか。緑のお店はイートイン逆に廃止するらしいですし」
「いいですねぇ、いやほんとに、落書きの介さん。いい考えだと思います。このへん何もないですもんね、ファストフード」
「トレーやお皿も百均で揃いますし、あんまりお金かけずに始められそうですし、まあ自分がこのお店続けられるかはわかりませんけど」
「いやいや、落書きの介さん、ほんとよろしくお願いします。」
どれもどこかでストップのかかるあり得ない話。
だから自分はこう成り果てたんだと思う。