ジゼル
2019/01/02 映画館で鑑賞 HP
1月2日、初売りに奔走した締めに鑑賞した。
日記にも少し書いたけれど、日本全国でももう上映している映画館が神戸国際松竹のみ、上映回数は1日1回、更に1月3日で見納めときたのでこの機会を逃してはいけないと、人がごった返す正月2日の都会へ繰り出した。
これは厳密に言えば映画ではなく、古典バレエ『ジゼル』の物語を前衛的な演出で再構築した、イングリッシュナショナルバレエ団による公演、アクラムカーン版『ジゼル』を映像に収めたもの。
ただの映画ではないだけあって、お値段も通常の大人料金の倍ほどでした。でもこの公演を劇場で観られるのなら完全に安いです。
この舞台公演のチケットは初演から完売続きでなかなか観ることができないものだったそうで、4月に英国の映画館で上映され「ようやく見ることができた」という声で溢れたといいます。
そんなこの作品を日本の映画館に連れてきて頂けたこと、こうして大きなスクリーンと迫力の音響で鑑賞できたこと、どなたに感謝すればいいのかも判然としないけれどもう、ありがとうございます…、とどこかの偉い誰かを拝みたくなるような物凄い作品です。
これを書いている今はもう日本全国の映画館での上映が終わってしまったので、遅いわ!と言われそうですが、すみません。映画館で上映したのだから恐らくDVDも発売されるであろうと思われますので、その機会に是非観ていただきたい作品です。
まず元のジゼルの物語を簡単に。(長い)
一幕。生まれつき心臓が弱く美しい村娘ジゼルは、アルブレヒトと恋人になる。2人は心から愛し合い、結婚を誓う。森番の青年、ヒラリオンという男はジゼルに想いを寄せていたが、ジゼルは相手にしない。彼にとってアルブレヒトの存在は面白くなく、どうにかジゼルの気を惹こうと図々しく奮闘する。ある日ヒラリオンはアルブレヒトの小屋から剣を見つけ、彼がこの村の人間ではないことを確信する。実はアルブレヒトは貴族で婚約者もいたがその人生に嫌気がさし、身分も名前も偽って村に逃げてきたのだった。ある時、村に貴族の一行が立ち寄る。その中にはアルブレヒトの婚約者がいて、アルブレヒトは隠れようとするがヒラリオンによって暴かれる。誤魔化しようのなくなったアルブレヒトは、婚約者の手にキスをする。それを見たジゼルは錯乱し、アルブレヒトの剣を引きずって笑い、踊り、母の腕の中で小さな心臓を止めてしまった。アルブレヒトとヒラリオンは互いを責め合ったが、結局村人たちに村を追われたのはアルブレヒトだった。
二幕。沼のほとりに墓場があった。そこにはウィリという未婚のまま亡くなった若い女性たちの亡霊が彷徨っていて、ウィリの女王・ミルタはジゼルを仲間に迎える。ウィリは夜に森へ迷い込んだ人間や裏切った男たちを死ぬまで踊らせ続け、沼へと沈ませるという恐ろしい存在。ジゼルに許しを請おうと墓へやってきたヒラリオンにウィリたちは怒り、追い込み、激しく踊らせる。ヒラリオンがウィリたちに追い立てられる間に、アルブレヒトもまたジゼルの墓に訪れ、ウィリとなったジゼルと再会する。ヒラリオンを始末したミルタはアルブレヒトをも捕え、踊らせる。ジゼルは必死にアルブレヒトの命乞いをする。アルブレヒトが最後の力を振り絞り踊ろうとすると、朝陽が差し、ウィリたちもジゼルも墓へと戻っていく。アルブレヒトはジゼルに許されたことで助かり、森の中で呆然と佇む。幕が降りる。そんな感じです。長かったですね。
アクラムカーン版ジゼル。
始まった瞬間から薄暗い舞台上と布切れ一枚のような質素な衣装の演者たち、不気味な音楽、舞台を狭く阻む壁で異様な雰囲気を醸し出している。
ぬるりぬるりと一様に蠢く人々。誰がジゼルでどれがアルブレヒトでヒラリオンは何処にいるのか、全くわからなかった。
徐々にジゼルとアルブレヒトははっきりと輪郭を持ち始め、2人のすれ違いや互いを愛し合う想いを切なく美しく表現していく。
全体的に振付や動きは独特な雰囲気もので、身も蓋も無い言い方をすればへんてこ。でもそれに魅了され、飽きずに目で追ってしまう。
2人の輪郭が見え始めた頃に、村人たちの中でひときわ高く跳ねる男が目に留まる。じきに男は狂気的な動きを見せ、2人の間に割って入る。ヒラリオンだ、と気付く。
ヒラリオンはジゼルに恋情を抱いているが、相手にされず、それでもどうにか気を惹こう、邪魔してやろう、と執念深く意地汚く奮闘する嫌な男。
その心に巣食う悪魔のような動き、溢れ出る劣情が激しい動きと表情に姿を変え、「俺を見ろ」と訴えるかのよう。素晴らしい演技だった。
照明の演出、舞台の奥にいるアルブレヒトの姿ははっきりと見えるのに、舞台前方で馬のように駆け回る人々は真っ黒な影になっていて不安を煽らせた。
あとこの、壁の手形。初めはぼんやりとした汚れに見えていたのに不安感が高まってきたこの舞台後方に光が当たっているときにて、手形だ〜〜と気付いてぞくぞくした。
ヒラリオンの策や村人たちの目に追われてすれ違い、やっと出会えて愛を踊る2人。ジゼルが妊娠していた描写があり、ジゼルが下腹部を触り、アルブレヒトもジゼルの下腹部を触って幸せそうに踊っていた。
1人嫉妬と野心に悶えるヒラリオン。剣を見つける描写はなかったけれど、ヒラリオンが2人の隅で舞い、ずっと世界を狭く阻んでいた壁が上がっていく。現れるのは貴族たち。
アルブレヒトの婚約者、その父親、その他何となく偉そうな感じの絢爛で華やかな衣服を纏った貴族たち。
村人の中に紛れようとするアルブレヒトと、上手く立ち回って距離を縮めていくヒラリオン。
このへんでヒラリオンが「ハッ!!」って掛け声を出すのがまあまあびっくりする。
初めは何が何なのか理解ができず、アルブレヒトの婚約者、バティルドのドレスの裾を不思議そうに掴んで眺めるジゼル。この無礼に見える行動も、無知な田舎の村娘感が出ていて良かった。控えめなジャンヌダルクみたい。
バティルドがジゼルにロングローブを差し出し、受け取ろうとしたジゼルの目の前で落としてみせるときのジゼルの困惑した表情、バティルドの蔑むような微笑み。苦しくて良かった。
そのロングローブを拾ってジゼルに渡すのはヒラリオンなんだけどもうイライラしてくる。卑しさの表現が天才すぎてヒラリオンがめちゃくちゃ嫌いになれます。
村人に紛れようとしたアルブレヒトはヒラリオンに露見され、逃げようのなくなった彼はジゼルを拒み、バティルドに触れる。
呆然としたり村人たちを突き飛ばしたりしながら踊り続けたジゼルはやがて村人たちに囲まれ、波に呑まれ溺れる。波打つように蠢く村人たちの間から苦しそうに姿を見せたり沈んだりするジゼル。
その波が引いた時、ジゼルはアルブレヒトの腕の中で命を落とした。
ここの表現を「ジゼルの心臓の動きを表している」「ショック死したのではなく、村人たちからの目線や扱いの変化に耐えかねて自害させられた」という解説している記事があり、納得しました。狭い村社会らしいリアルな解釈。
ここで一幕が終わり、10分の幕間もありました。
二幕はアルブレヒトが村人たちから責め立てられ苦しむシーンから始まる。
ヒラリオンだけが悪者ではなくて、婚約者がいながら違う場所で恋人を作ったアルブレヒトは責められなければいけなかった。ヒラリオンも気持ち悪い(ばっさり)けど普通にアルブレヒトが悪いんでは?とも思うのでどっちもダメ男。
婚約者や高い身分でいることが嫌で逃げ出し、そこで出会ったジゼルのことを心から愛したのだろうけれど、今の時代でそんなこと言っても言い訳にならないので現代風な解釈と説明的表現が良かったです。
その後はウィリたちの場面。
沼のほとりではなくて廃工場の中。
これは「より経済的な効率を求めて低賃金な場所に移転していった結果」、劣悪な条件下で働いていた人々が簡単に棄民となる現代社会を描いている、とのこと。
一幕でも時折ジゼルが縫い物をしている描写があったのだけど、ジゼルも労働者だったのかも。
ウィリの女王・ミルタがジゼルを仲間に迎え入れようと死んだジゼルを蘇らせるのだけれど、厭にリアルで不気味。フランケンシュタインやゾンビを彷彿させる。
横たえたジゼルがミルタの力によってじわりじわりと起き上がらせられ、ふらふらと踊らされる。まさに死者を蘇らせる禁じられた儀式のような気持ち悪さ。表現力に感嘆した。
ウィリたちはトウでずーっと立ちっぱなしです。きつそう。
二幕になって思えば一幕ではどの人物もトウシューズは履いておらず、それが人間らしさと生きていることを表現していたのだと理解させられます。ウィリたちがトウで小刻みに動いたりする様が非現実的で、悲しく恐ろしい亡霊であることを実感します。
この武器にもなり威嚇にもなる杖も、ずーっと立ちっぱなしの演者たちのサポートの役割もあるのではと思ったり。ほっそい棒だから体重はかけていないだろうけど。
ウィリたちの後ろで梯子を伝って降りてくるヒラリオン。ウィリたちは怒り、彼を責め立てて死へと追い込んでいきます。
その間にアルブレヒトも現れ、ミルタはジゼルに彼にも制裁を与えるよう諭す。
ジゼルの腹を突き、誰の子なの、と責めるように静かに怒るミルタ。
それでもジゼルはミルタに許しを請い、アルブレヒトを攻撃することを拒絶します。
ミルタが距離を取り、アルブレヒトに触れるジゼル。アルブレヒトはジゼルが見えていないのだけれど、その存在を確かに感じ、2人は再会します。
ここからがずっと無音で、足音や吐息だけが響く中、2人は朝まで愛を踊る。美しいシーンでした。
帰り際、同じスクリーンで鑑賞していた見知らぬご婦人も仰っていたのだけれど、
「パンフレットが欲しい」
映画ではなくて海外の公演の映像を上映しているだけなのでないのも当たり前だと言えば当たり前なのだけど、確かに欲しかった。
抽象的な表現も多く言葉も「ハッ!!」くらいしかないので、この動きはどういう意味だろう、何故墓でもない廃工場にアルブレヒトとヒラリオンは現れたのだろう、と考えても答えが載っている場所がない。考えるしかない。わからない…!!
という不完全燃焼な部分も無きにしもあらず。
想像力や感受性を養いたい。
ともあれ素晴らしい作品であることは確かで、言葉の壁がない分実際の公演も観てみたい…!!という気持ちももりもり湧いてきます。
前衛的な振り付けと迫力に魅了されること請け合いですが、音楽が控え目なので同じようなシーンが続くとバレエにさほど興味がない方は退屈に思う可能性もあるかなあとは思います。
それでも、お勧めの傑作です。
DVDになった際には、レンタルが出た際には、もしくはまた上映されることがあれば!是非是非ご覧になってくださいまし。
画像はトレーラーや公式サイトより。
↓トレーラー
↓「ハッ!!」のシーン
↓ウィリのシーン
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