見出し画像

巽くんと今日子さん 第1話(第5話まで貼付あり)


第1話 北里さんと野口さん

   ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆

    薄い紙越しに彼を見つめている
    見ていることに気づいているのかな
    会ってみたいけど、恥ずかしい
    だからもう少しこのままでいよう

   ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆


2024年7月
「あっ、今日子さん。新しいお札もう見ましたか。」
新札が発行されて1週間が過ぎた頃、バイト先の先輩である彼がフロアにくるなりこう言った。

「巽さん 」
巽 一樹 さん、心の中では “たつみくん” と呼んでいる。

「私ですか。新札、まだ見てないです。」
そう答えると思ったとおりといわんばかりの顔をする。

「巡ってきたんで、後でみせます。」
「えっ、すごい!嬉しいです。まだ見た事なくって。」

「じゃあ、あげますよ。」

 " あ ・ げ ・ ま ・ す "

バイト先の先輩後輩で。年上だけど、後輩のわたしに。
あげます、ってどういうことだろう。

お札を、くれる。
すごい破壊力だ。

物をプレゼントされるとか、ジュースくれるとか、そんな経験は沢山でもないけどある。でも、何かの対価とかでもなくて、クラウドファンディングみたいに応援してますとかでもなくて。家族や親戚でも、お正月だから、とかお小遣いだからとか、たまにあったからとか理由があって。何か買いなさいとか、貯金しなさいとか目的があって。
 
お札をもらうってそんなとき。純粋にお金をもらったことなんて今までにあったっけ。

「新しいお札見たいです。けど、いいんですか。」
戸惑いつつ、半信半疑で巽くんの様子を伺う。

「いいですよ。この辺みんなに見せてから持って行きま        す。またあとで。」

更衣室に戻って “あげます” っていう言葉を巽くんの声で脳内再生してみる。うん、やっぱり私の聞き間違い、きっと交換ってことだよね。思い直して旧札ばかりの財布を開く。お札は全部揃っているけど、諭吉さん、樋口さん、野口さん、相手は誰か聞くのを忘れていた。

“あげます” がほんとに“あげます” なら千円かな。

私は野口さんをお渡しすればいいですか。

そうショートメッセージを送ったら

はい、それでお願いします。

と返ってきた。
良かった、確認して。
 
旧札の千円を持ってホールに戻ると、真由が預かってるよと封筒を渡してくれた。

とても薄い紙の茶封筒。
グラシン紙のように輪郭がはっきり分かるわけではなく、絵や1000の文字がほんのり透ける程度の薄さ。
現金をそのまま受け渡すのではなく、また中のお札を出して確認するでもなく、ぱっと見ただけで、あっ、そうなんだと感じるぐらい。

現金の受け渡しという現実的で生々しさが漂う行為に、巽くんがくれたときの封筒が絶妙な薄さで、その気の利くところ、さり気なさに正直心を掴まれる。上司だったら、おっ出来るやつだな、と思うだろうし事実、職場では一目置かれてバイトをまとめるリーダーの役目を任されている。

いつも気の配り方が絶妙なんだよな、巽くんは。
もしかしたら、なんて勘違い恥ずかしい。


 ええーっと、返すのに使う封筒は、
 確かここに、いいのがあったな

ここはお返しの封筒も同じぐらい薄いものをと棚の中をゴソゴソと探す。よしっと業者からの伝票用封筒をみつけ旧札を入れる。ほんのりいい感じに野口さんが透けてみえる。

「 ありがとうございました 。」
そういって渡した封筒を見て、巽くんは「丸マル商店」と軽く笑った。

1人部屋で薄い茶封筒に入ったままの北里さんを両手でもって眺めてみる。交換で渡したお札はどれだけの人を巡ったか分からないぐらい古いものだし、封筒だって使いまわしだ。それに比べて、巽くんがくれた封筒の中の北里さんはきっと折れ目ひとつなくてピカピカしている。いろんな恥ずかしさが入り交じる。

ん、やっぱり、直視出来ない。

薄い紙の茶封筒にいれたまま、でも、御札でも飾るかのように棚の上において、ふんわり眺めては目をそらす。

休み明けのバイト先、すれ違い様に巽くんが言う。
「あっ、今日子さん、お札見ましたか。」
「実はもったいなくてまだちゃんと見てないんです。」

あれから2日も経っているのに、巽くんの顔を見ることができず俯いたまま答える。せっかくの新札 "あげた"のに感想もなくて残念さが 顔に滲み出ている気がした。
なんて気がきかなくてどんくさいのかな、私は。
いつものことだけど、なんだか落ち込む。

 

 今日もまた封筒越しに彼を見つめる
 目が合ったら、気づかれてしまうかも
 新札が出回るまでは記念にしときましょう
 巽くんはそういった
 出回ってもきっとこの北里さんは使えない



なんのはなしですか

7月 巽君と今日子さん 新1000円札のエピソード

第2話はこちら↓


昨年(2024年)7月25日と9月1日に投稿した巽くんと今日子さんのショートストーリーを加筆修正して再掲しました。お話途中までだったので、もう一度最初から掲載してなんとか書き上げたいです。
第2話は来週2月9日(日)に投稿します。


前回もお読み頂いた方、今回はじめましての方、読んで頂いて嬉しいです。
ありがとうございます。

↓途中まででストップしてたお話。
(下書き稿として置いておきます。)




いいなと思ったら応援しよう!