ファーストデートの思い出 前編
こちらのnote公式お題企画が目に留まってしまった。
何を隠そう私は今の恋人のことがそれはそれは大好きなので、しばらく「こんな乙女ちっくな記憶を晒していいものか」と悶えた後、取り憑かれたかのように『つくる』タブを開いた。書きたい。あの甘酸っぱい記憶と、それに繋がる歴史を書きたい。
人間関係や経験しなければいけないことから逃げ勇んでいて年齢の割に幼かった私が、今に至るまでに経験したファーストデートたちの記録。自分語りも甚だしく見苦しいだろうが自己満足のためにも書きたいと思う。
1.節操を学ぶ
人生で初めて経験したデートは大学1年の春だった。
それまでの私は、理由こそ割愛するが学校生活や人間関係から脱兎の如く逃げに逃げ、妖怪のように古本を漁っては暗い部屋でひそひそと読み、妙に卑猥な絵や小説を精製し、黒い頭髪をひたすら伸ばすことに余念がなかった。
所謂大学デビューだった。重たく伸びた黒髪を肩まで切り、茶色く染め、ふんわりとパーマをかけた。服のセンスは地獄だったが、一重瞼を二重瞼に変化させる術は習得した。
同じ学部の、妙にテンションが高く妙な笑い方をする男に誘われ、人生に於いて初となるデートを執り行った。
しかしまあこれまでのツケで人間関係の作り方、ましてや男女が恋人になる過程などさっぱりわからず。異性に対して好きという感情が湧いたこともなく。どうするのが礼儀で何を見極めればよいのか、本当に何もわからなかった。
よくわからないが相手が満足なら付き合うか、という感覚で、親に連れられるようにただ食事を食べ、興味もない洋画を見て、観覧車に乗ればキスをされた。
「うえっ、人の唾液だ」
間違いなく嫌悪感を抱いた。そんなファーストキスだった。
でも、これでも好きに変わっていくのだろうか。にへらにへらと笑いながら触れてくる男を前に、この人は私に恋愛感情というものを植え付けてくれるだろうか。好きと言ってくれているし。そんな他力本願な期待を込め、あろうことか告白を受けた。1ヶ月で別れた。
彼は恋愛経験があったので、彼も彼で私の変わらぬひんやりとした態度に疑問を抱き始め、熱が冷めていくのもわかった。
好きかどうかもよくわかっていないのに相手の好意に節操なく飛びついて、時間を費やして、費やさせて、失礼極まりないことだった。
ドラマや映画でしか見たことがない、追い、追われて交際へ発展することの解釈がズレていたのだ。
「好意を寄せられたから恋人になる」ではなく、「好意を寄せられたことにより自分も相手に好意を抱いて初めて恋人になってもよい」のだと、このとき何となく理解ができた。
彼には悪かったけれど、収穫があったことがせめてもの救いだとポジティブに捉えることにした。
2.『好き』を学ぶ
次に交際した男とのファーストデートは案外早かった。同年の夏である。
彼との歴史を語るには些か体力がいる。4年間交際した。
彼は学部内では何となく目立つ存在だった。大学に入りたてだと言うのに無闇に群れずに自立していて、講義でも臆することなく教授に質問を投げかけたりする。
口数は少なく、毎日図書館で黙々と勉学に励む姿も真面目さが伺え、誰かと笑っている時の笑顔はまるで子狐がはしゃいでいるかのようなかわいさであった。
また、印象が強かったのは広い講義室の中で唯一、iPadでノートを取っていたことである。みんな一様に紙とペンで板書を写している中、1人iPadにBluetoothでキーボードを繋げてカタカタやっているのだからまあ目立った。その浮きっぷりは見ていて面白かった。
『好き』には及ばないほどの想いだったが、私は彼を見るのが楽しくなってきていた。
国際系の学部でもないのにやたらと留学の話もしてくるので、私は彼を影で「留学くん」と呼んだ。
夏休みに入ろうとする浮き足立った時期に、留学くんから甘いものを食べに行こうと提案された。
まあ舞い上がった。デートやん。単純にとても嬉しかった。しかしこのLINEアカウントははたして本当に留学くんご本人のものなのだろうか。この日時に本当にあの物静かで子狐のようにかわいい留学くんが来るのだろうか。混乱しながらも当日はいそいそと待ち合わせ場所に向かい、他のもやっとした人物が現れるのではと半信半疑に思いながら待った。紛うことない留学くんが現れた。
夢を見ているみたい、とふわふわ浮かれながら彼と街を歩いた。しかしすぐに、この距離感で初めて彼と接してみて、ふと気が付いた。何やら留学くんの様子がおかしい。
居酒屋を勧めてくる客引きのお兄さんに声をかけられれば、
「あっうわ行きたいなあ!あ〜行きたい!あっごめんなさいでも足が勝手に…!!すんませんまた今度で!おおきに!!」
と愉快に逃れ、
当時流行っていたAKBの話題になったときに「あまり詳しくない」と彼が言ったので「グラビアとかよく出てるよ」と返せば「そんなん見るならAV見るわ!」と真剣な顔で言った。ま、まあ正直な…、と遠慮がちに口にすれば今度は
「AKBは48人言えへんけど、AV女優なら48人言えるで!」
と何故だか自慢げな顔をした。
彼は、留学くんなのか…?これはあの、子狐のようで大人しくかわいらしい、留学くんご本人の所業なのか…?
「彼とデートなんて夢を見ているみたい」という初めの浮き足立った気持ちが、「これは夢…?子狐に化かされているのか…?」という現実逃避的な意味合いに変わってきた。
今の彼をどう形容すればいいか少し思案した結果、『胡散臭い』という言葉がしっくり来た。
勝手にせっせと作り上げた彼の幻影からかけ離れた実際の姿に勝手にショックを受け、カフェから出る際にもレジのお姉さんに「初デートみたいな感じなんですわ!ここはやっぱり僕が出すべきですよね〜!ほなこれで!おおきに!!」などと絡んでお姉さんを愛想笑いさせている彼を横目に、軽い放心状態のまま彼とのファーストデートを終えた。
「留学くんは死んだのだ」と理解すれば、彼は彼で面白い人だった。楽しくて居心地がよく、趣味も合った。交際に発展するまでそう時間はかからなかったし、私が彼に対して「これが『好き』ということなのだ」と恋愛感情が存在すると確信したのも早かった。
しかし残念ながらというか絶望的なことに、彼の方が「人を愛することができない」人だったのだと知った。なんとも上手くいかない。
誰とでも楽しく話せるし人脈も広いけど、特別な人は1人もいない。誰かに「会いたい」なんて1度も思ったことがない。「ヤリたい」とは思うけど。という具合だった。
さっさと別れて仕舞えばよかったものの、私にとってはすぐに切り替えられない、厄介な感情があった。私が異性に対して初めて『好き』『ずっと一緒にいたい』という感情を抱いてしまったものだから、諦め時がわからなかった。彼にも好きだと思って欲しい、気づいて欲しい、と願って縋り付いた。半分が恋愛感情、もう半分は意地だった。
彼についてはあらゆる言葉の攻防戦があり、幾度も不可解な発言を浴びせられた。自分の想いをきちんと説明できることもあれば、怒ったり泣いたりしたこともあった。彼はそんな私を気にかけることもなく、いつでも飄々としていた。
その関係に疲れ、彼への愛が枯れ果てたとき、ようやく彼から離れる気になった。22歳だった。
後編へ続く
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