宇宙の裏側
私はよくこの宇宙の裏側に落ちてしまう。
裏側といってもそれが正しい表現なのかは、数学にも物理にも疎い私には分からないが、別世界にどぷんと入り込んでしまうのだ。
私はなんとなくこんな妄想をしてしまう。例えば2次元の宇宙があったとして、それが私たちの世界における球の形をしていても、その宇宙に住む人々には理解することはできないだろう。私たちと同じように、この宇宙の果てとその外側はどうなっているのだろうと考える。私たち3次元の民は4次元における球の上で生きているのではないだろうか。きっとこの宇宙の果てを目指して直進すると、地球を一周するようにぐるぐると同じところを回ることになるのだ。
そして私は、球に小さな穴が空いたときにその裏側に行ってしまっているのだと思う。もしくは私が穴を空けてしまっている。後者だとしたら申し訳ないな、そんなことを思ってあたりを見渡す。
さっきまで歩いていたコンクリートジャングルの陰はなく、青い山に囲まれた小さな集落にいた。
裏側は表側と大して差異のない世界だ。世界という表現は誤りかもしれないが、とにかく私が落ちる場所はいつも、地球と変わらない惑星だ。細かな違いはある。植物は少し青みがかっているものが多かったり、動物も気持ち悪いとまでは言わないものの地球ではまず見かけないものがいる。この前はカバのようなクジラのようなへんてこな生き物も見かけた。ファッションも少し不思議だ。頭に鳥みたいな翼のついた帽子をかぶっている人なんてのはよく見る。
この裏側での大きな違いは、生物そのものだ。ここに住む生き物は皆、決まってその身体にまばらに鉱石が埋まっているのだ。人間も例外ではない。他には平均して手と耳が大きいように感じるだけだが、この鉱石はやはり見慣れない。埋まっているというより生えているようで、定期的に削って手入れをしている。
私は初めてここを訪れた時、不用心にも集落を歩き回った。夢だと思っていたのだ。初めて人間と遭遇した時も「きれいだなあ」なんて一考して散策を再開した。何度も裏側に落ちる度に私はようやく、夢ではないのかもしれないと思った。それから私は人々と交流することに決めた。
この世界で私はひどく珍しい変な人間だと思う。しかし人々は「外国人が来た」くらいの感覚でもてなしてくれた。小さな集落であることも要因かもしれない。話す言葉も文字もジェスチャーも、なにも分からなかったが、私は歩き回って観察するだけであったので人々もたまにやってくるそれを容認するだけだった。
世話係に任命されたのか、私はよく1人の男性といる。男は顔や身体からビスマスのようなものが飛び出ており、また決まって例の鳥帽子(えぼしと分けてとぼしと呼んでいる)を被っていた。彼は私についてまわり、監視して、たまに間食を食べたりしている。ひどくまずいのか噛まずに飲み込んでいる。私が不思議そうに見つめていると、少し分けてくれた。
石だ、幾何学模様をたたえた、綺麗な石。
気が引けたが好奇心に負けて口に放り込む。なるほど、彼はまずいから丸飲みしていたのでなく、単純に硬くて噛めなかったのだ。しばらく舌で転がし、いつ吐き出そうかと考える。彼を見ると、初めて料理をした子供みたいに、感想を求める顔をしている。と思ったらくしゃっと笑って、マナーなのだろうか、鳥帽子を取ってから自身もこのレーション石を食べた。
彼はいわゆる色男だと思う。この星での基準は分からないものの、一重だが大きな橙の目に高い鼻、すらっとした八頭身。黒い髪が陽光を跳ね返して輪っかをつくる。
その横顔にごくりと唾を飲む拍子に、私は石を飲み込んだ。
(オマージュ作品になります)