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【小説】僕が僕と話した日

 期末テストまで1週間、前回の数学は赤点ギリギリ。

 勉強しなきゃなあ、と思って問題を解いているけど──「2つの式の交点を求めよ」交点、交点……?僕は問題に登場した2つの数式を、とりあえずルーズリーフに書き写してみた。……で、ここからどうすれば……?
 違うかもな、と思いながら計算式をおずおずと書いていく。絶対違うな、という確信に変わっていく。もう書き続けるのも馬鹿馬鹿しくなって、解答を見る気にもならなくて、どうしようもなくなった僕は、その下に『やってらんねー!』と書いた。

 数式が突然『やってらんねー!』で終わっている紙を、僕はじっと見た。
 それは僕が日頃から数学に対して抱いている感情を表した心象風景のようで、見つめているうちになぜだか爽快感とおかしさがこみ上げてきた。
 数学への文句、もっと増やしてやろう。『何だよxとかyとか点Pって!』さっきまでが嘘のように、滑らかにシャーペンが走り始める。『千川原ちがわら先生も嫌なんだよな。怒り方が嫌。寒いダジャレも言うし』紙にはあっという間に数式よりも鬱憤の方が多くなった。

『部活で周りがみんな片付けてるのに喋ってるやつらがムカつく』心をなんとなく淀ませていたモヤモヤが、紙の上ではっきりと形を作る。『でも僕が一人で注意しに行くのは嫌だな』『そういえば、部長はどう思ってるんだろう?』部長──3年の速水はやみ先輩。イケメンで、テニスが上手くて、みんな一目置いている。黙って自主練に打ち込む姿からは、自分にも他人にも厳しい印象を受ける。頼りになるかもしれない。『いきなり注意する前に、部長にだけ話してみよう。それならできそう』モヤモヤが、少し晴れた気がする。

 紙に思考がどんどん流れ出てくる。頭に渦巻く感情が、右手とシャーペンを通過して次々と文字に変身していく。『この前試合で勝って嬉しかった』『今月号のスネークガン、超面白かった!』『隣の席の南さんと話すのが楽しい。席替え嫌だなー』
 紙の上で、僕は初めて僕の心と対面した。僕って、そんなこと考えてたんだ。あ、それ分かる。そうそう、そうなんだよ!僕は僕にもっと話したくて、僕は僕の話をもっと聞きたかった。びっしりと文字で埋め尽くされたルーズリーフを裏返すとまっさらな紙面が現れ、僕は再び左上から思考で埋めていった。

 ふと顔を上げると、電気を点けていない部屋が暗くなっていた。やっとシャーペンを置くと、右手がうっすら痺れている。

 僕はドキドキしていた。物凄いアイテムを手に入れた気分だった。
 紙の上なら、僕は僕と会話ができる!心のモヤモヤや掴みどころのないイライラを、僕は紙とシャーペンを通じて言葉に変換できる。今度悩んだ時は、紙の上に戻ってこよう。そこには僕が待っている。僕なら僕のことを、なんでも聞いてあげたい。

 交点の求め方がさっぱり分からないままの僕には、この発見がどんな法則や公式よりも偉大だった。

(1,194文字、ルビ除く)

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