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ファーストデートの思い出 後編

↓前編

3.両想いを学ぶ

社会人になった私は、同じ職場の人間に恋をした。「好きな人ができた」と友人に言うのも、生まれて初めてのことだった。
私がこんなに身悶えをするような恋をすることになるとは想像だにしておらず。大した恋愛経験もなく未熟な私は駆け引きなんてガラでもなく、まっすぐ彼に好き好き光線を送っていた。

彼に仕事の仕方を教えて欲しいと頼めば、彼は持論を淡々と伝えてくれた。しかしその内容を聞くのもそこそこに、真剣に話す彼の横顔考えながら話す時に動く手指眉の形もみあげ頰の産毛などを穴が開くほど見ていた。その産毛に引火するのではないかというほど熱い眼差しであった自負がある。

彼は綺麗に右へ流れる美しいパーマをかけていたのだが、ある時それを切ると言い出した。「どうして切っちゃうんですか。素敵なのに」と悲しむと、彼は「彼女が短髪にしろって言うんですよ」と言った。心臓を握られたようだった。知ってはいた。知ってはいたのだが『彼女』というワードがいざ彼の口から出ると、斧を振り降ろされたような重く激しい打撃に変わった。

私がこの片想いを収束させる方法は2つと見ていた。
1つは彼と彼女の破局を虎視眈々と待つこと、もう1つはさっさと玉砕することであった。ちゃんと当たって砕けたい、と思っていた。礼儀知らずと思われることは承知だが、当たらずして勝手に自死する選択肢はなかった。
どちらにしても私の好意に気付いて貰うことが一番の近道だろうと考えた私は、思うがままに彼に好意をちらつかせた。
その日の帰り際にも「パーマ、最後にちょっと、触らせてもらってもいいですか…」と許可を得て、彼の髪に触った。何度も「もう一回触ってもいいですか…」「もうちょっと…」と繰り返した。「○○さんめっちゃ面白いですね!」と彼は笑っていたが、あとで思えばただの変態であった。
次に会った時には短髪になっていた。彼女のために短くなった髪。その髪を触りたい、と思った。
そのセットどうなってるんですか?と聞くと「触りますか?」と彼の方から身を屈めて触らせてくれた。彼女のために切った前髪が、カチカチに固められていた。それを思うと同時に、私の劣情が見透かされているように感じた。

彼が先に仕事を上がった後、彼がフルネームで署名をした会社の書類を見つけた。
その文字が、果てしなく愛おしかった。
その筆圧、文字の形。彼がこれまでの二十数年間この名前で生きてきて、何十回、何百回とこの名前を書いて、今この姿でいるのだと。彼の名前から感じる、彼の歴史、人生。
知り得ない彼の過去に思いを馳せ、いつまでもその文字を眺めていた。


「今度編成替えがあるんですけど、もしかしたら同じエリアになれるかもしれないですね」

と、ただの世間話とも社交辞令ともつかないことを彼が言った。なれるかもしれないから…なんだ!何が言いたい…!
その乙女の心を弄ぶような絶妙な言葉にも、即答で「なりたいです」と返した。彼は一瞬キョトンとした後、ふわりと微笑んで「また聞いておきますね」といなした。

駅で2人になったときは、「元彼さんとはどうして別れたんですか」と聞いてきた。1年くらい前に色々あって、と返すと「一緒ですね。僕も1年くらい前に元カノと別れたんですよ」と同調した。この人、今彼女いるんだよな…?今の彼女のことを何故すっ飛ばす…?という疑問はは口にせず。しばらく過去の恋愛の話をした。
別れ際に彼は「○○さんいい人ですし、きっと素敵な人と一緒になれますね」と微笑んで言った。
いや、君がええんや……と思いながら「そうだといいんですけど」と苦笑した。
いちいち意味深な彼の言葉、向けられる笑顔に私は沼に嵌っていくようにどんどん諦められなくなっていった。

もう一つ、私の奇怪極まりないエピソードを言いたい。(どういう心境)
彼と私は各々でLINEツムツムを嗜んでいた。最高スコア順にランキング形式でユーザーが表示され、ログインした際は自分とその上位1名、下位2名が表示されるのだ。とりあえず私は彼の視界に入ろうとスコアを調整しだした。自己最高スコアなんてどうでもよくて、彼のスコアに限りなく近いスコアを叩き出すことが目標であった。ちょうど良いスコアに落ち着いてしばらく他のことをしていると、まんまと彼からハートのプレゼントを贈られ飛び跳ねて喜んだものである。なんの意味もないアピールであるとは理解していたがそれだけで幸せな気持ちになったものだ。ハートのプレゼントやおねだりがある度にスクリーンショットも死ぬほど撮った。

そんな調子でいるものだから、私の好意なんて周囲の人間にはバレバレで、彼だけが「そんなことないやろ」と鈍感でいた。
彼の人間性も私の好意も知っている人は「彼はいい男だから諦めた方がいい。○○ちゃんにはまだ早いんじゃないかな」「他の人を紹介してあげるから」と諦めさせる方向へ持って行きたがった。
周りの声もあったからか、彼が少し素っ気ないように感じたり、実際に話す機会が前より少なくなったりして切なかった。

そんなヤキモキする日々をしばらく送った後、私はこの劣情を友人に吐き出した。LINEのやり取りもおっぴろげた。
彼が何を考えているのかわからない。妹のように思っているのか、優しさで言っているのかわからないがとにかく苦しい。とっとと当たって砕けたい。
「彼女がいる人の言動じゃないみたい」
「でも少なくとも嫌われてはないよね」
と意見を言ってくれて、1つ結論が出た。

今日、当たって砕けよう

ほらLINE開け、誘い文句考えろ、この顔文字がかわいいからこれにしな。とあれよあれよという間に彼を誘う文面を作り上げた。

一時期歌で収入を得ていたという彼に「歌聞いてみたいです」と言ったとき、彼は「じゃあまたカラオケ行きましょうね」と笑った。
これも軽くいなされたようだったし、そういう機会があればまたみんなで、ということなのかなんなのか不可解だったので、この発言を利用する他ないと思った。

「Kくん、カラオケいつ行くんですか?(友人渾身の絵文字)」

1時間、返信がなかった。22時。友人たちともお開きの時間となった。
寝たふりをしているのだ。面倒な連絡が来たと思われたのだ。それもそうだ。先輩として、同僚として、優しさを見せてくれていただけで、私の相手をするような卑しい人ではないのだ。

そう考えていると、帰りの電車の中で返信が来た。「いつにしようか、今週でも来週でも○○さんの都合に合わせるよ」という内容だった。

…な、なんでやねん。断ってくれよ。と思ってしまった。
またみんなで行く機会あったらそのときにでも〜みたいな脈ナシ100%みたいな文面をくれよ。どういうつもりなん。一途で彼女を大切にしていると聞いていたけど遊び人なのか。カラオケくらいなら女友達として行ってもいいという感覚なのか。私は真剣に好きなのに。脈ゼロな上に意識もゼロなのか?なんてタチの悪い…人たらしめ…

と嬉しい気持ちを抑え込むかのように、舞い上がってはいけない、罠かも知れない(なんの?)、と何があっても傷付かないよう必死に予防線を張った。
日時を決めれば、「久々に○○さんと2人で話したかったんです」「会った時に言いたいことがあります」なんて言い出した。
軽くパニックである。なんなんだ、なんで話したいんだ私と、言いたいことってなんなんや!!と沸騰しそうになりながらそれとなく返事を返した。
友人には「その人ほんとに大丈夫?」と心配された。私にもわからなかった。

迎えた当日。
故・留学くんとの初デートのときにも抱いた「彼、今日ほんとに来るのかな…」という思いが巡って仕方なく、母に吐露していた。
身支度をしながら流していたワイドショーの星座占いで、私の星座が12位だった。それを見て「あかんあかん!縁起悪いから他のに変えよ!」と心配してくれているようで面白がっている母が他のチャンネルに変えた。そこでも私の星座は11位だった。
彼、来ーへんかもな」と母が笑った。「やめてください」と彼女を睨んだ。

母の心配には及ばず、彼は待ち合わせ場所に居た。彼に馴染みがあるという街で、案内してくれるとのことだった。
改札前の柱にもたれていた。すらりと細いのに見上げるほどある背、柔らかそうな頰に沈むかわいい口角、意志の強そうな奥二重の瞳、厚い口唇、香水のいい香り。憧れる全てを携えた彼が、私を見てふんわりと笑って手を上げた。釣られて私もにやけた。

彼も言いたいことがあるそうだけれど、私も今日言えなかったらもう言う機会はない。浮かれながらも、今日で決着をつける。私の意志を伝えると決めていた。
カラオケの前に、メイン通りのレストランで昼食を食べた。私が代金を払うのは遠慮された。ただカラオケに行って解散!というものでもないんじゃ、いよいよデートではないかとドキドキした。

ハンバーグを食べながら、
「○○さんってみんなと話すじゃないですか。勘違いすると思いますよ。本当はどう考えてるのか知りたいです」
少し笑いながら、言葉が重くならないように彼は言った。
君に至っては勘違いじゃないぞ…と思いながら、彼も私のことを警戒しているのか、と仮定した。
好きな人とじゃないとそこまで深く話していない、ということと、彼の特徴を挙げて「こういう人が好きです」と答えた。彼はオレンジジュースを飲みながら、黙って聞いていた。

本来の目的、カラオケの中で事は起こった。
一通り歌い、耐えきれずに「かっこいい〜…っっ」と項垂れながら連呼し、私が彼の飲み物をせがんで間接キスを仕掛け、彼も私の飲み物に口をつけたすぐ後だった。
「言おうと思ってたことなんですけどね」と前置きをし、

あなたと話しすぎだと、職場の上司に注意されている。
最近少し話しているだけですぐに「私語が多い」と上司に囁かれ、なかなか話せなかった。○○さんと話すのは楽しいから、本当は話したかった。仕事のことで悩んでいるようだったしもっと色々言ってあげたかった。
上司は、僕と話してるときの○○さんが女の顔になっているからあんまり近寄りすぎるな、期待させるなって言うのだけど、別にそんな感じじゃないじゃないですか。確かに仲はいいけれど。
そうじゃないと思うと言ってもわかってくれなくて。

これが最近話せてなかった理由なんです。と申し訳なさそうに締めくくった。
赤面した。つまり、周囲にもバレバレな好意が迷惑なのでは。彼は頭がよく気遣いの出来る人だから、それを物凄くオブラートに包んで伝えてくれたのでは。彼の優しさに甘えて、彼女がいるのに一丁前に恋愛対象として見て、卑しすぎたのだ。というか女の顔って、大正解やんけ…、と、私は恥ずかしくなった。言ってしまうなら今しかないと確信した。

「ごめんなさい、確かに好意はあります」

彼は驚いていた。

「彼女さんもいらっしゃるし、周りの目もあるし、迷惑でしたよね。つい優しさに甘えて」言い切る前に「全然迷惑とかじゃないんですよ、話したかったのに止められてて。ちゃんと説明したかっただけで」と遮られた。
更に「僕こんなの初めてなんですよ。彼女いるのに、他の女の人と出かけるなんてこと今まで無かったのに」「誰にでもそうなのかと思ってました。ちょっとチャラい子なのかなって」「あー、今僕に彼女がいなかったら、絶対○○さんと付き合ってたと思います」なんて宣った。最後の言葉は無責任だと思った。

「いや、それはずるいです。そんな、期待させるような、もしもとかいらないんですよ」私は普通にキレた。
じゃあもうずっと私好きでいるので、ストックしといて下さい!
それじゃ諦められないです!
と声高に都合のいい女宣言をした。が、

「いや、ストックとか、そういうのはダメです。ごめんなさい、ちょっと考えるので、時間ください」

と彼は丁重に断った。えっ…考えてくれるの…?と呆然とした。

あとで聞けば、当時付き合っていた彼女さんとは早かれ遅かれ別れるつもりでいたらしく。
別れなければならない理由を見つけてしまったけど、情があってなかなか言い出せずにいたのだとかで。

少しして、彼と私は恋人になった。
恋人という存在は過去にいたけれど、それでもはじめての両想いだった。

はじめて両思いの恋人同士になって、私には欠落した感覚がたくさんあって、至らないところがたくさんあったことに気付かされた。
それにも彼はきちんと正しい考えを示してくれて、ときには怒鳴ることもあったけれど、私に理解して欲しいと強く思って、伝えてくれた。
彼は私を人間にしてくれる神様なのだと、今も信じて疑わずにいる。

そんな小っ恥ずかしい歴史が街行く人にもあるのだろうから。このタグを見れば話したくなるだろうから。たくさんの人の小っ恥ずかしく初々しい話を読みたい。しばらくこのタグをどっぷりと読み散らかしていくつもりでいる。

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