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一昔前の長期高校留学のこと(前編)

今から20年ほど前、留学団体のプログラムでオーストラリアの高校に1年間留学していました。
だんだん覚えていることが少なくなってきたので、覚えているうちに覚えていることを書いておこうと思い、この記事を書いています。

なお、ここでは語学の話ではなく、留学にいたるまでのことや現地生活のことを中心に書こうと思っています。
(情けないのですが今はもうあまり英語はできません。趣味でニュースなどを読んだり聞いたり、調べもので使ったりするくらいな感じです。)

なぜ高校留学をしたかったのか

高校生のころわたしは英語の勉強が好きで、国際交流に関心があり、駅前によくある英会話教室的なところにも通わせてもらっていました。
その教室で高校留学の経験がある友だちができ、自然と自分も高校留学をしたいなと思うようになっていました。

今なら「留学って大学生がすることが多いんじゃない?」と考えると思いますが、そういう状況だったので、当時は(良くも悪くも)時期についてはあまり深く考えていませんでした。

また、在学していた高校にも短期留学制度はあった気がしますが、自分の友だちが留学団体を通じて長期の交換留学をしていたことから、同じようにしたいと考えていました。

ちなみに、それまでは旅行も含めて一度も海外に行ったことはありませんでした。今思えばこれが怖いもの知らずというやつなんだなと思います。

実際に留学するまで

当然の反対

はっきりと書けなくて申し訳ないですが、まわりの人びとには様々な理由で反対されました。当時の家庭の状況的にもそれは当然で、大分無理を言ってしまっていたと思います。
ありがたいことに最終的には支援や協力を得て、高校留学に挑戦させてもらえることになりました。

高校留学プログラムへの申し込み

前述のとおり、留学団体の高校交換留学プログラムを通じての留学を目指しました。

この交換留学は公費による負担がある、私費留学とは異なる制度です。
当時の資料が見つからなかったのですが、交換留学の場合は国は選べても地域は選べない、公立高校限定(ただし理由があってわたしは私立高校に行くことになりました)など様々な制約があったと記憶しています。

その分、交換留学は私費留学と比べて費用を抑えることができました。
1年間の滞在費はすべてホームステイ先が負担、学費は免除で、全体の費用の内訳のほとんどが渡航費と手続きにかかる諸経費だったと思います。

この交換留学には選抜試験があり、留学団体が開催する筆記試験や面接を受けた記憶があります。試験自体のことはあまり覚えていないのですが、それほど多くの枠があるわけではなかったので、合格通知が来たときはとても嬉しかったです。

留学が決まって

渡航日の何ヶ月か前に、同じ留学団体から留学する高校生が集められ、東京で事前合宿を行いました。OG/OBの方々といっしょに異文化理解に関するグループワークをしたのを覚えています。

そして、ホストファミリーと高校の決定通知を受け取り、だんだん「本当に行くんだな」という実感が湧いていった記憶があります。

初めての海外、初めての家族と離れての生活だったのに、飛行機が怖いこと以外の不安はまったく感じていませんでした。

当時は今ほどインターネットも今ほど普及しておらず、情報があまりなかったので、逆に心配できることも少なかったのかもしれません。

長くなってしまったので、現地の生活のことはまた後日、別の記事に書きたいと思います。

追記

後編を書きました。


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