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はじまりの物語㉚ 目標

夕刻となり、一葉さま お帰りで、と
達吉が炊事場の方から入ってきた

触れれば熱が伝わってきそうな日焼けした肌
頭はあの達谷の岩崖のように白灰色をしている

達吉の方も丸く剃髪した頭に目をやり
ようこそご無事で帰られましたと涙を浮かべた

留守の間はどうであった、と尋ねると
変わらずでございます
耕作地を手放して地方からくるもの多数
瀕して京を出るものも多数
商人は自分が利することばかりで
その利を狙って賊が押し入る
その繰り返しですが、実頼様のご援助もあり
井戸へ水仕事に来るものを手伝い
わずかばかりではありますが
米を混ぜて炊いた飯を配ってもおります

あっ、きちんと井戸をこしらえて下さった
一水様から、ひいては仏様からの有難い施しですと
お伝え申しておりますよ

そう達吉は付け加えた

井戸もみんなで掘ったもの、食べものにしても援助と
みなの苦労があってこそ
みなに仏の慈悲の心があってこそ
これまで自身が助けられてきたことを思い返す

よし、さっそく明日から市にでる

その前に達吉、この梅を塩漬けにしておきたい
手伝ってくれ、とそう言った

1年目の梅は3甕(かめ)仕込みをした
少しずつ塩の加減を変えるためだ
京は東国より気温も湿度も高い
盆地になっているから余計にそうだ
空気も抜けにくく、死者が多いと空気も澱む
流行り病に効くといいのだが
梅の出来栄えを祈りながら、壺を畳の下に戻した

延長8年9月29日
京に戻り、一月が過ぎる頃
道場に醍醐天皇崩御の知らせが届く
役人は一緒にお出でになりご法要をと支度を待った
法衣を身に着け、頂いた鉦と撞木を用意する
おいで、と杖に蛇を手招きした
一緒に浄土を願ってやってくれ
それに子に先立たれ法王もさぞご心痛であろう

もっともその子に早々と天皇の地位を譲り渡し
出家した法王である
若くして天皇となった醍醐天皇は不安もあっただろう
周囲の讒言に道真公の大宰府左遷を敢行したことも
親子関係に禍根を残した
すべてはただ在り、過ぎたこと、許すも許さないもない
出家したときに頂いたきりの色褪せた法衣
それでもきちんと手入れを怠らずにいた

お待たせをいたしました、と役人と共に向かった先、
宮中にて実頼が待っていた
東国から戻ってから一度もあってない
久しぶりの再会に喜ぶものの天皇の崩御に際して
表情を押し込めて実頼は迎え入れた

天の乱れも相変わらず続き、4月の落雷以降すっかり
気力を失くされ、臥せることが多くあった
ある程度は予想していたけれど、ここにきてさらに
ご容態がひどくなりその対応に追われていた
さすがに現役の天皇が若く崩御したとあっては
朝廷に対する不安もひどかろう
次の朱雀帝に即位した後との工作もてんやわんやさ

そう小声で話し広間に通された
前の方には宇多法王の姿も見える
比叡山、高野山、山で修養を積み重ねている僧侶たちに
混ざり末席ながら心を込めて読経した
それぞれの声色が混ざり合い大きなうねりとなって
天に昇っていくような不思議な一体感を味わった
天皇という一人の生身の人間の生に対する供養である

衆生にも皆でこのような経があげられないか
いや衆生のためだけではない
貴賤聖俗、一切問わずだ
皆で思いを軽くして天へと昇る験をしたい

仏僧としてやるべきことが具体的に見えた瞬間であった




先日梅のお話でギャラリーよりお写真を拝借しました
クリエーター様

今回のお写真もお借りいたしました
とても素敵なnoter様です

素敵な画像を共有ありがとうございます

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