オーケストラ部④ サマーコンサート
初本番、「サマーコンサート」の日があっという間にやってきた。
サマーコンサートは、夏休み前の終業式の日に毎年校内で行っている。
主に駒フィル(駒場フィルハーモニーオーケストラ部)を引退し立ての3年生が来ると聞いていたが、駒フィルとは関係ない生徒や先生も意外と多く見に来ていて人気ぶりに驚いた。
私はあまり緊張していなかったのだが、実際に演奏を聴きに来た観客の姿を見ているうちに、じわじわと緊張が湧き上がってきた。
開演時間になり、拍手に迎えられて席に着く。
さっきまでは緊張していたが、全員が席に着いて楽器を構え、「やるぞ」という空気になると不思議と心が静かになる。
私は指揮者のF先輩が演奏直前に見せる、「大丈夫だよ。楽しもうね」と語りかけるような、あの包み込むような笑顔をよく覚えている。1歳しか変わらないのに物凄い包容力と安心感で、初本番に緊張する我々1年生を受け止め、励ましてくれた。指揮台の上のあの笑顔を見ると、どの本番でも心が安らいで自信がみなぎった。
始まってしまえば、後はやるのみだった。周りと自分の努力を信じていたので、不安はほとんど無かった。
今、15年前のこの演奏を振り返ってみたが、記念すべき初めての演奏会なのにあまり記憶がない。それは「緊張し過ぎて覚えていない」とかではなく、「どの本番もただ練習通りにやったから印象に残っていない」というのが正しい。どちらかと言えば、初合奏が壊滅していたことと、その時の「これで本番まであと1か月……!?」という衝撃の方が鮮明に覚えている。
楽器を触って2か月で「校歌」「さんぽ」「パイレーツオブカリビアン」の3曲を完成させるのは、何度も言うが生半可なことではない。それに対して、顧問の先生も含めて誰一人「それって難しいんだよ」「できたら凄いことだよ」と言う人間がいなかった。
全員が当然のように「毎年やってるんなら自分達もやる」と受け入れ、本番1か月前の初合奏で「このままじゃヤバい」とギアを入れ、朝も昼休みも放課後も当然のように毎日練習して、しかしそれを辛そうにしていた部員は私が覚えている限りいなかった。
結構な無茶に挑んでいたはずなのに誰もそれを無茶だと言わなくて、でも無茶を叶えるためには努力が必要だから当然のように努力して、それを普通のことだと思っていた当時の自分と駒フィルのことを、尊敬するしとてつもないことだと思う。
私達79人はこの後、9か月後の定期演奏会を最終目標として「どろぼうかささぎ」序曲、組曲「仮面舞踏会」よりワルツとマズルカ、チャイコフスキー交響曲第5番、「主よ、人の望みの喜びよ」、「ウィリアム・テル序曲」より「スイス独立軍の行進」という、プロオケと全く遜色のないプログラムを完成させていく。
世界的バイオリニストの中学の同級生に、「弦楽器とか9割初心者の1年生が1年後にこのプログラムで演奏会やるんだー」と、軽い気持ちで定期演奏会のプログラムを見せたらドン引きしていた。駒フィル各位は全員胸を張って良いと思う。
サマーコンサートの後半では、「指揮者体験」というコーナーがある。
これは、見に来ているお客さんに指揮をしてもらうコーナーだ。手を挙げれば誰でも指揮台に立って「さんぽ」を振ることができ、どんな振り方をしてもオーケストラがついていく。なにそれ楽しそう。普通に私がやりたい。
運動部らしきガタイの良い男子や、みんなが知っている数学の先生などがノリノリで指揮をしてマエストロ気分を味わっている。それを見ながら演奏するのは、こちらも楽しい。
毎年恒例で、引退した3年の指揮者も“お約束”で手を挙げる。一緒に演奏することのない3年生と1年生が指揮と演奏を通してこの時間だけ繋がれる、ちょっと良い場面でもある。
サマーコンサート本番が終わると、余韻に浸る間もなく次の本番、文化祭に向けての練習が始まる。「どろぼうかささぎ」序曲とチャイコフスキー交響曲第5番の第4楽章だ。
配られた楽譜を見て、初心者であるホルン1年の私達2人はそのボリュームと、出したことのない高音の出現に恐怖することとなる。ここからのホルンは、高音との戦いが始まる。
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